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第8話 山頂から見えた景色


「リヒトくん、おはよ!」


 火をおこして、朝食のラピスラズリ・ソードフィッシュを焼いていると、部屋から出てきた蒼海あおみ陽奈ひなが、元気いっぱいのあいさつをしてくる。


「おはよう、陽奈。ベッドの寝心地はどうだった?」


 俺は、昨日作成した陽奈専用の部屋の感想を、早速、聞いてみる。


「もう最高だった! 地球でもこんなにぐっすり眠れたことあったかな、てくらい」

「また大げさな・・・・・・」

「大げさじゃないもん」


 陽奈は唇を尖らせる。


「分かった分かった、そう言ってもらえて嬉しいよ。ありがとう」

「わたし、本当に感謝しているんだからね」

「分かっているって。ほら、そろそろ焼けたし、食べようぜ」


 ほどよく香ばしく焼けた魚を一匹、差し出す。陽奈はにっこりと笑って、それを受け取り、ガブリとかぶりつく。食いっぷりいいんだよな、陽奈。この惑星でサバイバル生活を送るようになって知った、彼女の意外な一面だ。


 朝食が終わり、後片付けをしているとき。この創星村そうせいむらから見える、そこそこ大きい山が目に入る。そして、俺はふと思いついたことを口にする。


「なあ陽奈。あの山に登ってみないか?」


 陽奈は顔を上げてきょとんとした顔になる。


「山?」

「ほら、村の裏手からずっと続いてる丘のその先。あれだよ。最初にここを拠点に決めた時から気になってたんだ。あの一番高いとこまで行けば、このあたりの地形が一望できるはずだ」

「でも・・・・・・というか、ヨルちゃんに聞けば、地形とか分かるんじゃないの? この惑星コンスタンティアは、事前に調査され尽くされているんでしょ」

「申し訳ございません、陽奈さん。ゼウス号の爆発により、一部の地形図のデータにアクセス不能になっているんですよね。不幸にも、私たちがいるこの一帯は、そのアクセス不能な部分に該当するのです」

「ということみたいだ。だから、あの山に登れば、この辺りの地域についての情報を入手できるかもしれん」

「正確な測量等は、イヤリングを通して見た景色を、私がやりますよ」


 陽奈は立ち上がり、手についた土をはたく。


「いいわね。行こう、リヒトくん。それじゃ早速準備しなきゃ・・・・・・」

「いや。準備は俺がしとくよ。陽奈は、畑の様子を見といてくれ。万能耕作機械ケレスが大体はやっているけれど、一応、人間のチェックもしといた方がいいだろう」

「りょーかい」


 陽奈はくるりときびすを返し、畑の方へと向かう。


 俺はその後ろ姿を見送りながら、万能工作機械デミを見る。さあ、登山用具を作らなきゃな。作業開始だ。


 デミは、残骸とそこらの植物から次々と登山用具を作り出していく。


 まずは二人分の登山靴。ソールにはコンスタンティアの岩場でも滑りにくい特殊なパターンを刻み、アッパーは通気性と耐久性を両方確保した繊維で成型する。作業中の陽奈問一緒に採寸してもらい、彼女の足に合わせたサイズを。次に軽量のヘルメットと、万が一のためのロープ、カラビナ、小型のピッケル。次々と生み出されていく。


 そして最後は方位磁針。コンスタンティアの磁場は地球より少し弱いが、方角を知るには十分だとヨルが請け合ってくれた。


 それから、ポッドに残っていた飲料水と携帯食料、応急キットを詰め込んだバックパックを背負い、昼前に俺たちは創星村そうせいむらを後にした。そして、森へと一歩を踏み出す。


 森の中には、夜の涼気りょうきが若干残っていた。


 森の奥へ進むにつれ、植生は徐々に変わっていった。拠点近くの広葉樹に似た木々は少なくなり、代わりに針葉樹に似た細長い葉を持つ樹木が増えてくる。幹の樹皮はうろこのように重なり合い、触れるとかすかに松脂のような香りがした。


 そうして、傾斜地をしばらく歩いていく俺たち。


「空気がちょっと薄くなってきたかも」


 陽奈が言う。まだ息が切れるほどではないが、標高が上がっているのは確かだった。


「ペースは無理しないで行こうぜ。途中で休憩を挟みながらでいい」

「うん、分かった」


 俺は、は陽奈の歩調に合わせて、自分の歩幅を少し縮めた。


 傾斜がきつくなるにつれ、下生えは低くなり、やがて岩場が多くなってきた。灰色と、ところどころ鉄分を含んで赤錆びた色をした岩が重なり合い、その隙間からは紫色の苔が顔をのぞかせている。俺は先頭に立ち、慎重に足場の安定する場所を選びながら進む。陽奈が転ばないように、時折手を貸す。


「大丈夫か」

「うん、こういうの、久しぶり。中学の林間学校以来かも」

「俺もだな」


 標高が上がるにつれ、樹木はさらに低くなり、やがて俺たち二人の背丈ほどの灌木かんぼくがまばらに生えるだけの風景に変わっていった。風が強くなり、汗ばんだ額に心地よく当たる。


 そして、俺たちは最後の岩場を越えた。


「・・・・・・着いた」


 俺も陽奈も息をはずませながら、その場に立ち尽くした。


 山頂は、思いのほか平坦な開けた場所だった。直径二十メートルほどで、あたりを見渡すのに障害物は何もない。


 そして、そこから見える風景は、想像をはるかに超えたものだった。


「わあ・・・・・・」


 陽奈が隣で感嘆の声をあげる。


 全方位に広がる大海原。エメラルドグリーンから深い藍色へと、沖に向かってグラデーションを描く海。その宝石のような広々とした海に、ぽっかりと浮かぶ緑の陸地——自分たちのいるこの場所。


