第43話 逃亡者
俺たちは、その日は新しくできた第二の拠点村――分星村に泊まった。 新しく建てた居住棟は、即席とはいえ、そこそこ居心地が良かった。
なんだかんだ、疲れが溜まっていたのか、俺はぐっすりと翌朝まで眠った。
朝は、鳥の声で始まった。無人島のとは違う鳴き声だ。ヨルの解説によると、この大陸固有の種が少なくとも三種類、周辺の樹上で縄張りを主張しているらしい。
俺、陽奈、葉月、楓、雫の五人は、中央のテーブルで食事をとる。
食事を終えて後片付けをしていたとき、ヨルの少々慌てたような声が、俺たちの耳に届く。
「警戒偵察中のアルテミス三号が、人の動きを検知しました。合計三名です」
「エインダ勢からの、襲撃か?」
「なんとも言えませんが、少なくとも武装している様子はありません。動きもゆっくりで、むしろ疲弊しているように見えます」
俺たちは顔を見合わせる。
「とりあえず、向こうに抵抗する様子がないなら、危害は加えないでくれ。敵意がないなら、俺たちで話を聞こう」
「了解です。アルテミス三号、その人たちと接触を試みてください」
ヨルが命令を発する。
♢
「アルテミス三号が接触したところ、この三名にはいかなる加害の意識も見受けられないです。罠の可能性もなくはありませんが、いまのところ三号に対する攻撃行動の気配はありません」
「了解。みんな、その人たちに会いに行こう」
「了解!」
俺たちは手早く身支度を済ませて、アルテミス三号のもとへ向かう。
北側の森を抜けた先、川沿いの小道に、三人の人影があった。その傍らには、アルテミス三号が静かに佇んでいる。ヨルが事前に、俺たちが来ることは伝えてくれたようだ。
三人はいずれも若い女性で、年の頃は俺たちと同じくらい、いや、もしかすると少し下かもしれない。服装はどれも薄汚れたゼウス号の乗員用ジャケットで、袖や裾がほつれている。髪は乱れ、頬はこけていた。その様子から、長いあいだの疲労がうかがえた。
「あ、あの・・・・・・!」
一番背の高い少女が、俺たちを見るなり声を詰まらせた。栗色の髪を無造作に束ねた、意志の強そうな目をした子だ。
「助けて、ください。あたしたち、あの、エインダたちから逃げてきて……」
「つまり、食糧庫モジュールから逃げてきたんだな?」
俺の問いに、少女は無言でうなずいた。
「わかった。とりあえずこっちに来て。食べ物もあるし、座って話を聞くよ」
陽奈が優しく声をかける。三人は互いの顔を見合わせ、それからゆっくりと歩き出した。
村に戻ると、雫がすぐにスープを温め直し、干し魚と果実を並べた。三人の少女たちは居住棟の簡易ベンチに腰掛けると、差し出されたスープを一口飲んで、その場で泣き出してしまった。
「温かい・・・・・・温かいよぅ・・・・・・」
一番小柄な、まだあどけなさの残る少女が声を震わせる。短い黒髪が涙で頬に張りついていた。
「ゆっくりでいいわよ。まずは落ち着いて」
雫の言葉に、三人は何度もうなずき、それからゆっくりと食事を始めた。その落ち着いた動作は、妙に大人びていた。
食べ終わる頃になって、ようやく一番年長らしい栗色の髪の少女が顔を上げた。
「あたしは美玖っていいます。こっちがゆかりで、この子が萌奈です」
隣の、長い黒髪を一つ結びにした少女がぺこりと頭を下げる。萌奈と呼ばれた小柄な子も、まだ目に涙をためたまま会釈した。
「あたしたち、みんなゼウス号の乗客でした・・・・・・地球では、同じ地区に住んでたんです。家族がどこにいるか分からなくて、気がついたら三人だけポッドに乗せられてて・・・・・・」
「ああ。俺たちも、同じようにゼウス号に乗っていた。それで、食糧庫モジュールから逃げてきたっていうのは?」
