第53話 食料庫の移設
落下したゼウス号の残骸である食糧庫モジュール――今では創星庫なんて名前になったが――そこについて、雫がふと疑問を呈してきた。
「ねえ、リヒトくん。ちょっといいかしら?」
雫は、創星庫の一部を指さす。そこには、落下時に生じたであろう、大きな亀裂があった。
「それから、ここにもあそこにも・・・・・・」
雫の指摘通り、亀裂は大小様々なものがあった。
「思っていた以上に、傷んでいるんだな・・・・・・」
「ええ。まあ、そりゃそうよね。大気圏から墜落したんだから」
雫の言うとおりだ。逆に、そこまでの高さから落下して地面に激突しても、この程度の損傷で済んで、中の物は無事なのだから、ゼウス号が、どれほど桁違いに頑丈かが分かる。
「でもさ、いくら食糧保管ボックスが気密性ばっちりといっても、このままだと徐々に劣化していくわよ、きっと」
「そうだな・・・・・・デミで修復するか」
「うーん、というよりさ。もっと大規模に工事しない?」
「というと?」
「いっそ、島に運んでしまおう、てことよ」
「この大きなモジュールを丸ごとか?」
驚く俺に、雫はなんてことないように言う。
「ええ。デミの重力制御を使えば、モジュールそのものを浮かせて運べるでしょう」
「そうだな・・・・・・よし、皆にも意見を聞いてみて、それでオーケーがでたら、そうしよう」
俺たちは、村へと向かう。
♢
結果的には、かなりあっさりと創星庫の移動は賛成された。
「リヒトさん、それは名案ですよ! この広い大陸だと、どんな脅威に狙われるか分かりませんからね・・・・・・それに比べると、無人島は実に安心安全」
二十代前半くらいの男がそう言う。
「でも、良いんですか? 俺たちが独占するみたいな形になりますが・・・・・・」
「いいってことですよ! なんたって、リヒトさんは命の恩人。それに、エインダみたいに自分勝手に独占とか、絶対にする人じゃ、ありませんからね」
俺たちも、えらく信用されているものである。
「それじゃ、リヒトくん。早速動かそう!」
陽奈が元気よく歩き出す。それに連れられて、俺たちは作業を開始する。
「ただ無人島に運ぶだけじゃなくて、地下に埋めるのがいいと思いますよ」
作業を開始した俺たちに、ヨルが話しかけてくる。
「気温の変化が少ないですし、保存に最適です。デミで穴を掘って、モジュールをすっぽり埋める。地上には入り口だけ出しておけば、場所も取りません」
楓がフィールドノートを開いて、簡単なスケッチを描き始めた。地上の入り口のデザインをしているらしい。
「地面の下に倉庫があるのって、なんだか秘密基地みたいで素敵だね」
「秘密ってほどでもないけどな」
だが、たしかに悪くない。
♢
デミの重力制御フィールドによって、創星庫は運ばれていく。亀裂の類いは、移動に支障が出ないよう、最低限は修復しておいた。
「よし、順調順調」
デミの重力制御により、モジュールがふわゆらと浮かびながら、オデュッセイア号へと向かう。
食糧庫モジュールは、まるで巨大な船が空を進むように、ゆっくりと海岸へと運ばれていった。そして、オデュッセイア号のケーブルと接続される。
「ケーブル固定、完了」
「では出航します」
オデュッセイア号の電動機が静かに唸りをあげ、巨大なモジュールを従えて沖へと進み始める。
♢
島に到着したのは、その日の昼過ぎだった。
「でもこれ、ほんとに埋めるの・・・・・・?」
今更ながら、葉月が、創星庫をまじまじと見ながら、そう口にする。
掘削場所は、創星村から少し離れた丘の麓に決めた。水はけが良く、地盤もしっかりしている。
「デミの出力を最大にして、まずは穴を掘ります。アルテミスたちには、掘り出した土砂の運搬をさせます」
地面にデミを向けると、土と岩が音もなく削り取られ、青白い光に包まれて宙に浮く。アルテミスたちが待機し、浮き上がった土砂を、一輪車に詰め込んで、運び出していく。穴はみるみる深くなり、やがてモジュールがすっぽり収まるだけの巨大な空間が姿を現した。人の手では数週間かかるだろう作業を、デミは一時間ほどでやり遂げた。
「底面を均します。水はけのために砂利層を敷き、その上には防水シートを。シートはラズルグレナ由来の防水樹脂で作ります」
俺は再びデミを操作し、ラズルグレナをシート状に加工していく。透明で柔軟性がありながら水を通さないそのシートを、底面と壁面に隙間なく敷き詰めた。この上にさらに石組みで基礎を作り、モジュールを設置する台座とする。
「さあ、いよいよモジュールを降ろします」
デミの重力制御が再び起動し、モジュールがゆっくりと穴の中へと沈んでいく。タロスが穴の縁に立ち、モジュールが壁に接触しないよう両腕でガイドした。すっぽりと収まった瞬間、地面が微かに震える。
「設置完了です。全システム、地下環境に適応させるために再構成を開始します」
ヨルの声に、俺はようやく息を吐いた。
♢
「これで長期保存もばっちりね」
葉月が完成した創星庫の棚に、燻製の箱を並べながら言う。
「電気系統も安定してるし、非常時のシェルターとしても使えるかもしれない」
雫が照明のスイッチを入れると、地下空間に柔らかな光が満ちた。
「すごい……ほんとに秘密基地だ」
萌奈が感嘆の声をあげる。
「でも、ただの倉庫じゃないんだよね」
陽奈が言った。
「これがあれば、不作の年が来てもみんなを飢えさせずに済む。安心の象徴みたいなものだよ」
「そうだな。俺たちがこれまで積み上げてきたものの、全部がここにある」
俺は壁一面の棚を見渡した。燻製、干物、ドライフルーツ、ラズルグレナの携行食。あの何もなかった状態から始めて、今や地下に収まりきらないほどの蓄えがある。
地上への入り口は、居住棟の裏手にひっそりと設けた。合金の頑丈なハッチをつけ、普段は草で隠せるようにしてある。まさに秘密基地だ。
「よし、完成祝いだ。何か、バーベキューでもしよう」
俺が言うと、陽奈が「待ってました!」と飛び跳ねた。
「なにがあるんだろうね。やっぱり缶詰の桃かな」
「いや、私は肉の缶詰がいい」
子供っぽい笑顔を見せながら、陽奈と葉月は棚を眺めている。
食糧庫モジュール。いざというときのための、食糧保管庫。俺たち創星村が、また一歩、小さな飛躍を遂げた。




