第68話 海を駆ける
浜辺のアクアベースに、ヨルが操縦するオデュッセイア号が静かに滑り込んできた。その中から、三人の少女――美玖、ゆかり、萌奈が姿を現す。
タラップが降ろされ、真っ先に飛び出したのは萌奈だった。
「わあ、久しぶりの島! なんだか懐かしい!」
大きく伸びをする萌奈。それに続いて美玖とゆかりも降りてくる。三人とも、このひと月ほどで、顔つきも心なしかたくましくなったように見える。
「おかえり」
俺が声をかけると、美玖がぱっと笑顔になった。
「ただいまです! リヒトさん、呼んでくれてありがとうございます」
「礼には及ばんよ。最近、あまり交流が少なくなっていたが、三人はここ創星村の立派な一員だからな」
陽奈が駆け寄り、萌奈を抱きしめる。
「萌奈ちゃん、ひょっとして、背伸びた?」
「えへへ、そうかなあ」
「うん、ちょっと伸びた気がする。ゆかりちゃんも美玖ちゃんも、雰囲気変わったね」
「そ、そうですか? 自分ではよくわからないですけど」
ゆかりが照れたように俯く。
葉月が美玖の肩に手を置いた。
「牧場の手伝い、聞いてるわよ。ロッコウロの世話、すごく上手なんでしょ?」
「葉月さんにそう言ってもらえると嬉しいです。毎日が楽しくて、あっという間です」
雫がにこやかに三人を迎える。
「さあ、立ち話はここまで。調理場でお茶にしましょう。ケレスが育てた新鮮な野菜がたっぷりあるわよ」
♢
調理場のテーブルを囲み、八人でのお茶の時間が始まった。焼きたてのパンに、ケレスの畑で採れたばかりのリーフレタス他様々な野菜を挟んだ簡単なサンドイッチと、冷たいハーブティー。陽奈が張り切って用意した。
「うわあ、これおいしい!」
萌奈がサンドイッチをほおばりながら、頬を緩ませる。
「でしょう? ケレスの作った野菜は格別なんだから」
陽奈が得意げに笑った。
「牧場のチーズも、すっかり馴染んでるね」
葉月がしみじみと言う。
「三人とも、あれ見て。三人のために、新設した居住棟よ」
美玖たちは、外にある真新しい建物に視線を向け、目を丸くする。
「え・・・・・・あれ、私たち専用なんですか」
「まあな。基本、今後の活動は大陸が多いだろうけれど。でも、この村は俺たちの始まりの村で、故郷みたいなものだ。だからこそ、みんなが安心して暮らせるように、地道に発展させていくつもりだ」
「ええっ!!・・・・・・ありがとうございます、リヒトさん」
「あとで、見に行こ」
どうやら、喜んでもらえたようだ。良かった良かった。
美玖が紅茶のカップを両手で包みながら、ぽつりと口を開いた。
「あたし、この島に初めて来たとき、ほんとにびっくりしたんです。寝泊まりする場所があって、お風呂があって、畑もあって・・・・・・。あのときの感動は、今でも覚えてます」
「そうだね。私も、あの日のことは忘れられないよ」
ゆかりがうなずく。
「あの、それで・・・・・・あたしたち、リヒトさんにお願いがあるんです。こんなに良くしてもらって、すごく図々しいかもしれませんが」
萌奈が改まって背筋を伸ばした。
「なんだ? 遠慮無く言ってくれ」
「あの、私たち、ウィンドリーフが欲しいんです!」
「ウィンドリーフ?」
俺は少し驚いた。
「そうです! この前のレース見てたら、なんだかすごく欲しくなっちゃって・・・・・・颯爽と走る陽奈さんたちの姿が眩しくって、その、私たちもああなりたいな、て・・・・・・それで、自分たち専用のも欲しくなって」
美玖がたどたどしくも補足する。
「なるほどな」
俺は笑った。
「いいぞ。大陸に戻ったら、すぐにでも三台分を作る。元々、一人一台というのを計画していたしな」
「ほんとですか! やった!」
萌奈が飛び上がって喜ぶ。
「リヒトさん、ありがとうございます!」
美玖とゆかりも、ぱあっと顔を輝かせた。
