第57話 大草原へ
大陸の沿岸から内陸へと続く大河の中流域、その両岸には広大な草原が広がっている。ここが、これからの目的地である場所だ。
ホログラム地図を見つめる俺たちの前で、ヨルが解説を始めた。
「この草原地帯は、面積が約二百平方キロメートルです。地形はなだらかな丘陵が連続し、数本の支流が草原を潤しています。土壌を分析したところ、牧草の生育に極めて適しています」
「つまり、牧場にできるということか?」
俺の問いかけに、ヨルは即答する。
「はい、そうですね」
陽奈が身を乗り出す。
「それでさ、どんな動物がいるのかな?」
「現在、この惑星には多様な草食動物が生息しています。家畜化の候補として、以下の生物をリストアップしました」
動物たちの映像が次々に映し出される。
一つ目は、群れで草を食む生き物だ。前方に湾曲した二本の角を持ち、肩高は一・五メートルを超える。
「オオツノウシです。その名の通り、地球の牛と極めて似た動物ですね。肉・乳・皮革・角すべてが利用可能です。気性がやや荒いため馴致には時間がかかりますが、幼獣から育てれば十分に家畜化可能です」
二つ目は、斑模様の毛皮を持つ中型の獣。枝分かれした角が特徴的だ。
「ツノマダラジカ。こちらは、地球の鹿と外観がよく似ているためこの名前がつけられていますが、本質的には全然違うようです。警戒心は強いですが、群れで行動する性質があるため、一度信頼関係を築けばまとめて飼育できます」
三つ目は、六本の短い脚と背中の硬い甲羅が特徴的な生物。第一印象は、出来損ないのカメといったところか。体長は一メートルほどで、映像の中では人を見ると近づいてくる様子が映っていた。
「これはロッコウロです。性質は極めて温厚で、人を見ると自ら近づいてくる習性があります。甲羅は定期的に脱皮し、その脱皮殻は容器や建材になります」
四つ目は、背中に緑色の苔のような器官を持つ、羊ほどの大きさの生物。ふわふわとした動きが特徴的だ。
「ホシノヒツジグサです。背中の器官で光合成を行い、水と日光で半自給的に生きられます。毛は定期的に自然に抜け替わり、その繊維は絹のように滑らかで保温性が高い。性格も穏やかで、飼育の手間がかからないのも利点です」
雫が目を丸くする。
「へえ・・・・・・こんな多くの種類の生き物がいるのね」
「はい。惑星コンスタンティアの生態系は、地球以上に多様性が高いかもしれません。今あげたこれらの生物だけでも適切に管理できれば、食料・衣料・建材のすべてを安定供給する牧場が作れます」
「すごいな・・・・・・いよいよ大草原探索が、楽しみになってきたな」
陽奈も笑顔で言う。
「うん! 動物たちに会いに行こう!」
♢
オデュッセイア号の艦橋には、俺、陽奈、葉月、楓、雫の五人が集まった。
「大河を遡上します。河口から約五十キロ、草原地帯の手前までは船で行けます」
ヨルのアナウンスとともに、オデュッセイア号が静かに川を遡り始める。
当初は陸路の予定だったのだが、ヨルがアルゴスを駆使して様々な検討を重ねた結果、第一回大草原探索は、川を通って行くことになった。
川幅は広く、流れも穏やかだ。両岸には密林が迫り、時折、巨大な翼を持つ鳥が水面をかすめて飛んでいく。アルゴスが上空から、トリトンが水中から安全を確認し続けている。
「この川、水深が十分あるわね。これなら、もっと大型の船でもいけそうね」
葉月が地図を確認しながら言う。
「だったらそのうちにさ、煌星村、分星村、そして大草原を水のルートでつなぐのもいいかもな」
陸上に道を通すことばかり考えていたが、川の利用も検討していこう。
一時間ほど進むと、川幅がさらに広がり、視界が開けた。密林が後退し、左右の岸に草原が広がり始める。無数の草が風に波打ち、花は咲き乱れている。
「ここで下りよう。オデュッセイア号はこの岸に係留。ここからは、徒歩で草原の中心へ向かう」
♢
見渡す限り続く青々とした大草原。風に揺れる草の穂先、点在する黄色や紫の花々。遠くの丘陵には、黒い影が群れをなして動いているのが見える。あれは、オオツノウシの群れだ。
「広い・・・・・・! やっほー!」
楓が、思わず大声をあげる。
「ここに柵を作って、放牧地を区切って・・・・・・あっちの川のそばに家畜小屋を建た方がいいかな? どう思う、ヨルちゃん」
「そうですね。こちらの台地の方が、小屋を建てるにはうってつけみたいですが、地盤調査をちゃんとしましょう・・・・・・」
陽奈が早くも、牧場の青写真を頭に描いている。そして、それに応じるヨル。
「見てみて! あそこ、映像で見たロッコウロだ!」
雫が指さす先には、六本の脚でゆっくりと歩く生き物の群れがいた。
ロッコウロの群れは俺たちを見ると、むしろ興味津々で近づいてくる。甲羅をかすかに揺らしながら、つぶらな瞳で見上げるその姿に、陽奈が「かわいい!」と叫んだ。
さらに歩くと、背中に緑の苔をふさふさと茂らせたホシノヒツジグサが、のんびりと草を食んでいた。動きは驚くほどゆっくりで、こちらが近づいても逃げる素振りを見せない。
「これは飼いやすそうだな」
葉月がそっとホシノヒツジグサの肌に触れる。
「毛も柔らかいね・・・・・・これでセーターを編んだら暖かそう」
♢
草原の小高い丘の上で、俺たちは昼食をとることにした。携行食として持ってきた燻製肉を分け合いながら、今後の計画を話し合う。
「ここを牧場にするとして、まず何から始めようか」
俺が切り出すと、陽奈がすかさず答えた。
「ロッコウロからだよ! あんなに人懐っこいなら、飼いやすいと思う」
「私はオオツノウシの乳に興味があるな。チーズとか、作れるのかな」
「それはどうでしょうか・・・・・・もっと詳細な分析が必要になりますね」
「ああ。でもまずは、この草原に小さな拠点を作るところから始めないとな。俺たちが寝泊まり出来る場所。それから、簡単な囲いと、世話をするための小屋を建てて・・・・・・焦る必要はない。時間をかけて、ちゃんと動物たちと信頼関係を築いていこう」
「賛成!」
「そうね」
「やろう」
草原の風が、五人を包み込むように吹き抜ける。遠くでオオツノウシの群れが嘶き、ロッコウロが甲羅をゆっくりと揺らしながら動いている。
この大草原が、いつか俺たちの文明を支える大牧場になれればいいな。いや、きっとしてみせるさ。俺は、新たな決意をするのだった。