「島、だったんだな」

「うん。そうだったんだね」


 俺の静かな呟きに、陽奈が静かに応じる。


「あそこ、わたしたちの家があるあたりだよね」


 陽奈が南西の方向を指さす。かすかに、森の中に開けた空き地の緑が、周囲より明るい色で見分けられる。そのすぐ先には、白い砂浜が弧を描き、さらに沖には珊瑚礁のような浅瀬がエメラルド色に広がっていた。


「釣りマシン、ちゃんと動いてるかな」

「たぶんな」


 俺たちはしばらく、自分たちの島を見下ろしていた。こうして全体を見てみると、なぜかこの小さな世界が急に愛おしく思えてくる。ここで目覚めて、ここで生き延びて、ここで農業を始めた。そうだ。俺たちにとって、ここはすでに大切な場所なのだ。


 そうしてしばらく、感慨にひたった後、陽奈がふと、海の方をまっすぐに指さす。

「ねえリヒトくん、あれ」


 陽奈が指し示す先に、俺は目を凝らす。


 水平線の彼方かなたには、うっすらと影のようなものが見える。雲かと思ったが、そのシルエットは明確な輪郭を持っていた。山だ。高い山々が連なり、そのふもとには広大な陸地が広がっているのが、かすかに見分けられる。


「大陸・・・・・・?」

「直線距離で、おおよそ六十キロメートルほどですね。かなり大きな大陸です。・・・・・・ちょっと待ってください。いま、私の持つデータと照合します・・・・・・まだ早急に断言は出来ませんが、あれは間違いなく大陸のです」

 ヨルが瞬時に、答えてくれる


「六十キロ」


 俺はその数字を頭の中で転がした。


 泳いでいくには、ちょっと無理そうだな。だが、船があれば可能だろう


「ヨル。デミは、船も作れるのか?」

「はい。材料さえそろえば、楽々できますよ」

「つまり・・・・・・船を作れば行ける距離だ」

「うん」


 陽奈も力強く頷いた。その目は、水平線の彼方の大陸に釘付けになっている。


「あそこに、他の人たちもいるかもしれないね」

「そうだな。ゼウス号のポッドは三十万基あの大陸に降りた奴も大勢いるはずだ」


 俺はそう言いながら、胸の内で何かが静かに燃え始めるのを感じていた。


 しかしその静かな情熱は、すぐに理性によって、落ち着く。


「でも、急ぐ必要はないよな。まずは畑をもう少し頑張って、農業で食料供給を安定させてからだ。それから、船を作成しないとな」

「うん、焦らなくていいと思う。大陸が急に、どっか行ったりはしないだろうし」

 

 陽奈が笑い、俺もつられて笑う。


「それに、せっかく島の全体像がわかったんだから、こっちももっと探索したいかも。まだ行ってない海岸もあるしね」

「ああ。この島をもっとよく知ってからでも、遅くはない」

「あれ? ねえリヒトくん、あれ見て。あれ、ひょっとして、ゼウス号の新たな残骸じゃないの?」


 陽奈が指さす島の一角に、俺は目を受ける。太陽の光を受けて、銀色に輝く人工物。あれはゼウス号の残骸だ。それも、かなりの大きさだ。


「近いうちに、あそこに行こう陽奈。それからヨル。今俺たちが見た情報だけで、この島の地図を作れるか?」

「もちろんです! 測量したデータをデミちゃんに送りますね」

「じゃあ、決まりだな」


 俺は大きく息を吸い込んだ。山頂の空気は薄いが、驚くほど澄んでいて、肺の奥まで洗われるようだ。


「まずはこの島を隅々まで知ろう。ゼウス号の残骸を元に、まだまだ色々作りたいものがある。そしいて畑を育て、備蓄を増やし船を作り——」

「大陸に行く、ね」


 陽奈が言葉を引き継いだ。


 俺たちは顔を見合わせて、力強く首肯しゅこうする。


 山頂からの絶景は、俺たちの決意を後押ししているように思えた。遙か彼方の大陸は、新たな始まりを約束しているようだった。まだ見ぬ土地、まだ会わぬ人々、まだ知らぬ発見。それらすべてが、六十キロ先に待っている。


「なあ陽奈。もし大陸に行ったら、畑もっと広げられるな」

「そうしたら、もっといろんなものが作れるね。わたし、大きなパンがまとか欲しいな」

「そういや、そろそろ調理場が欲しいな。今の、焼いてばかりの原始的な料理法も、そのうち飽きがくるかもしれないし」

「だったら、まずは調理器具を作らないとね。蒸し器や燻製機くんせいき・・・・・・ああ、色々欲しくなってきたな」

「村に戻ったら早速作るか。ついでに鍛冶場も欲しいんだけれどな・・・・・・工作機械があるから特に必要ってわけじゃないけど、なんかロマンがあるだろ」

「鍛冶場って・・・・・・リヒトくん、そういうの好きだよね」

「好きだよ」

「でも、まずは調理器具と調理場だからね?」

「もちろんだ」


 俺は腰に手を当てて、もう一度大陸を見渡した。風が強くなってきた。そろそろ下山した方が良さそうだ。


「よし、戻ろう」

「うん」


 陽奈が名残惜しそうに一度だけ振り返り、それから俺の後に続く。

 

 することは沢山だ。さあ、忙しくなるぞ。


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