第72話 普及するヘリオス
ヘルメスを作ってから二日が経った。小型飛行装置はあっという間に村の生活に溶け込んだ。
午前の畑仕事を終えた若者たちが、空へと飛び立っていく。空を飛んで、まだ見ぬ場所を探索する者、牧場まで遊びに行く子供、ただ景色を見たくてふわりと浮かんでいる者まで、それぞれが自由に空を楽しんでいる。
「ずいぶん賑やかになったな」
俺が格納庫の前で空を見上げていると、陽奈が隣に立った。
「本当、随分と盛況よね。みんな、空を飛んでみたかったのかな」
「そうだな。だけれど、大地の方も負けてはいないがな」
眼下では、ウィンドリーフが元気に道を疾走している。村のあちこちから笑い声が聞こえて、この星に来た頃の静けさが嘘のように賑やかだった。
「リヒトさん、少し宜しいでしょうか」
ヨルの声が耳に届く。その声音から、報告は良い知らせであることが予感された。
「なんだ?」
「先ほど、遊覧飛行に出ていた小松さんから入電です。草原の遥か北の方の湖で、何かを見つけたようです。恐らく、ゼウス号ではないかと」
「なに、それは本当か?」
俺は立ち上がる。
「それで、そのゼウス号は湖に落ちてるの?」
陽奈の問いかけにヨルはすぐに返す。
「はい。湖の中心部に、半分浸かった状態で沈んでいるらしいとのことです」
ヨルが三次元地図を俺たちの前に展開する。
「湖の場所はここか。牧場から北に十二キロほど。これまで、アルゴスの探索には引っ掛からなかったのか?」
「はい。どうやら、偶然にも進路から外れていたみたいです。今からアルゴスを派遣しますか?」
「いや、ここは俺たちで直接見に行こう」
楓が顔を上げる。
「私も行きたい」
「もちろん、一緒に行こう。それから、今回は美玖たちも誘おう」
「了解。じゃ、私が呼びに行くね」
雫が美玖たちのもとに向かう。
♢
俺たちはヘルメスを背負い、空へと飛び立つ。
四基のダクテッドファンが快活な音を立て、体を押し上げていく。眼下に広がる草原が朝日に照らされて、黄金色の海のように見えた。
「気持ちいい!」
陽奈が笑い声を風に乗せる。
「みんな、湖は北だ。牧場の上空を抜けて、森の手前を目指す。はぐれないようについてきて」
俺は先頭に立って、進路を北に取る。
途中、牧場の柵の中からロッコウロたちが顔を上げ、空を見上げた。オオツノウシの子ウシ、大福とおはぎも、不思議そうに首をかしげている。
「大福ちゃん、また戻ってくるからね」
萌奈が小さく手を振った。
♢
しばらく飛ぶ。俺たち。周囲の景色が、草原から森へと変化して切れ目から湖が見えてきた。
湖は少し楕円形で、銀色の水をたたえて静かに横たわっている。湖岸は狭い砂浜と岩場が交互に続き、その中央に、巨大な人工物が姿を現した。
「あれだ!」
美玖が指さす。
流線形のその人工物は、湖の中に半ば沈むようにして横たわっていた。先端部は水上に突き出し、後部は水中に消えている。水面から出ているところだけでも、二十メートル以上はある。
「何だろう、あれ。貨物モジュールにしては細長いわよね」
葉月が目を細める。
「でも、垂直に立っているなんてちょっと不思議ね」
「不時着の仕方がよかったのかも。とにかく、近くで確認しよう」
俺たちは高度を落とし、湖の岸へと向かった。
♢
ヘルメスで着地すると、湖面からのひんやりとした風が体を包んだ。
「大きい……」
ゆかりが低く息を吐く。
残骸の先端は、船首のようだった。金属の外壁は、ところどころ焦げ跡があり、湖岸には破片が散らばっている。幸いにも大きく損壊してはいないようで、静かに、堂々と、湖からその一端をのぞかせている。
俺は湖畔に立ち、残骸をじっと見上げた。
「どうやって、近くまで行こうかしら」
「ネプチューンを持ってくるか。でも、また取りに帰るのは面倒だな」
「かといって、泳ぐのは危険よ。水温が低いし、深さもわからない」
「トリトンを投入すれば、水底の様子がわかるよね。実は私、持ってきたんだ」
楓が背負っていた小型ケースを開くと、折りたたみ式の水中ドローンが顔を出す。
「さすがだな、楓。用意がいい」
「記録係は、こういう時に頼りになるでしょう?」
彼女はいたずらっぽく笑って、トリトンを水面に浮かべた。
「では、調査を開始します」
ヨルの声が響く。
トリトンは、静かに湖の中へと姿を消す。探索開始だ。