美玖はぎゅっと両手を握りしめた。
「私たち、たまたま同じゼウス号の乗客に遭遇したんです。それで、助けを求めて着いていったんですが・・・・・・あそこは、もう地獄みたいな場所なんです。エインダって女が、全部を支配してて・・・・・・」
俺たちは静かに頷く。
「知ってるんですか?」
「ええ。私も、あのエインダのやり方に反発して、逃げてきたのよ」
「そうなんですか・・・・・・」
「それで、どんな女なんだ? そのエインダって奴は」
俺の問いに、美玖は苦い表情で答えた。
「見た目は、すごくきれいな人です。長い銀髪で、いつも笑ってて。でも、逆らう人を容赦なく追放するんです。食料も水も全部、エインダとその取り巻きが独占してて、従わない人には何も渡さない。私たちみたいな若い子は、力仕事に回されそうになって・・・・・・」
ゆかりがぽつりと付け加えた。
「でも、それだけならまだ我慢できたんです。だけどエインダたちは、モジュールから武器を取り出して・・・・・・これからは別のグループを襲って、物資を奪うんだって」
「別のグループ? まだいるのか?」
「分かりません。ただ、この大陸にも、まだ沢山の生存者がいる。中にはここのようにコミュニティを築いているのもあるかもしれない。だから、先に攻めるんだと」
「それで、あたしたちは怖くなって・・・・・・襲撃なんて、絶対に嫌だし・・・・・・」
「それで逃げてきたんだね」
楓が優しく言うと、萌奈がこっくりとうなずいた。
「夜の見張りの隙をついて、三人で。ほかに逃げたい人もいたけど、見つかったらどうなるか・・・・・・」
「よくがんばったわね」
陽奈が萌奈の手を握る。萌奈は再び、ぽろぽろと涙をこぼした。
「でも、これは予想以上に厄介そうね。そのエインダっていう女、放っておくと、まずいことになるでしょう」
葉月が腕を組みながら言う。
「他のグループを見つけたら容赦なく襲うってことは、下手したら俺たちのところが真っ先に狙われるかもしれない。対策をするなら、早いほうがいい」
「でも、美玖さんたちの話を聞くと、話し合いができる相手なのかどうか・・・・・・」
楓が言う。
「ああ。難しいかもしれない。だから、あらゆる方策を考える」
「あたしたちも、何かできますか」
顔を上げる美玖に、雫が優しく語りかける。
「エインダのことを知ってるのは、あそこにいた私たちだけよ。内部の情報は、色々役に立てるでしょう」
「でもまずは体を休めてくれ。ここは、安全だから。何かあったら、あのアルテミスたちが守ってくれる」
俺の言葉に、三人はようやく緊張を解いた。
夕暮れ、美玖たちを居住棟で休ませたあと、俺たちは屋外のテーブルで今後の方針を話し合う。
「でも、これからどうするの?」
「まずはエインダに接触を試みたい。だけれど、戦闘になる可能性は高い。向こうが武力で来るなら、こちらも備えを固めておく必要がある」
「交渉で解決するのが一番なんだけれどね」
楓がつぶやく。
「もちろんそれに越したことはない。だが、どんなときでも備えは怠らない。それが俺たち創星村のやり方だ」
居住棟の方から、笑い声がかすかに聞こえた。陽奈が持って行ったトランプで、三人は少しだけ元気を取り戻したらしい。
その笑い声を聞いていると、なにがなんでも負けられないもという気持ちになってきた。
「リヒトくん、がんばろ」
「そうだよ。エインダなんかに、負けるなー!」
「いや、私たちも協力しなきゃでしょ」
「そうね。でもまずは、しっかりとあの子たちを守りましょう」
俺たちは、手を伸ばして、重ね合わせる。なんとしてでも、エインダたちに負けるわけにはいかない。