「いや、そんなに礼を言う必要ない。俺たちの村の発展のために、便利な移動手段は必要不可欠だからな」
そのとき、お茶を飲んでいた陽奈がふと思いついたように言った。
「ねえ、リヒトくん。ウィンドリーフみたいなので、海を走る乗り物も作れないかな?」
「海を走る?」
「そう。この島の周りには海がいっぱいあるでしょ。オデュッセイア号みたいな大きな船もいいけど、もっと気軽に、個人的に海の上を走れたら、すごく楽しそうじゃない?」
「ああ、つまりはジェットスキーみたいなのか」
俺は頭の中で簡単な設計図を思い浮かべた。ウォータージェット推進で小型艇を作るのは、技術的には可能なはずだ。
「いいアイデアですね。そのようなマシンは、技術的には作成可能です」
ヨルがすかさずフォローを入れてくる。
「今後、浅瀬のラズルグレナ培養区画ももっと遠くに作るかもしれないしさ。そうなったときの点検でも、いちいちネプチューンを出さなくて済むようになるよね」
「そうだな。行動範囲も広がるだろうし」
「じゃあ、決まりだね! ジェットスキー作ろう!」
陽奈が元気よく宣言した。
♢
俺は早速、格納庫に移動してデミの操作パネルを開いた。ヨルが瞬時に設計データを送ってくる。
「ウォータージェット推進型の一人乗り艇ですね。流線形の船体に、吸水口とジェットノズルを配置。動力はラズルグレナ電池で、操縦はウィンドリーフと同じくハンドルバー方式です」
「転覆しにくい設計にできるか?」
「両舷に小型のフロートを配置し、重心を低くします。多少の波でも安定します。急旋回時も安全です」
「よし、では作るか」
デミが低く唸りをあげ、船体が削り出されていく。小型のウォータージェットユニットが組み上がり、フロートが成型される。まだ試作機なので、一人乗りのコンパクトなサイズだ。
「船体の色は? 試作機だから、とりあえず白でいいか」
「待って! 私、もう決めてるの!」
陽奈が両手にペンキの缶を抱えて現れた。どうやら、さっきから準備していたらしい。
「何色だ?」
「ずばり、オレンジと緑の二色よ! デザインも考えたんだから・・・・・・それと、ここに名前も入れるの」
「名前? 決めたのか」
「うん。その名も『テティス』。 どうかな?」
「それって、海の女神・・・・・・だったかな?」
「はい。特に異論はありませんね」とヨル。
「でも、響きがなんか良くないかな?」と陽奈が胸を張った。
「じゃあ、テティス一号で決定だ。俺も、いい名前だと思う」
「ありがとう! じゃあ、色塗り、手伝ってくれる?」
「ああ。完成したら、試運転だ」
♢
陽奈と二人で船体に色を塗り、乾いた船体をアクアベースまで運び、海面に浮かべると、陽奈が満足げに笑った。
「きれい・・・・・・海に浮かぶと、もっときれいかも」
「よし、乗ってみろ」
「えっ、一番乗りでいいの?」
「陽奈が提案したんだから、権利があるさ」
陽奈はライフジャケットを着け、おそるおそるテティス一号にまたがった。ハンドルを握り、アクセルを回すと、小さな水しぶきとともに海面を蹴った。
「うわ、すごい! 速い! 気持ちいい!」
陽奈の歓声が、青い海に吸い込まれていく。白い航跡が、まるで絵画のように海面に残る。
「どうだ、安定感は?」
「最高! 曲がるのも思い通りだし、波があっても全然怖くない!」
しばらく沖をぐるりと回って戻ってきた陽奈は、ヘルメットを脱ぎながら大笑いした。
「リヒトくん、これ、毎日乗りたい! みんなで交代しようね」
「ああ。そのうち、もっと大きな波でも乗れるように改良していこう」
夕暮れの海に、テティス一号の真新しい船体がしっとりと浮かんでいる。穏やかな波音が、島の暮らしに新しい楽しみが加わったことを静かに祝福しているようだった。あとで、美玖たちも乗せないとな。




