第49話 戦闘
エインダたちの食糧庫モジュールへのルートは、アルゴスの偵察によって、完全なものが出来ていた。危険な原生生物の縄張りを巧妙に避けて、最も見通しの良い尾根道を選んで進む。
そうして俺たちが一歩、一歩と歩き続けて一時間が過ぎた頃。
「前方に見張り台を確認。二人の見張りがいます」
ヨルの声に、緊張が高まる。
「ヨル、あれを無力化できるか」
「可能です。閃光弾で目をくらませ、ネットガンで瞬時に拘束します」
俺たちは立ち止まり、腕を上げて停止の合図を送る。一号と二号が音もなく前進する。距離が、十メートル、五メートル、一メートル・・・・・・と瞬く間に詰まり、見張り台の両側面に回り込む。次の瞬間、閃光がほとばしる。
「うわっ!?」
「なんだっ!?」
二人の見張りがそう叫ぶのとほぼ同時に、アルテミス二体の腕部からネットが射出されて、展開される。瞬時に網に絡みとられた見張りは、アルテミスに即座に気絶させられる。
「制圧、完了です」
「よし、そのまま進もう」
ほどなくして、俺たちは食糧庫モジュールの正面に到着した。固く閉ざされたバリケードの向こうに十人ほどの武装した男たちが集まっているのが見えた。その手には、ゼウス号に備え付けられていた警備用ライフルが握られている。
だが、そのバリケードの奥に、銀髪の女が立っていた。エインダだ。
「何者だ、そのロボットは・・・・・・!」
男の一人が驚いたように叫ぶ。まずい、気付かれた。
しかし、だ。ここはひとまず対話を試みよう。
俺はタロスのスピーカーをオンにして、呼びかける。
「すみません。お話があってきました──」
しかし、俺の声は最後まで届かなかった。
エインダは氷のような視線をこちらに向けると、冷たくひとこと言い放つ。
「問答無用。やれ」
ズババババ。銃声が轟いた。
連射された弾ががタロスの胸部装甲に直撃し、炸裂する。
「葉月、大丈夫かっ!!?」
タロスの外にいる葉月に問いかける俺。
「ええ・・・・・・タロスの足下に間一髪で隠れられたから、大丈夫」
くそっ。危なかった・・・・・・。やはり、こいつらは話し合いが通用するような相手ではなさそうだ。
「はづ、リヒトくん、無事なのっ!?」
陽奈の悲痛な声が、コックピットに響く。俺は「ああ、二人とも無事だ」と短く返す。「よかった・・・・・・!」と、皆の安心した声が聞こえてくる。
「タロス、装甲に軽微な損傷。機能に問題はありません」
ヨルが落ち着いた声で、そう言う。その冷静さは、この中で実に安心感を覚えさせるものだった。
「装甲は爆発にも耐えられるように作ってある。無駄だ」
俺の声が、タロスの外部スピーカーを通して響き渡る。
しかし、俺の説得もむなしく、エインダたちは次の攻撃のモーションに移ろうとする。
「アルテミス、制圧開始。殺傷は禁止。武装解除を優先しろ」
五機のアルテミスが一斉に動き出した。
無駄のない連係プレーで、まず三号が閃光弾を炸裂させて、残りの機体が放った煙幕がバリケードを覆う。男たちの視界が奪われた一瞬の隙に、アルテミスたちはスタンロッドとネットガンを正確に撃ち分けていく。ネットに絡め取られ、スタンロッドで感電して倒れる男たち。エインダの取り巻きは次々に無力化されていった。
「怯むな! 数を頼りに──」
叫んだ男の目の前へと、俺の操縦するタロスが立ち塞がる。
鋼鉄の太い腕を伸ばし、男の持っていた警備用ライフルを指先で摘み上げた。へし折られた銃が地面に落ちる。男は腰を抜かし、その場にへたり込んだ。
「撃て、撃て、撃ちまくれ!!」
エインダが叫ぶが、タロスの巨体を前に、戦闘員の多くが士気を喪失していた。
そこに、前線を制圧したアルテミスが押し寄せる。総崩れとなったエインダたちは、一部は抵抗を試みるが、スタンロッドで次々と行動不能にさせられていく。
五分とかからず、戦闘は終わった。
武装した男たちは全員が拘束され、バリケードの前に正座させられている。エインダはただ一人、食糧庫モジュールの入り口に立ち尽くしていた。手には小型のスタンガンが握られているが、それだけだ。どんな抵抗があるかと思っていたが、どうやら本人の戦闘力自体はそれほどではないらしい。
周囲には、いつの間にか数十人の非戦闘員たちが集まっていた。怯えていた人々が、恐る恐る外に出てきたのだ。
葉月が、一歩前に踏み出て、エインダの前に立ちはだかる。
「あなたの支配は、今日で終わりです」
「支配・・・・・・ですって?」
エインダは初めて口を開いた。その声は驚くほど滑らかで、だがどこか空虚だった。
「私はただ、秩序を作っただけよ。この無法の地で、生き延びるための秩序を」
「でもそれは、搾取と暴力によるものでしょう。そんなもの、秩序とは呼ばない」
葉月がクロスボウを構えたまま、ぴしゃりと言う。
「あなたが傷つけた人たち、追放した人たち、そしてこれから襲おうとしていた人たちのことを、どう思っているんですか」
エインダはしばらく葉月を見つめ、それからふっと笑った。その笑みは、自嘲にも諦観にも見えた。
「どうも思わないわ。私はただ、生き残りたかっただけ。それだけよ」
そして手に持っていたスタンガンを、ゆっくりと地面に落とした。
「・・・・・・好きにすればいいわ。もうどうでも」
エインダが武器を放棄したのを確認し、アルテミスが彼女の腕を拘束する。長かった食糧庫の占拠は、呆気ないほどあっさりと終わりを告げた。
タロスのコクピットの中で、俺は静かに息を吐いた。
「こちらタロス。エインダを拘束、武装勢力は全員無力化した。食糧庫モジュールを解放する。これから、ここの人たちと話をする」
艦橋から、陽奈の声が返ってくる。
「了解。よかった・・・・・・みんな無事で」
「ああ。でも、本当に大変なのはここからだ」
俺はモニター越しに、集まってきた生存者たちの顔を見渡した。怯え、戸惑い、それでもどこか期待に満ちた目が、タロスの巨体を見上げている。
倒すべき相手は倒した。だが、それで終わりではない。むしろ、始まりだ。これからは、この人たちを支えないといけないのだ。




