第69話 私たちも!
テティス一号の試運転が終わった翌日。朝食を終えた美玖、ゆかり、萌奈の三人は、何かを期待するような顔を俺に向けてきた。
「ねえ、リヒトさん。昨日の海の乗り物・・・・・・テティスでしたよね」
美玖が切り出すと、萌奈が後ろからぴょんと顔を出して、言葉を引き継ぐ。
「私たち、あれに乗ってみたいです!」
「あんなふうに海の上を走れたら、どんなに気持ちいいだろうな、て思いました・・・・・・」
ゆかりもおずおずと言う。
昨日、陽奈が試運転した新造のジェットスキー、テティス。ギリシア神話の海の女神の名を冠したその小型ジェットスキーは、アクアベースのそばに静かに係留されている。オレンジと緑色の船体に白いラインが走る美しい海の乗り物。
「もちろんだ。てか、そもそも三人との話の流れから、テティスを作ったんだしな。ただし、ライフジャケットは必ず着けろよ。二人までは乗れるが、ちゃんと公平に交代すること」
「はーい!」
「ありがとうございます!」
三人は嬉しそうにライフジャケットを身につけ、さっそくアクアベースへと向かった。
美玖、ゆかり、萌奈の三人は、テティスに近づく。美玖が最初にハンドルを握り、萌奈が後ろの補助席に座る。
「ゆかり、まず私たちが一回周ってくる。あとで代わるから、浜で見てて」
「うん、気をつけて!」
ゆかりが浜辺から手を振ると、テティスのウォータージェットが水を蹴り、白い泡の航跡を描いて走り出した。
「すごーい!」
萌奈の歓声が、海風に乗って響いてくる。美玖も大きな笑い声をあげ、何度も大きく旋回している。二人を乗せたテティスは、島の南の浅瀬を通り、透明な海の上をまるで疾走する。瞬く間に、その姿は見えなくなる。
「二人とも、羽目を外しすぎて遠くまで行くなよ」
「はーい」
楽しげな声が、イヤリングの通信を経由して聞こえてくる。
♢
さて、と。三人娘がテティスで遊んでいる間、俺はアクアベースですることがある。テティスの保管場所を作るために、デミを使って増築作業を始める。昨日、テティスを作成したときから、アクアベースにこれは必要だろうと思い、ヨルに設計を頼んでいたのだ。
「ヨル、この設計で強度は足りるのか」
「十分です。潮汐による水位変化も考慮し、浮き桟橋の可動域には余裕を持たせました」
「おっけー。テティス用のスロープをここに作ろう。海からそのまま引き上げられるように、斜路をつけるんだ。人力で、二人くらいで押し上げられる程度の傾斜がいい」
デミでアクアベース近くの浅瀬の底を削り、新しい斜路を成形していく。続いて、その両側に樹脂でコーティングした木製のレールを設置した。テティスの船底を傷つけずに、スムーズに陸へ引き上げるための滑り台だ。
「天井には簡易の屋根をかけよう。直射日光と雨を防げる。側面は風通しを良くするため、格子状の壁が良いかな」
「そうですね。では、既存の支柱を再利用します」
今日はアルテミスたちも協力してくれて、資材を運んでくれる。慣れた作業だった。この惑星に着いてから、何度もデミで建物を作ってきた。自分でもちょっと驚くほど、デミの扱いに慣れてきている。
浜辺には、青空の下に増築が進んでいく音が軽やかに響く。一時間ほどで、テティス専用の小規模なボートハウスが完成した。三方を木製の格子で囲み、波を直接受けないよう防波のための小さな石材を周囲に積む。テティスをゆっくりと引き上げると、ちょうど収まるサイズに仕上がった。
「上出来です。アクアベースがまた、にぎやかになりましたね」
「ありがとう、ヨルのおかげだ」
「んー、でもリヒトさんのセンスとか、そういう人間特有のものも、確かに反映されていますよ。デミちゃんだけの功績ではありません」
「そんなものなのなのかな」
「そうですよ。私たちAIと人間は、共存共栄ですからね」
♢
しばらくして、美玖たち三人が戻ってきた。「リヒトさん! テティス、最高でした!」
美玖が濡れた前髪をそのままに、息を弾ませて報告する。
「ねえ、見てました!? あたし、後ろで飛び跳ねそうになるくらい楽しくて!」
萌奈がきゃっきゃと笑う。
「あれ、でも・・・・・・アクアベース、なんか変わりました?」
ゆかりが、きょとんと首をかしげた。
三人の視線が、新しくできたボートハウスに向く。
「テティス専用のボートハウスを作ったんだ」
俺がさらりと言うと、美玖が目を丸くして、それからゆっくりと小走りに駆け寄った。
「すごい! これ、ちゃんと屋根もあって、テティスが入れる! これを、私たちが遊んでる間に・・・・・・」
「あたしたち、全然気づきませんでした」
萌奈も、ぱちぱちとまばたきする。
「リヒトさん、働きすぎですよ。たまには休んでくださいよ」
ゆかりが、呆れと感動の混ざった声で言った。
「しっかりと休んでるさ。こういうのは俺にとって、楽しい仕事だからな」
三人は、尊敬の眼差しを惜しみなく俺に向けてきた。キラキラした目で見つめられると、こっちが照れてしまう。
「・・・・・・なに、大したことじゃない」
「大したことです!」
美玖が即座に言う。
「だって、あたし、こんなの見たことないですもん。リヒトさんが何でも作っちゃうの、ほんとすごいです」
「尊敬します!」
萌奈まで、深々とお辞儀をした。
俺はますます居心地が悪くなり、視線を海へ向けた。耳の後ろが、ほんの少し熱い。
「よし、休憩にしよう。暑いだろ。調理場に、冷たい果実を冷やしてある」
「やったあ! あのベリーですか?」
「ああ。萌奈が好きなやつ」
「私、萌奈に全部食べられないように、先に行ってます!」
美玖が走り出す。萌奈が「ずるい!」と追いかけ、ゆかりが慌てて後を追う。
浜辺に三人の快活な声が響く。テティスの入ったボートハウスのそばに、白い小さな花が風に揺れていた。アクアベースに、またひとつ新しい建物が加わった。海と村をつなぐ門のような、そんな一角だ。
「ありがとう、テティス」
俺は静かにつぶやいてから、三人の背中を追いかけた。




