第75話 徹夜の灯
煌星村は静かな熱に包まれていた。
突如現れた九十三人の新村人たちは、ひとまずは倉庫などに分かれて休んでもらい、どうにか全員が雨露をしのげる状態にはなった。
だが、それはあくまで今夜だけの話だ。全員がちゃんと眠れる住まいが、すぐに必要だ。
「・・・・・・さて。するべきことは、さっさとやろう」
俺は居住区の南側に広がる空き地に立ち、デミを起動する。
「リヒトさん、設計図は準備完了です。二十人用の簡易長屋を五棟。これで百人分は確保できます」
「資材は大丈夫か?」
「もちろんです。資材モジュールの合金パネルと、現地の木材がまだ十分にあります。今夜中に組み上がるよう、アルテミス三機も作業に投入しますね」
「わたしも手伝うよ!」
陽奈が、元気に腕まくりをする。
「わかった。やるぞ」
デミの音が、夜の空気を震わせる。青白い工作光が、合金パネルを削り出していく。 誰もいない時間帯ということもあり、俺たちは集中して無言で作業を進めていく。
寒さも、空腹も、不安も、いっぺんに全部ゼロにはできない。それでも、壁と屋根と寝床があれば、状況は大きく違ってくる。
そうしてしばらく作業に没頭して、簡易長屋の一棟目の骨格が組み上がった頃。
「リヒトくん、おつかれさま」
振り返ると、陽奈が盆に湯気の立つ椀を乗せて立っていた。月明かりを背に、長い髪がほんのり白く光っている。
彼女は椀を差し出した。
「スープだよ。牛乳をベースに、ラズルグレナの栄養素も混ぜて、生姜みたいな香りの葉っぱも入れてみたの。夜は冷えるでしょ」
「ありがとう」
受け取った椀から立ちのぼる湯気が、ひんやりした空気に溶けていく。ひとくち飲むと、じんわりと体の芯から温かくなった。
「うまい。この葉、いいな」
「でしょ。楓ちゃんが乾燥させてたの。食欲増進にもいいんだって」
「生姜、ではないんだよな」
「うん。ヨルちゃんに聞いたら、コンゴウ草とかいうのみたいで・・・・・・」
二人で並んで、組み上がり途中の居住棟の骨格を眺める。俺たちが休憩している間も、作業を続けるアルテミスたちが、無骨な腕で慎重にパネルを運んでいる。
「ねえ、リヒトくん」
「ん?」
「今日、百人近くの人たちが来てくれて、村人が一気にこれだけ増えて、なんだか実感わかないんだ。でも、今こうして新しい家が建っていくのを見てると、本当にこれから変わるんだなって思う」
「ああ。変わるな。間違いなく、変わる」
「うん。いい方向に変えたいね。私たちの手で」
陽奈は自分の手を胸の前で握りしめた。小さな手だった。でも、この星に来てから、俺と共に、土を掘り、種を蒔き、水を運び、道具を磨いてきた手だ。
「俺たち、よくやってるよ」
自分でも意外な言葉が出た。
「教室の隅っこに生息していた地味で目立たない俺と、クラスの中心にいたお前と、それから葉月に楓。みんなで、この惑星での生活の基盤を作っていっている」
「ふふ、たしかに。高校のときのリヒトくん、ずっと静かに窓の外を見てたよね。何を考えてるのか、全然わからなかった」
「何も考えてなかったんだよ。ただ、時間が過ぎるのを待ってただけ」
「でも今は、ちゃんと前を見てる」
「前を見ざるを得ないからな。後ろには何もないし、止まったら死ぬから」
「違うよ」
陽奈はゆっくり首を振った。
「リヒトくんは、自分で前を向いたんだよ。誰かに言われたからでも、仕方なくでもなく。この星で、自分の手で何かを作ろうって、そう決めたんだと思う」
陽奈は一呼吸おく。
「だってさ、嫌だったら別に冬眠ポッドで寝てても良かったでしょ? そうしなかったのは、まぎれもなくリヒトくんの判断なんだよ」
俺は答えられなかった。彼女の言葉が、不思議なくらいすとんと胸に落ちて、否定する理由が見つからなかったからだ。
「・・・・・・かもな」
しばらくして、ようやく、それだけを口にした。
陽奈が、くすりと笑う。
「そうだよ。だからリヒトくん、もっと自分に自信、持っていいんだよ」
陽奈の柔らかな手が、そっと俺の肩に乗る。暖かな手の感触。時間にしてほんの数十秒間だけ、俺はそのぬくもりに甘える。
それから俺は黙って作業を開始して、陽奈もそれに続く。陽奈の髪を夜風がそっと揺らし、そのたびに、かすかに石鹸の匂いがした。
♢
二棟目の屋根が閉じ、三棟目の床板が張られていく。空はまだ暗いが、東の端がうっすらと白み始めていた。
「陽奈はもうそろそろ休め。朝飯の仕込みがあるだろ」
「別にいいよ。はづにでも代わってもらえば。リヒトくんこそ、全然休んでないじゃん」
「俺はこの作業が終わったら、ちょっとだけ寝る。あとはアルテミスたちに任せよう」
「本当に無理しないでよ。百四十人以上もいるんだから、頼っていいんだからね」
「わかってる。これでも昔よりは、だいぶ人を頼るようになったんだ」
「本当かな?」
陽奈が俺の顔を覗き込む。俺は視線を逸らす。
「本当だ。ついさっき、お前にスープをもらった」
「あれだけで? じゃあ、もっともっと頼ってください」
「善処する」
陽奈がもう一度笑って、ぽん、と俺の腕を軽く叩いた。それから、居住棟の方へと歩いていく。その背中に、俺は小声で「ありがとうな」とつぶやいた。
♢
夜が明ける頃、最後の屋根パネルがはまり、全部で五棟の居住棟が完成した。急造ではあるが、壁も屋根も床も、きちんと作ってある。寝具だけは急いで用意する必要があるが、それは日中に皆で作ればいい。
朝日が昇り始めた頃、村のあちこちから人が起きてきた。
「な、なんだ、これは……」
倉庫からいちばんに出てきた新居住者の男性が、目をこすりながら立ち尽くしている。彼の後ろから、続々と集まってくる新たな村民たちが、新しい建物の並びを見て言葉を失っていた。
「おはようございます」
俺は軽く会釈する。
「とりあえず、もっとちゃんと寝れる場所は用意しました。まだ内装はこれからですけど」
「まさか、一晩でこれを作ったのか」
「万能工作機械デミとアルテミスに手伝ってもらいました。俺だけの力じゃないです」
そのとき、調理場の方から葉月の明るい声が飛んできた。
「朝ごはんできましたよー! 今日はあったかいスープと、焼きたてパン! みんな並んでくださいー!」
新しく村人になった人々の顔に、ほっとした笑みが広がる。その笑顔を、俺はしばらくのあいだ、ぼんやりと眺めていた。
「リヒトくんの分は、とっといているからね。寝てから食べてもいいんだよ」
いつの間にか横に来ていた陽奈が、小声で言った。
「ああ。そうする」
「約束。このあとしっかりと寝て、ちゃんと朝ごはんも食べること」
「わかったよ。お前は俺の保護者か」
「かもね」
俺たちは、二人で笑いあう。
空はすっかり明るくなり、草原の向こうから新しい一日の風が吹いてくる。百四十人の小さな町が、今日、これから動き出す。その中心で、俺は確かに、自分がこの星で生きていることを感じていた。




