第80話 ざわめく夜
エネルギーモジュールから取り出したソーラーパネルを、ひとまず煌星村に設置する仕事がひと段落して、夕方、俺たちはオデュッセイア号で創星村へ戻った。
美玖、ゆかり、萌奈の三人も、久しぶりに島でゆっくりしたいと言ってついてきた。
アクアベースに降り立つと、潮の香りが体に染みる。やはり、この島はいい。何度帰ってきても、最初の一歩で肩の力が抜ける。なんか、故郷に帰ってきたみたいな気持ちになる。別に、煌星村が嫌、てことじゃないのだがな。
「ただいまー、創星村!」
陽奈が、波打ち際に向かって伸びをしながら叫ぶ。
「おかえり」と俺は返す。
「ねえ、明日、泳がない?」
浜辺を見ながら、陽奈が突然そう切り出す。夕日を背にした彼女は、海を指さす。
「ほら、昨日も言ったじゃん。海で泳ぎたいね、て。せっかくこの島に戻ってきたんだし、たまには思いっきり海で遊ぼうよ」
「いいわね」
「異議無し」
葉月と楓が賛成して、雫も「私、泳ぐの久しぶりだなあ」とうれしそうだ。美玖たちは、目を輝かせて互いの顔を見合わせている。
「おう。じゃあ、明日は全員で海水浴だ」
俺が宣言すると、歓声が上がった。
♢
その夜、夕食を終えた後、女子たちが、調理場の隅で何やら盛り上がっていた。食器を片付けながら、それとなくその様子をうかがっていると、陽奈がつかつかと歩いてきて、俺の前に手を差し出してきた。
「リヒトくん、デミを貸して」
「デミを? もちろん、いいけれど。何に使うんだ?」
陽奈は、少しだけ口ごもる。
「・・・・・・水着を作るの。明日、泳ぐんだから、水着がいるでしょ」
「ああ、そういえば」
よく考えたら、この星に来てから水着を作ったことなどない。泳いだことなんてないから、当然だが。
「というわけで、デミちゃんは今夜から私たちが使うから。ヨルちゃん、アドバイスよろしくね」
「かしこまりました。皆さんの体型データはすでに計測済みです。伸縮繊維を使えば、海水でも劣化しにくく、紫外線も防ぐ高性能な水着が作れます」
「ちょっと待て、体型データってなんだ」
「以前、健康管理用のバイタルスキャンを実施しました。そのときのデータです」
「いつの間に・・・・・・」
俺が突っ込む間もなく、陽奈がデミを抱えて、部屋へと消えていく。美玖と萌奈がその後を追い、ゆかりが照れながら「リヒトさん、おやすみなさい」と小さく会釈して行く。葉月も、楓も、雫も、どこか楽しそうだった。
「リヒトくん」
ふと、陽奈が廊下から顔だけを出した。
「何を想像してるか知らないけど、変なこと考えないでよ」
「ちょ、ばか・・・・・・何も考えてないし」
「ふーん。じゃあ、おやすみ」
意味ありげな視線を送る陽奈。それから、ばたんと扉を閉める。
♢
夜。俺は居住棟のそばの台に腰かけ、ぼんやりと海を見ていた。夜空は快晴で、星がよく見える。涼しい風が、湿った砂の匂いを運んでくる。
「明日は、海で泳ぐ」
そう何気なくつぶやく。不意に、女子たちの笑い声が、居住棟の奥から聞こえた。水着のデザインで盛り上がっているのだろう。
「この色、似合うと思う?」
「派手すぎない? それとも、こっちの方が・・・・・・」
彼女らの楽しげな会話が、断片的に聞こえてくる。
「リヒトさん、まさか壁に耳を当てて、盗み聞きしたりしませんよね?」
ヨルが、からかうような口調で言った。
「するか。俺はもう寝る」
「おやすみなさい。明日は、皆さんの水着姿が楽しみですね」
「お前まで、そういうことを言うのか」
「私はAIですからね。健全な青少年としてのリヒトさんのお気持ちを、客観的に分析して申し上げたまでです」
何も言い返す気にならず、俺はそのまま自室へ戻った。
寝転がっても、頭のどこかが妙に冴えている。海の匂いのせいだろうか。それとも、隣の建物から微かに聞こえる女の子たちの声のせいか。
「水着、か」
天井を見上げて、ひとつ息を吐く。
変なことは考えていない。いや、そう断言したら嘘になるが・・・・・・陽奈や葉月たちが、この海で楽しそうに泳いでいる姿を想像したら、この星に来られてよかったと思った。それだけのことだ。
「おやすみ、ヨル」
「おやすみなさい、リヒトさん」
俺はゆっくりと目を閉じた。波の音が、子守唄のように耳の奥で揺れている。明日は、久しぶりの休日だ。




