第63話 草原を駆ける風
牧場の隅の簡易作業場で、デミのスイッチを入れる。
「フレームは軽量合金パネルを削り出します。動力はラズルグレナ電池で電動モーターを回す方式です。座席は一つ、荷物を載せる小さなラックも後部につけときましょう」
ヨルの指示を受けながら、俺はデミの操作パネルを開き、設計図を読み込ませる。ホログラムに浮かび上がる、小型の三輪バギー。前輪が一つ、後輪が二つ。ハンドルは自転車のものに近い形状で、アクセルとブレーキは手元のレバーとペダルで操作する。シンプルだが、これで十分だ。
「タイヤはどうする?」
「樹脂を発泡させて作ります。空気を入れるチューブ式よりパンクの心配がなく、草地でも砂利道でも走れます。それに、この樹脂は非常に耐摩耗性が高いので、数千キロは交換不要です」
「よし、んじゃ作るぞ」
デミが低く唸りをあげ、フレームが削り出されていく。モーターが組み上がり、タイヤが成型され、ハンドルが取り付けられた。一時間も経たないうちに、一台目の試作機が完成する。
全長は一・五メートルほど。車幅は狭く、大人が一人乗るのがやっとの小さな車体だ。色は合金のシルバーそのままだが、これから好きにペイントしていけばいいだろう。
「おお、かっこいいじゃん!」
いつの間にか作業場に来ていた陽奈が、興奮気味に目を輝かせる。
「乗ってみるか?」
「いいの? 私が一番乗り?」
「俺は二台目を作るから、その間に試してきなよ」
「やった!」
「試作品だから、気をつけろよ」
陽奈は嬉しそうに乗り込み、ハンドルを握る。
「これ、どうやって動かすの?」
「右のグリップを手前に回すと進む。左のレバーがブレーキ。速度は三段階に切り替えられるけど、最初は一番遅いモードにしておくように」
「了解! それじゃ、いってきまーす!」
モーターが静かに唸り、陽奈を乗せた小さな車は、草原の道をすべるように走り出した。彼女の歓声が風に乗って聞こえてくる。どうやら、成功みたいだな。あっという間に小さくなっていくその背中を見送りながら、俺は二台目の製作に取りかかった。
♢
二台目が完成した頃、陽奈が戻ってきた。髪を風に乱し、頬を紅潮させて、満面の笑みだ。
「リヒトくん、これ最高! すごく気持ちいいよ! 風がびゅーって! 道もちゃんとしてるから、全然揺れないし!」
「そうか。でも、スピードは出しすぎるなよ」
「わかってるって! あ、でも、いま帰ってくるときに、牧場のロッコウロがびっくりして逃げちゃった。ごめんね、ロッコウロ・・・・・・」
「まったく・・・・・・スピードの出し過ぎは厳禁だ」
俺は苦笑しながら、二台目の車を並べた。
「じゃあ、俺も試すか。せっかくだから、二人で医療棟まで走ろう」
「いいね! 競争しよう!」
「競争じゃない。試運転だ」
俺は陽奈の車を改めて点検する。うん、どこも異常はなさそうだ。
牧場の入り口に、二台の小さな車が並ぶ。陽奈の車には、彼女が適当にペイントした黄色のラインが入っている。俺のはもとの銀色のまま。
「へえ・・・・・・すごいね、リヒトくん」
楓が、並んだ二台の車体を眺めながら、感心する。
「帰ってきたら、楓たちの分もつくるよ」
「えー、本当っ!? 楽しみ!」
葉月と楓と雫、三人分のカートは、頑張れば今日中には完成するだろう。
三人は手を振って、俺たちを見送ってくれる。
「気をつけてね!」
「道の状態も確認しておいて!」
「無理しないでよ!」
「みんな、ありがとう。じゃ、行こう陽奈」
「うん!」
俺と陽奈の乗る小型車、二台の電動モーターが同時に唸りをあげ、タイヤが路面をしっかりと捉える。俺たちは並んで、舗装された道を走り出した。
昼下がりの草原を、風が吹き抜ける。路面は平らで、振動はほとんどない。時速にすれば二十キロもないほどだが、風が気持ちよい。
隣を走る陽奈が、大声で笑う。
「リヒトくん、見て見て! あそこになんかの群れがいるよ! あのもふもふした生き物、なんだろう?」
「ヨル、何の生き物か分かるか?」
「むむ・・・・・・どうやら、データベースにないようです。後で、アルゴスに調べさせておきます」
「とのことだ。陽奈、あんまり近づいて、驚かせるなわ」
陽奈は速度を緩めて、群れを眺める。ふわふわとした毛で覆われた生き物たちは、珍しそうにこちらを見つめている。
俺たちはさらに北西へと向かう。なだらかな丘を登りきると、窪地に鎮座する銀色の医療棟が目に入った。凛が入り口に立っていて、驚いた顔でこちらを見てくる。
「リヒトくん、それ・・・・・・!」
「乗り物です。これで移動がずっと楽になるはずです」
「すごいわね。これなら、急患が出てもすぐに駆けつけられるわね」
そういう言葉がすぐに出てくるのは、さすがは医療スタッフのリーダー格の凜さんだ。
俺は車を停め、ハンドルから手を離す。
「はい。これからは、この車が俺たちの足になるはずです。村と牧場と医療棟。それだけではなく、いずれはもっともっと遠くまで、運転できるでしょう」
陽奈が車を寄せてきて、にこやかに言った。「リヒトくん、試運転、大成功だね」
「ああ。これでまた、世界が広がったな」
草原の風が、汗ばんだ額を心地よく冷やしていく。医療棟の前では、ロッコウロが一頭、のんびりと草を食んでいた。
♢
その日の晩、デミでさらに四台の車を追加生産した。計六台。葉月、楓、雫、そして凛さんの分だ。
「ねえ、リヒトくん。この小型車の名前、何にする? いつまでも“車”て呼ぶのも、味気ないし・・・・・・」
陽奈が、これから自分の車に張るネームプレートを手に、尋ねた。
俺はちょっとだけ、考えて返す。
「名前か。そうだな・・・・・・『ウィンドリーフ』というのはどうだ。草原を走るとき、風に乗って走る葉っぱみたいに思えたから」
「それいい! それじゃ、私のは、ウィンドリーフ一号ね!」
陽奈は早速、車体にペンキで「Windleaf 01」と描き込む。
「じゃあ俺のは二号だな」
「私は三号機かな」
葉月が顔を綻ばせる。
「四号機、いただきます」
楓もちょっとおどけたように言う。
「で、私が最後の五号ね。」
雫が言う。
大陸の拠点、煌星村、分星村、牧場、医療棟。四つの拠点を結ぶ道と、風を切って走る小さな車。これから、もっと人の行き来は活発になっていくだろう。




