第65話 故郷と呼べる場所
煌星村、牧場、医療棟、草原サーキット。大陸の拠点は増え、道が繋がり、人々の笑顔も増えた。ますます充実してきた。
しかし、ふと創星村のことを思い出す。俺たちにとってのはじまりの場所。
「たまには、島に戻らないか」
分星村朝の調理場で俺が切り出すと、陽奈がぱっと顔を輝かせた。
「賛成! 私もここのところ、気になってたんだ」
「たしかにね。ヨルちゃんが管理しているから、大丈夫なんでしょうけれど。やっぱり、帰りたくなるわよね」
葉月も深くうなずく。
「みなさん、久しぶりにあの静かな浜辺で、のんびりするのも良いでしょう」
ヨルが簡単なアドバイスをする。
というわけで、翌朝早く、俺たち五人はオデュッセイア号に乗り込んだ。煌星村や牧場、医療棟といった大陸の拠点には、今では小松さんや凛さんといった頼もしい人たちがいるので、任せておける。アルテミスたちもいるしな。
♢
半日足らずの航海を経て、オデュッセイア号が無人島のアクアベースに滑り込むと、潮の匂いがふわりと鼻腔をくすぐった。
浜辺に立つと、穏やかな波音が耳に届く。懐かしさが、胸に溢れてくる。
「ただいまーっ! 創星村」
陽奈が砂浜に向かって叫ぶ。その声はこのうえなく晴れやかだった。
小道を抜けて村の中心に着くと、見慣れた光景が広がっていた。居住棟、調理場、風呂場、格納庫。そして、青々と葉を茂らせた畑。
「ケレス、ちゃんとやってくれてたんだね」
陽奈がしゃがみ込んで、リーフレタスの葉をそっと撫でる。土は適度に湿っていて、灌漑も完璧。ジャガイモは収穫間近で、米の穂も順調に実っている。
「ケレス、ご苦労さま。おかげで助かった」
俺がケレスのボディを軽く叩くと、万能耕作機械は低くブーンと唸って応えた。
村を見回りながら、俺はしみじみとした気持ちになる。ここが俺たちの原点だ。何もない砂浜から始めて、デミに助けられながら、ヨルと陽奈、葉月に楓に雫と仲間たちで、手探りで全部作ってきた。大陸であれだけの拠点を作れるようになったのも、すべてはここで積み重ねた経験があったからだ。
「やっぱり、ここが一番落ち着くね」
陽奈が言う。
「うん。私たちの故郷だもの」
葉月が静かに微笑んだ。
しばらくは、この村でゆっくり過ごそう。
♢
その日の午後、居住棟の裏手にある小さな森へ薪を拾いに行った葉月が、戻ってくるなり声をあげた。
「みんな、見て!」
彼女の両手には、見たことのないキノコが乗っている。傘は淡い紫色で、裏側にはびっしりと白いひだが並んでいた。軸は太く、ずっしりと重い。
「これ、食べられるのかな」
「ヨル、分かるか」
「はい。ごく普通の食用菌類ですね。名前はムラサキスイショウダケ。この星ではそこそこありふれている種類で、栄養価が高く、必須アミノ酸をバランスよく含んでいます。味も良いはずです」
「やった! キノコだ!」
陽奈が飛び跳ねる。
「陽奈は、キノコが好きなのか?」
「うん! むかしはよく、家族でキノコ狩りに行っていたくらい!」
「へえ・・・・・・」
それはまた、ちょっと意外かも。
「これ、栽培できないかな」
葉月が期待に満ちた目で俺を見る。
「できるさ。デミで栽培ハウスを作ろう。温度と湿度を管理すれば、安定して収穫できるはずだ」
「リヒトさんの言うとおりです。栽培ハウスの設計図をいま出しますね」
俺はさっそくデミを起動し、居住棟のそばに小さな小屋を建て始める。壁は断熱材を挟んだ二重構造で、内部には湿度を保つための霧吹き装置と、温度を調整するヒーターを設置する。
「みんな、朽ち木を集めてきてくれ」
「「りょーかい」」
棚は四段。そこに、みんなが集めてきてくれた朽ち木を適度な大きさに切って並べる。
「ここに菌を植え付けるんだ。うまくいけば、一週間ほどで収穫できる」
「すごい! これでいつでもキノコが食べられるね」
「栽培記録、つけさせてもらっていい?」
楓が興味津々でノートを開く。
「もちろんだ。むしろ頼む」
こうして、創星村に新たな食料源が加わった。
♢
夕方、スープの鍋を火にかけながら、陽奈が言った。
「ねえ、せっかく島に帰ってきたんだし、居住棟も増築しない? 今は八人だからまだ大丈夫だけど、もっと増えたら手狭になるし」
「そうだな。今のうちにやっておくか。どうせなら、みんなで作業しよう」
「賛成! 私、久しぶりに建築やりたい気分だったんだ」
「手伝うわ」
葉月と雫も立ち上がる。
資材はゼウス号の格納モジュールから回収した合金パネルと、以前伐採して乾燥させておいた木材がまだ十分にあった。基礎は石で、壁は木と合金パネルの組み合わせ、屋根には透明パネルを張って光を取り込む。いつもの設計だ。
「みんな、新しい部屋の間取りの要望を言ってくれ」
「了解。窓は東向きがいいよね。朝日が入るように」
各々、アイデアを出す。
皆がそれぞれの持ち場で動き、新しい部屋が少しずつ形になっていく。
♢
日が暮れる頃、居住棟の東側に新しい部屋が二つ、完成した。床には木の板が敷かれ、窓からは夕日が差し込んでいる。
「これでまた、誰かを迎え入れる準備ができたな」
俺が言うと、陽奈が笑った。
「うん。まずは美玖ちゃんたちね。いつでもどうぞ、って感じだね」
「あの三人も、最近はすっかり大陸の村に溶け込んでいるよな」
「うん。でも、リヒトくんともっと会いたがっていたよ」
「俺と?」
陽奈は、どこかおかしそうに笑う。
「そう。私たちがリヒトくん独占し過ぎちゃっているから・・・・・・ま、いいじゃん。ここはあの子たちの場所にしようよ」
「そうだな。今夜は、いつもの部屋で寝よう」
その夜、俺たちは久しぶりに創星村の調理場で夕食をとった。葉月が採ってきたキノコをたっぷり入れたスープと、ケレスが育てたリーフレタスのサラダ。それに、牧場から持って帰ったオオツノウシのチーズを乗せた焼きたてのパン。
「やっぱり、ここで食べる料理が一番落ち着くね」
陽奈がスープをすすりながら言う。
「外で食べるのもいいけど、帰る場所があるから外に出られるのよね」
葉月の言葉に、雫が深くうなずいた。
「そうだね。ひとりで生きてた頃は、帰る場所すらなかった。でも今は、帰ってくるたびに『おかえり』って言ってもらえる」
「わたし、ずっと言うよ、おかえりって」
陽奈が雫の肩に寄りかかる。
俺は黙ってスープを口に運びながら、その場の温かな空気を噛みしめていた。ここが、俺たちの故郷だ。何があっても、ここに帰ってくれば大丈夫。そう思える場所があることが、何よりの力になる。




