第64話 盛り上がる村
その後の数日で、一人乗り用小型自動車・ウィンドリーフは村々に急速に普及した。俺は毎日毎日、ウィンドリーフの作成に終われて、三十台ほどを仕上げた。村人たちは、皆大喜びで、草原を駆け巡っていた。
そんなある朝。牧場の見回りから戻ると、作業場の前で村人が何やら盛り上がっている。手には自作の旗らしきものを持ち、ウィンドリーフの周りで熱心に話し込んでいた。
「どうしたんですか、こんな朝早くから」
その中の一人、ひげ面の大男――たししか小松という名前だったはずだ――が、照れくさそうに頭をかく。
「いやあ、リヒトさん。若い連中がウィンドリーフで速さ比べを始めましてね。そしたらもう、大盛り上がりで」
「レースですか」
「そうですそうです。気がついたらあちこちから見物に来て、賭けまで始まる始末で。いや、金賭けてたわけじゃないですよ、あの、なんでしたっけ・・・・・・ラズルグレナ・・・・・・を練り込んだお菓子の取り合いですけどね」
小松さんは、笑いながら続ける。
「それで、せっかくだから正式に競争できる場所が欲しいとかの声まで上がって・・・・・・リヒトさん、さすがにちょっと、欲張り過ぎですよね」
そこへ陽奈が顔を出す。
「レース! いいねいいね、私も出たい!」
「陽奈、お前まで・・・・・・てか、本気でそう言ってるのか」
「もちろん本気だよ! このあいだリヒトくんと並走したとき、すごく楽しかったんだもん。ねえ、サーキット作ろうよ!」
陽奈は期待に満ちた表情をする。それを見ていると、断れる風でもなく・・・・・・俺は少し考えてから、うなずいた。
「わかった。勝手に草原のあちこちでレースをされたら、それはそれで問題だしな。ちゃんとしたコースを作ろう」
「「よっしゃー!!」」
村人の快哉が上がる。やれやれ、また仕事が増えそうだ。
♢
煌星村の東側から少し離れた場所、もともとは村の拡張用に確保してあった草原の空き地に、サーキットを建設することにする。広さは縦横およそ五百メートル四方。平坦で見晴らしも良く、サーキットにはうってつけだった。
「コースレイアウトは、一周約八百メートルのオーバルトラックにします。ただし、単純な楕円ではなく、緩やかなS字カーブとヘアピンカーブを一箇所ずつ設けます。高速区間とテクニカル区間のバランスが取れた設計です」
ヨルがホログラムで完成予想図を見せる。
「そこまで本格的なものにするのか?」
「はい。どうせ、レースをしていくうちに、色々と求めてくるでしょうからね。最初からしっかりとしたものを作りますよ」
「観客席も作るのか?」
「はい。外側に、小高い丘がありますので、そこを階段状に整形し、座席を設けましょう」
「ふむ。とりあえず、任せてたよヨル。それでいこう」
デミの唸りが草原に響く。まずは路面の整備からだ。デミの焼き固め機能で土を締め、凹凸をならす。続いてコースの縁には、アルテミスたちが運んできた白い小石を敷き詰めて加工して、縁石とした。これでコースの境界がはっきりする。
「スタートラインは、この合金プレートを路面に埋め込みます。幅広にしておけば、最大で六台が横一列に並べます」
「六台か。まあレースをするとなると、それくらいの台数がいいのかな」
「そうですね。それ以上だと、ごちゃごちゃして分かりにくくなるかと」
陽奈と葉月は軍手をはめてアルテミスたちと共同で、小石を並べている。楓と雫は、観客席のコース建設の手伝いだ。
「ここは、もっと緩やかな傾斜にした方がいいんじゃない。小さな子や老人でも上り下りしやすいように」
「了解! アルテミス、こっちの土を削って!」
作業の合間に、小松さんを筆頭にした村人たちが作った看板がコース入り口に立てられた。手書きの文字で「草原サーキット」と描かれている。その下には、やはり手書きで「安全第一」の注意書きまで添えられていた。
「やっぱり、俺たちが言い出しっぺですからね。安全はしっかりと守らないと」
「ウィンドリーフには、幾重にも安全装置が内蔵されていますが、それでもドライバーの心がけあってのものだからですね」
ヨルが、冷静に解説する。
♢
こうして、サーキットは完成した。なだらかな丘の斜面を利用した観客席、白い小石で縁取られた路面、太陽の光を反射してきらめくスタートライン。観客席にはすでに続々と人々が集まっている。村人の総勢五十名近くが詰めかけていた。
