第71話 空への一歩
ウィンドリーフの修理が終わった俺は、デミの重力制御を使い、医療モジュールまでひとっ飛びする。軽傷を負ったという三人組の見舞いをするためだ。
「ごめんなさい! リヒト村長!! お願いですから、俺たちを追放しないでください!!!」
俺の姿を見るや否や、三人の男は土下座せんばかりに謝る。
「あ、いえ、別にそう責めるつもりでは・・・・・・とりあえず、無事なようで何よりです」
「まったく。リヒトさん、ちょっとは叱っておいてもいいんですよ?」
医療担当の凜さんは呆れたように三人の男を見る。
「凜さん、ありがとうございます。今後もよろしくお願いしますね」
「ええ。いいわよ。とりあえず、今のところだと医療人員には余裕があるけれど・・・・・・それも、人口が増えたらどうなることやら」
そんな会話を交わして、俺は医療モジュールをあとにする。
再びデミの重力制御を使い、煌星村へとひとっ飛びする。そうして、ふわりと空から村へと降り立ったとき。畑で作業をしていた若い衆の一人、目を丸くして駆け寄ってきた。
「リヒトさん! いま、空から・・・・・・!」
「ああ、デミの重力操作で飛んできたんです。そうか。ひょっとして、初めて見ましたか?」
男は、畑仕事の手を一度休めて、近寄ってくる。
「すごいッス! あんなの、俺らも一度でいいからやってみたいですよ! 空飛んでみたい!・・・・・・」
「ああ、いいですよ。ちょっと試してみますか? デミの重力操作は、定員六人くらいまでは、楽々・・・・・・」
と話していたら、どうやらその声を聞きつけたのだろう。別の若者や、こどもたちまで集まってきて、口々に「空を飛びたい」と言い始めた。
「俺も飛びたい!」
「私も! 空の上から村を見てみたい!」
「リヒトさん、なんとかなりませんか?」
「ちょっと待ってみんな。さすがに、これだけの人数は、デミでは運べない」
はしゃぐ子供たちの前で、俺は腕を組んだ。 重力制御はたしかに便利だが、デミは一台きり。全員で代わる代わる使うにせよ、この人数はちょっとさばききれない。そもそも、デミの重力制御はかなりエネルギー喰うので、あまり気軽に使えない。
「気持ちは分かるが、この人数をデミで気軽に動かすのは難しい。誰にでも安全に飛べる方法を考えないといけないな」
「リヒトさん」
そこへ、ヨルの声がイヤリングから聞こえた。
「ドローン・アルゴスの技術を応用すれば、個人用の一人乗り飛行装置が作れますよ。ダクテッドファンを複数配置した、マルチコプター型のバックパックです。背中と腕を覆うフレームで機体を固定し、体重を分散させることで、安定したホバリングが可能になります」
「そんなものも作れるのか」
「ええ。設計データはすでにあります。アルゴスの飛行制御系に、姿勢安定アルゴリズムを組み合わせれば、初心者でも簡単に操縦できます」
俺は少し考えてから、うなずいた。
「よし、やろう。みんなが自由に空を飛べる乗り物を作る」
集まっていたこどもたちから、歓声が上がった。
♢
さっそく格納庫に籠もり、デミの前に立つ。
「個人用飛行装置、型式名は『ヘルメス』とでもしときましょう」
ヨルがホログラムに設計図を表示する。
「おお、予想以上にコンパクトだな」
「骨格は軽量合金、外装はラズルグレナ樹脂の複合素材です。総重量は二〇キロ未満。ラズルグレナ電池で二時間の連続飛行が可能です」
「プロペラの配置は?」
「左右に二基ずつ、計四基のダクテッドファンを、背中のフレームから伸ばしたアームに配置します。前後左右の出力を細かく制御することで、ホバリング、前進、旋回が自在に行えます」
「操縦は?」
「手元のグリップを握ると機体が起動し、体重移動とグリップの角度で操縦します。最初は自律制御モードにして、自動で安定させるようにしてあります」
「自動運転もできるのか?」
「はい。アルゴスの航法プログラムを移植してあります。目的地を指定すれば、自動でそこまで飛んでいきます」
「それは楽だな」
デミが唸りをあげ、フレームが削り出されていく。アームにダクテッドファンが取り付けられ、グリップと、肩と胸部を支えるハーネスが組み込まれる。
完成したヘルメスは、見た目は背負い式のジェットパックというより、金属の翼をたたんだ鳥のような姿だった。背中から左右にアームが伸び、その先端にファンが二基ずつ。腕を通すと、ちょうど脇の下から二の腕にかけてを包み込むように保持される。
「これが・・・・・・ヘルメスか」
「試運転は、格納庫の前の広場で。まずは低空ホバリングから始めましょう」
こころなしか自信ありげのヨルの声が、そう言う。
♢
格納庫の前には、どこから噂を聞きつけたのか、いつのまにか村民たちが集まっていた。陽奈、葉月、楓、雫もいる。美玖とゆかりと萌奈も、期待に満ちた目で俺を見つめている。
「リヒトくん、いよいよだね!」
「ああ。まずは俺が試す。何かあっても、デミの重力制御でフォローできる」
ヘルメスを背負い、ハーネスを締める。やや重いが、苦にはならない。
「起動します」
ヨルの声とともに、四基のダクテッドファンが静かに回り始める。風が足元に渦を巻き、砂埃が舞った。
「浮上します」
機体がふわりと地面を離れる。足元が五十センチ、一メートルと高くなる。体が軽くなり、浮遊感に包まれる。見物人からどよめきが起こる。
「リヒトさん、浮いてる・・・・・・!」
「このまま、ゆっくり前進してみよう」
グリップをわずかに傾けると、ヘルメスは静かに前へ動いた。後ろへ、左右へ。思った通りの方向へ、機体がスイスイと空中移動する。
「すごい。操作はウィンドリーフ並に簡単だ」
「はい。自律制御が姿勢を補正しています。では、高度を上げてみましょう」
四基のファンが出力を強め、機体がゆっくりと上昇していく。格納庫の屋根を越え、村の全景が眼下に開けた。畑も、調理場も、居住棟も、今まで歩いて見ていた風景が、一望できる。足下では、小さくなった人々が、手を振っている。
「乗り心地はどうですか、リヒトさん」
「最高だな。デミの重力制御より、自分の意志で飛んでるっていう感覚がある」
俺は大きく旋回してから、ゆっくりと高度を下げた。着地すると、みんなが駆け寄ってくる。
「リヒトさん! どうでした!」
「すごかったです! 俺も乗ってみたい!」
陽奈たちの顔も、笑顔でいっぱいだった。
「リヒトくん、本当に飛んでたよ! かっこよかった!」
「あれがあれば、移動も救助も、探索も変わるわね」
葉月の言葉に、楓がうなずく。
「実際に、人の目で空から見る、ていうのはまた違うと思うな。地図の精度も上がるよ」
「よし、決まりだ。このヘルメスを、どんどん増産しよう」
俺は笑いながら、空を見上げた。
「一人でも多くの人が空を飛べるように。それが、この星の新しい風景になる」
ラズルグレナ電池の残量を示すインジケーターが、青く静かに点滅している。ヘルメスの翼が、夕暮れの風にそっと揺れた。




