第78話 平和な時間
ポセイドン号の白い船体が、浜辺に滑り込む。箱いっぱいに銀色の魚が跳ねている。どうやら、大漁のようだ。
「おかえり、ポセイドン。初運行は、上々だな」
俺が声をかけると、ポセイドン号はまるで返事でもするかのように、短くモーターを鳴らす。
アルテミス二体が、ポセイドン号から魚をすくい上げ、手早く選別していく。食用に適したものと、そうでないものを見分け、さらに大きさや種類ごとに分けていく。その動きは正確で無駄がない。
「アルテミスたちも、すっかり漁師の面構えをしているな」
「汎用型の強みです。私の知識に加えて、手先のマニピュレーターが器用で、内臓の処理までできますからね」
ヨルがどこか誇らしげに言う。
アルテミスは、魚を一匹つかみ、まな板の上で手早く下処理を始める。ウロコを落とし、腹を開き、内臓を取り出す。その傍らでは、もう一体のアルテミスが選別した魚を塩水に漬け、燻製用のラックに並べる。保存用の食糧を増やすために、大切な作業だ。
調理場の隅に設置された燻製器から、甘い煙が細く立ちのぼっている。アルテミスたちは、その煙の具合をセンサーで監視し、チップの追加まで行っていた。
まったく、驚くべき器用さだな、アルテミスは。人間より優秀かもしれない。元々の設計者は、どんな人なんだろうな。
♢
村の方面から、賑やかな声が近づいてきた。
「海だー!」
「待ってよ、転んじゃう!」
「おにいちゃん、おいてかないで!」
それは、こどもたちの一団だった。十人ほどが、砂浜へ向かって一目散に走ってくる。その後ろには、運搬用トラック兼小型車両のテラ・キャリアがゆっくりと停止している。荷台には、まだ数人の子供と、見守り役の大人が二人乗っている。
「あら、来たみたいね」
「海水浴か。いい光景だな」
元々は貨物運搬用のテラ・キャリアを改良して、大勢の人が乗れるようにした。荷台に折りたたみ式の座席を取り付けた。側壁は高くしてあり、小さな子が落ちないように工夫してある。
そして今、海水浴を楽しみにしていたこどもたちを浜まで運んできたところらしい。
「リヒトさん、見て見て! あたし泳げるんだよ!」
萌奈が手を振っている。その隣には、ゆかりと美玖もいる。どうやら、三人娘が子供たちの水泳の引率らしい。
「気をつけろよ。沖には出るな」
「はーい!」
こどもたちは波打ち際にざぶざぶと入り、きゃあきゃあと声を上げ始めた。透き通った海に、小さな水しぶきがいくつも上がる。すぐにアルテミスが浜に移動し、万が一に備えて海中を監視し始めた。付近の海中には、トリトンも数台、航行していて、こどもたちが溺れたりした場合、すぐに察知できるようにしている。
「なんというか、のどかな光景だな」
「そうね。でも、こんなにこどもがいたのね、ゼウス号には」
「俺たちも、こどもみたいなもんだけれどな」
俺と陽奈は、ちょっとだけ笑い、砂浜に腰を下ろす。葉月と楓、雫も、少し離れた場所で貝を拾い始めた。
「なんか、ちゃんと生活してる、て感じがするよな。まだまだしないといけないこと、足りないところもいっぱいだけれど、遊ぶ余裕もある。それが、なんだかすごく嬉しい」
「うん。私も、同じ意見よ」
こどもたちの一人が、水の中で転んで、むせて泣き出した。美玖が慌てて助け起こし、ゆかりが背中をさすっている。萌奈がおどけて見せて、泣いていた子がようやく笑った。
「ねえ、リヒトくん」
陽奈が、ぽつりと言った。
「私たちも、海水浴しようよ」
「おう。いますぐにか?」
「ううん。近いうちにね。あのこどもたちみたいに、思いっきり泳いで、はしゃいで、疲れたら浜で寝転んで。そういう休日を、一度でいいからみんなで過ごしたいな、て思ったの。さっきも言ったみたく、わたしたちも、こどもみたいなものだしね」
陽奈の提案に、俺はじめ葉月たちもうなずく。
「いいな、それ」
「やろやろ!」
みんな乗り気みたいだ。なら決まりだ。
「そうだな。まるまる一日、しっかりと休もう。場所は創星村でいいな?」
「うんうん、それでいいよー!」
海からの風が、心地よく汗を冷やしていく。砂浜では、こどもたちが波と追いかけっこをし、テラ・キャリアの荷台では、大人たちがのんびりお茶を飲んでいる。
俺は隣の陽奈に言う。
「せっかくだから、少し遊んだらどうだ? 俺はここで、ちゃんと見張っているから」
「そう? ありがとリヒトくん。じゃ、お言葉に甘えて・・・・・・」
陽奈が立ち上がり、靴を脱いで波打ち際へと走っていく。白い足が波飛沫をあげて、彼女の歓声が海に吸い込まれていく。
平和だな、と思う。この星に来て、ようやく手に入れた、何気ない午後の時間。
やることは、まだまだたくさんある。食料の拡充、エネルギー問題、エネルギーモジュールの回収・・・・・・。けれど、その合間に、こうして穏やかな時間が流れている。それが、何よりも嬉しかった。
浜辺では、ポセイドン号がその白い巨体を静かに揺らしている。その周囲には、こどもたちの笑い声がいつまでも続いていた。




