第81話 海の休日
朝日が差し込む前に、目が覚めた。波の音が、部屋の中まで静かに響いている。どうやら、今日はよく晴れているようだ。窓の外の空は、まだ薄い青だった。
「リヒトくん、おはようー。朝ごはんできてるよー」
部屋を出ると、陽奈が調理場から顔を出して手を振った。今朝は、女子たちが交代で朝食を用意してくれた。調理場から、パンの焼ける匂いと、甘い果実の香りが漂ってくる。
「おはよう。今日は一段と賑やかだな」
「だって、海の日だもん。みんな気合入ってるよ」
テーブルには、焼きたてのパン、オオツノウシのミルク、ラズルグレナを固めたもののスクランブルエッグ風、魚介のスープ、それから今朝採れたばかりの果実がずらりと並んでいた。
「すごいな。これ、朝から全部お前たちが?」
「そうよ。美玖ちゃんと萌奈ちゃんが果実を集めてくれて、ゆかりちゃんがパンを焼いて、私と楓ちゃんでオムレツ作って。はづと雫さんはスープ係」
葉月がハーブティーの入ったカップを置きながら言った。
「悪いな。何か、全部させてしまって」
「いいのよ、これくらい。リヒトくん、最近ずっと働き詰めだったでしょ」
「それはまあ、そうだけれど」
全員が席につき、にぎやかな朝食が始まった。話題の中心は、今日の海のことばかりだ。どれだけ泳ぐか、どこまでいけそうか、砂で何を作るか。まるで、こどもの遠足みたいな盛り上がりだな。それは、すごく居心地の良いものだ。
朝食を片付けて、いよいよ海へと向かう。どこまでも続く青い空、キラキラと輝く白い砂浜、透き通るような海。絵に描いたような、絶好の海水浴日和だった。
「それじゃ、わたしたち着替えてくるね」
陽奈たちはアクアベースへと消え、俺は浜辺で待つことになった。俺の水着はというと、すでに部屋で着ていて、脱げばすぐに泳げる状態だ。波打ち際に立ち、穏やかな海を眺めながら、女子連中を待つ。
「リヒトさーん!」
美玖の快活な声がする。
振り向くと、まず目に飛び込んできたのは、陽奈の姿だった。淡いエメラルドグリーン色の水着が、彼女の明るい笑顔と驚くほどよく似合っている。
陽奈がこちらに手を振り、走り出す。続いて、白い水着に身を包んだ葉月が、長い黒髪をかき上げながら歩いてくる。楓は、落ち着いた花模様のワンピース型の水着で、手には麦わら帽子。雫は、深い藍色の大人びたデザインで、腰のパレオがゆっくりと風に揺れていた。
美玖は真っ赤な水着、ゆかりは淡い桃色、萌奈はひまわり色で、ぴょんぴょん跳ねながら駆けてくる。
「似合う? リヒトくん」
陽奈が、くるりと回ってみる。
「・・・・・・おう」
それしか言えなかった。エメラルドグリーンの水着の背中が、陽光を受けて輝いている。手足も肩も、この星に来た頃よりずっと健康的に焼けていて、やわらかそうな曲線が眩しい。
「おう、だけ?」
陽奈がくすくす笑う。まるで、からかうように。
「リヒトくん、耳まで赤いわよ」
葉月が追い打ちをかけてくる。
「ち、違う。ただの日差しの加減で、そう見えるだけだ」
「そうかなー?」
雫が、ゆっくりと笑う。
「まあ、無理もないわね。可愛い子が揃いすぎて、クラクラしちゃったんでしょ」
「ちが・・・・・・う」
「リヒトさんの否定、随分と弱い口調ですね」
ヨルまでが、楽しそうに横から口を挟む。
「リヒトさんの心拍数が上がってるようですから、みなさん、無理はさせないようにしてくださいね」
「お前まで、何を言ってるんだ!」
砂浜に、女子たちの笑い声が響き渡る。もう何も言い返せない俺は、頬をかきながら、海へと歩き出した。
「ほら、泳ぐぞ。せっかくの休日なんだからな」
「逃げた! リヒトくんが逃げた!」
萌奈が、けらけらと笑いながら追いかけてくる。
さあ、海遊びの開始だ。
♢
海は、思っていたよりずっと温かかった。とはいえ、やはり少しはひんやりしていて、足を踏み入れると、ぞくりと気持ちが引き締まる。
「冷たっ・・・・・・!」
「ほら、ゆかりも萌奈もおいで!」
いち早く海に入った美玖が、水をかけて、ゆかりと萌奈がきゃっと叫ぶ。
波打ち際では、陽奈と葉月が競うように泳ぎ出していた。陽奈の力強いクロールに、葉月が静かに横から追いつく。水しぶきが飛び散った。
「はづ、速すぎ!」
「運動神経だけはね」
「ずるい!」
一方、楓は、浅い場所でぷかぷかと浮かびながら、空を見上げていた。
「海から見る空って、なんでこんなにきれいなんだろうね」
「わかるわ。波に揺られてると、この星の全部と一体化した気がする」
雫も、その隣で同じように浮かびながら、楓との会話を楽しんでいる。
「おい、お前たち、あんまり遠くに行くなよー」
「はーい!」
萌奈が、浮き輪がわりにした空気袋にしがみついて、ばしゃばしゃと水を蹴った。
俺はしばらく、その光景を眺めていた。青い海、白い波、笑い声。こんな日が来るなんて、夢のようだな。
「リヒトくん!」
陽奈の声がした。
「何ぼーっとしてるの? 一緒に泳ごうよ!」
「ああ、今行く」
俺は、陽奈の方へと走った。砂は熱く、水は冷たくて、空はどこまでも青い。今ここにいることが、信じられないくらい、楽しかった。
「ねえ、あとで砂のお城、作らない?」
「いいね、負けないわよ」
「よし、じゃあチーム対抗な。負けた方が、今夜の片付け」
「受けて立つわ」
「あ、待って私、砂遊び苦手・・・・・・!」
「楓ちゃん、頑張れー!」
俺たちの声が、どこまでも広がる海へと、溶けていく。
波が、さらさらと砂を洗う。潮の匂いが、空いっぱいに満ちていた。
この星で生きている。その実感が、今日は一段と強く、俺の心を満たした。