出走者は六名。陽奈、葉月、それに小松さんと、若い衆が二人、そしてダークホースとして楓がエントリーしている。俺は今回は主催者に回ることにした。
「まさか私が走ることになるとは……」
楓がウィンドリーフのハンドルを握りながら緊張した面持ちで言う。
「楓ちゃん、いけるよ! 練習のとき、すごく上手だったじゃん」
雫が励ます。
「本番は六台一斉にスタートします。一周目は様子見で構いません。タイヤと路面の感覚を確かめてください」
ヨルが声をかけると、レーサーはこくりとうなずいた。
「葉月、お前は容赦なさそうだな」
葉月はすでにフルフェイスヘルメットをかぶり、アクセルグリップを何度も握り直している。
「あったりまえでしょ。出るからには一位しか狙わない」
「本気だな」
「当たり前よ。陽奈ちゃんにも負けないんだから」
観客席の方を見ると、多くの村人が手製の旗を振っている。
「さあ皆さん、第一回ウィンドリーフ・グランプリ、まもなく開始です! 出走者は所定の位置についてください!」
六台のウィンドリーフが、スタートラインにずらりと並ぶ。モーターの静かな唸りが重なり合い、草原に低い共鳴が響いた。ヨルがスタートの合図を取る。
「スタート十秒前。・・・・・・五、四、三、二、一」
電子音が、草原に高く響いた。タイヤが路面を噛み、六台のウィンドリーフが一斉に飛び出す。
観客席から、歓声が上がった。
最初のストレートを制したのは、出だしで一歩リードした葉月だった。だが陽奈がぴたりとその後ろにつけ、S字カーブで並びかける。
「陽奈、速い……!」
「はづこそ、本気出してる!」
二人が競り合う後方では、楓が自分のペースを守りながら、コース取りの冷静さで順位をじわりじわりと上げていた。小松さんは若い衆に前を譲りつつも、どこか余裕そうだ。
二周目に入り、順位が動く。ヘアピンカーブで陽奈がアウトから回り込み、一瞬の隙を突いて葉月を抜き去った。
「ごめん、はづ!」
「やるわね……!」
観客席からは「行け行け!」「頑張れ楓ちゃん!」「小松さーん!」と声援が飛び交う。子供たちはフェンスに張りつき、大人たちは手を叩いて笑っていた。
そして最終ラップ。陽奈がトップを守り、葉月が二番手。三番手には、いつの間にか楓がつけている。小松さんは四番手で、若い衆たちをしっかり抑えていた。
ゴールラインを最初に駆け抜けたのは、陽奈だった。
続いて葉月、楓、小松さん、若い衆二人の順でゴール。観客席から割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こる。
「やった! 一位だよ、リヒトくん!」
陽奈がヘルメットを脱ぎ捨て、ぴょんぴょん跳びはねながら手を振る。
「おめでとう、陽奈。でも、葉月も相当速かったな」
「悔しい・・・・・・次は絶対に勝つんだから!!」
葉月は息を切らしながらも、口元は笑っている。
「楓も、中々ね。三番よ」
雫の呼びかけに、楓はにっこりと笑う
「自分でもびっくり。コースの内側を走ると、意外とロスが少ないんだね」
小松さんが汗を拭いながら近づいてきた。
「リヒトさん、大成功ですよ! みんな、こんなに楽しそうだ。ありがとうございます、こんな素敵な場所を作ってくれて」
「いや、もとはといえば皆さんの提案ですからね。これも開拓のうちです。やった甲斐は充分にありました」
♢
レース後も、人々はサーキットに残って思い思いに過ごしていた。こどもたちは小松さんのウィンドリーフの試乗会に行列を作り、大人たちは、もう次のレースの作戦を練っている。観客席には、牧場で搾ったオオツノウシの乳で作ったチーズと、焼きたてのパンが振る舞われ、ちょっとしたお祭りのようだ。
夕暮れが近づき、草原の風が涼しさを運び始める。俺は観客席の一番高い場所に腰掛けて、眼下の光景を眺めていた。
陽奈が隣に座り、葉月と楓、雫も続く。遠くで笑い声が響き、オオツノウシの子ウシたちが鳴いていた。
「いい一日だったね」
陽奈が、満面の笑みで言う。
「本当にな。この星に来て、一番賑やかな日だったかもな」
俺が答えると、葉月が静かに笑った。
「サバイバル生活から始まって、まさかレースをする日が来るなんて、誰が想像したかな?」
「そうだね。明日はどんな種を蒔こうかな。そうやって、毎日を積み重ねていける。それがすごく幸せなことなんだなって思うよ」
草原サーキット。単なる娯楽のための施設だが、それがどれほど大切なことか。そんなことを、実感できた一日だった。




