第73話 湖の中のモジュール
トリトンから送られてくる映像が、目の前に展開される。万事順調に、湖の中をゆくトリトン。
水面下に見えるゼウス号のモジュールは、予想以上に大きかった。
「あそこに亀裂がありますね。入ってみましょう」
トリトンが、ゼウス号の中に入る。
「ヨルちゃん、これって、何のモジュールなの?」
「船体の形状から、これはエネルギーモジュールですね」
「エネルギーモジュール? ひょっとして、ゼウス号のメインエンジンとか?」
陽奈が首をかしげる。
「少し違いますね。惑星コンスタンティア入植後に使うための、大規模な発電・蓄電ユニットです。内部には、様々な発電装置がコンテナに収められたまま眠っています」
「発電装置って、ラズルグレナ電池とは違うの?」
美玖が尋ねる。
「ラズルグレナ電池は、我々が現地で開発したバイオ発電です。一方、このモジュールには、核融合炉の小型版や、高効率の太陽光発電パネル、それに地熱発電ユニットなど、惑星上において使用可能な本格的な発電設備が収められています」
核融合炉・・・・・・これまた、すごいのが出てきたな。
「理論上は、ここにある発電装置をすべて使えば、現在の私たちの全拠点を合わせた消費電力のおよそ一万倍以上を賄えますね」
その数字に、皆が唖然とする。
「一万倍・・・・・・想像もつかないわ」
葉月が湖面を見つめる。その奥には、湖に半身を沈めたゼウス号のエネルギーモジュールが静かにたたずんでいる。
「でも、それだけのエネルギー、今の私たちには必要ないよね」
「そうだな。現在の村の人数は、全部で五十人程度だ。培養しているラズルグレナで作成した電池で、十分に足りている。ここのエネルギーモジュールは、無理に引き上げる必要はない」
「モジュール自体は、幸いにもほぼ無傷です。恐らく、コンテナ内の発電装置も大丈夫でしょう」
ヨルが続ける。
「ただし、いつまでも湖に沈めたままというのも、得策とは言えません。近いうちに引き上げて、陸上の施設に移設することをお勧めします。ですが、それは私たちのペースで進めれば良いでしょう」
「だな。焦る必要はない。場所も確認できたし、いずれはデミの重力操作か、タロスで引き上げられる」
俺は全員の顔を見渡した。
「今日のところは、記録だけ取って帰ろう。エネルギーモジュールは、いずれ必要なときが必ず来るからな。そのときには、大いに役立ってもらおう」
皆がうなずく。湖の風が、少しだけ冷たくなっていた。
♢
そうして俺たちは、再びヘルメスで空へと上がり。帰路につく。夕日が草原を赤く染め始めている。
「今日の成果、記録しておくね」
楓が飛行しながら、ボイスレコーダーにメモを吹き込む。
「エネルギーモジュール、湖にて発見。状態良好。しばらくは現地保存。我々のエネルギー需要が高まったときに予定」
「しかし、核融合炉かあ。なんか、随分と本格的になってきたな」
「だからといって、すぐに使う必要はないわよ。私たちは、ラズルグレナで、ちゃんと生きていける。それで十分だもの」
「陽奈の言う通りだな」
「ひょっとしたら、私たちの次の世代で使うかもね」
楓が、穏やかに表情をほころばせる。
「次の世代・・・・・・私たち、いつからそんな先のことを考えるようになったんだろうね」
葉月が言う。
「生き延びるだけの生活から、生きるための生活に変わった、てことよよね」
雫が言う。
「ああ。十年後、二十年後のことを考えられるようにまでなっている。でも油断は禁物だがな。まだまだ、することは多いのだから」
空を飛ぶ俺たちは、草原を横切り、進んでいむ。
「あ、見てください!」
突然、萌奈が声を上げた。
「あっち、すごくたくさんの人が!」
全員が萌奈の指さす方向を見る。はるか北側、草原の縁に沿って、長い人影の列が動いていた。一つ、二つではない。十、二十……いや、もっとだ。
「なんだ、あれは」
俺は高度を少し下げて、目を凝らした。
歩いているのは、みなゼウス号の乗員用の服を着ている人たちだった。パッと見たところ、大人、子供、年配者までいる。恐らく、五十人は超えている。いや、百人近いかもしれない。彼らは荷物を背負い、互いに支え合いながら、ゆっくりと南へ向かって移動していた。
「ヨル、あの集団の分析を頼む」
「はい。人数は九十三名。全員がゼウス号の乗員または乗客と見られます。かなり疲弊しているようですが、組織的に移動しています」
「九十三人・・・・・・!」
美玖が息を呑む。
「どこから来たの?」
「進路から逆算すると、大陸北部の山岳地帯方面でしょうか。このまま進めば、明日には煌星村に到達するでしょう」
「あの人数が、一度に来るのか……」
俺は頭の中で、村の受け入れ体制を計算した。食料はまだ余裕がある。だが、住居も水も、このままでは足りない。
「リヒトくん、どうする?」
陽奈が不安げに尋ねる。
「どうするもこうするも、放っておけないだろ」
俺は言った。
「煌星村に連絡して、受け入れの準備を始めよう。水と食料の手配も必要だ」
「それと」
葉月が言った。
「あの人数なら、ラズルグレナの培養も今のペースでは足りなくなるかもしれない」
「ああ。エネルギーモジュールを引き上げる日が、案外早く来るかもしれないな」
草原の向こうに、その長い列は続いている。夕日を背に受けながら、彼らは黙々と歩いていた。その姿はまるで、この星に生きることを諦めていない証のようだった。
「俺たちの仲間が、また増えるな」
俺がつぶやくと、陽奈がうなずいた。
「うん。それだけ、この星で生きている人がいるってことだよ」
「よし、急ごう。準備はこれからだ」
俺はヘルメスの向きを変える。まずは、彼らと接触を試みよう。




