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第74話 到来


 その長い列は、草原をとぼとぼと歩いている。夕暮れの光を背に、まるで影絵のようにゆっくりと、しかし確実に進んでいる。


 ヘルメスを操りながら、俺たちはその集団の元へと向かった。ヨルが数えたところによると九十三人いる、その集団の先頭に立つ男のもとへ空から降りて、近付く。


 先頭を歩いていたのは、四十代半ばの長身の男だった。薄くなった髪を後ろに撫でつけ、口ひげを生やしている。頬はこけ、かけている眼鏡はひび割れていたが、足取りはしっかりしている。


 俺は、右手を挙げて彼らを迎えた。


「こんにちは。皆さん、ご心配なく。僕たちは武器を持っていません。この星で開拓をしています、蛍坂ほたるざかリヒトといいます。ひょっとして、あなたたちはゼウス号の乗員ですか?」


 長身の男は一瞬だけ目を見開き、それから深く、震えるようなため息をついた。


「そうだ。私はゼウス号に乗っていた、水瀬みなせという。ここにいる者たちは、みんな、第三区画で眠っていた・・・・・・」


 大きな疲労をにじませながら、そう答える水瀬氏。


「空から皆さんの移動する姿が見えて、急いで来ました。皆さんは、どこから?」


「ずっと北の山脈のふもとだ。不時着後、わしらはすぐに冬眠ポッドに入って眠った。それで、救援が来るのを待っていたのだが・・・・・・三人ほど、ポッドが途中で故障してな。冬眠できなくなったのだ。それで、色々と話し合った結果、一度ポッドから出て、自分たちで動いて生活をしてみようと、放浪の状態に入ったのだ。それが約十日ほど前のことだ」


 水瀬の後ろに続いていた人々が、疲れ果てた表情で俺たちを見ている。中には小さな子供や、年老いた人の姿もある。


「食べ物は、あるんですか?」


 陽奈がそっと尋ねる。


「ああ、それなら大丈夫だ。ポッド内の携帯食糧を持ってきておるからな。この人数でも、あと十日はもつだろう。水も、朝露を集めたものがあるしな」


 その言葉に、葉月と雫がほっとしたように息を吐く。


「この先には、なにか拠点でもあるのかね」


 水瀬の問いに、俺はまっすぐに答えた。


「ここから南に、俺たちの村があります。数は五十人ほど。煌星村こうせいむらといいます」


「村・・・・・・!? あるのか、人が住める場所が!?」

「というか、作ったんですね。家も、水も、食料も。もうすでに、あなたたちが来ても大丈夫なように、準備を始めています。ぜひ、村に来てください」


 九十三人の集団から、ざわめきが広がる。呆然と俺を見つめる者、手を合わせて祈る者、隣の者と肩を抱き合って泣き出す者。長い旅の果てに、ようやく見えた一筋の光だったのだろう。


「・・・・・・ありがとう。本当に、ありがとう」


 水瀬氏が深々と頭を下げ、九十三人が一斉にそれに続く。


「頭を上げてください。俺たちも同じゼウス号の生存者です。できる限りのことをします。さあ、村へ案内します。今夜は温かいスープと、柔らかいパンを用意させますから」



 煌星村は、瞬く間に活気に包まれた。


 連絡で状況を聞いた村民たちは、九十三人を迎え入れる準備を整えていた。調理場では寸胴鍋が並べられ、保存しておいた野菜と魚の干物を贅沢に使ったスープがぐつぐつと煮立っている。パンも追加で焼かれ、牧場から届いたチーズが所狭しと並べられた。


「ようこそ、我らが煌星村へ!」


 小松さんを中心とした村民一同が、満面の笑みで出迎える。


 九十三人の新たな仲間たちは、村の姿に目を丸くしていた。畑、調理場、大きな居住棟、清潔な水場。そして空にはヘルメスが舞い、道にはウィンドリーフが走っている。自分たちが歩いてきたこの無人惑星の荒野とは、まるで別世界だったのだろう。


「すごい・・・・・・本当に、ここで生活してるの?」


 若い女性が、呆然とつぶやく。


「おい、あれ、空飛んでるぞ」

「こっちはロボットもいるぞ」

「車まで・・・・・・!」


 元乗員たちは、口々に感想を漏らし、疲れた顔に笑みを取り戻していった。



 夕食を配り終えた後、俺は水瀬さんを交えて今後の話を詰めた。


「とにかく、今日はゆっくり休んでください。寝る場所は、村の建物の空き部屋と、あとは倉庫を片付けて臨時の宿泊所にしました。足りなければ、テントも張ります」

「助かる。しかし、これから毎日の生活を考えると、まずは食料と水だな」


 水瀬は真剣な顔で言った。


「携帯食糧はあるが、それも十日が関の山。村の備蓄を食いつぶすわけにはいかんだろう」

「ええ。だから、明日から一気に体制を整えます。漁獲量を上げるために、小型の漁船も増産します。それから農地も牧場も広げる。やることは多い」

「私たちは牧場班として、乳とチーズの増産かな。ロッコウロとオオツノウシの数も増やしていかなきゃね」


 葉月はづきが言い、美玖みくたちも「あたしたちも手伝う」と声を上げる。


「食糧庫モジュールの備蓄した食糧も出そう」

「ラズルグレナの培養区画も、拡張を急ごう」

「そうですね。こうなったら、湖のエネルギーモジュールがこのタイミングで見つかったのは、僥倖ぎょうこうでした。あれが使えるようになれば、九十三人が加わっても全く問題ないほどのエネルギーを確保できます」


 ヨルが力強く言った。



 その晩。見張りも兼ねて、俺は村の入り口に立って空を見上げていた。あちこちから聞こえる新たな仲間たちの寝息。涙ぐむ声。やっと安心したように、小さな子供が親の胸で眠りにつく。そういう生活の音が、夜の村を満たしている。


「すごい人数になったね」


 陽奈が隣にやってきて、夜空を見上げた。


「ああ。総勢、百四十人を超えた」

「ねえ、リヒトくん。あの時、湖でエネルギーモジュールを見つけたとき、『今はまだそのときじゃない』って言ってたけど。案外すぐに、そのときはやってきたね」

「そうだな。むしろ、来てくれてよかった。九十三人も増えると、あれが必要になるだろう」

「私たち、もっと大きな村になるね」

「村じゃなくて、もう町だよ。百四十人なら、小さな町だ」

「うん、そうかも」


 俺は少し考えてから、小さく笑った。


「でも、俺たちの町は、まだ始まったばかりだ。これからもっともっと大きくなる。創星村と、煌星村と、分星と、牧場と、医療棟と、その全部が繋がって、一つの町になっていく」

「うん。私も、もっと頑張るよ」

「焦るな。一歩ずつだ。今日やるべきことを、今日やる。そうやって積み重ねてきたんだから」

「わかってる。でも、今夜だけは、ちょっと急ぎたい気分」


 陽奈はそう言うと、ふわりと笑った。


「百四十人分の朝ごはん、用意しなきゃね」


 風が吹き、草原の香りが村を包む。やることは山積みだ。


 でも、それが楽しくもあった。


 この村に生きる人が増えれば増えるほど、みんなの故郷として、ここは存在感を強めていく。その始まりに、今、自分が立ち会えていることが、誇らしかった。 


「さあ、陽奈。もういっちょ、働くぞ」

「りょーかい! さあ、どんと来なさい!!」


 俺たちは、急に増えた村人たちのための作業を開始する。



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