第34話 出航!!
楽しみなことがある日の前の晩は眠れないものだ。そして、そのままハイな気持ちで、早く目覚める。
今日は、いよいよ大陸に渡る。起きて外に出ると、まだ星が空に残っていた。
「お、みんな、早いな」
陽奈と葉月、それに楓がすでに調理場に集まっていた。みんな、昨夜は俺と同様あまり眠れなかったらしい。期待と緊張が、それぞれの顔に入り混じっている。
「なんだか、修学旅行の朝みたいだね」
陽奈がくすりと笑う。手には昨夜のうちにパッキングを終えた荷物が提げられていた。
「修学旅行はもっと寝坊してたでしょ」
葉月が冷静に突っ込む。
「私はちゃんと起きてたよ。バスの中で寝る派だったけど」
楓が冗談めかして言い、俺たちは穏やかに笑う。
朝食は簡単に済ませる。野菜スープと、焼き魚。腹が減っては旅ができないが、食べすぎると船酔いが心配だ。
「ケレス、アルテミス、ちょっと来い」
居住棟を出て、格納庫の前で二体を呼び寄せる。
万能耕作機械ケレスは、畑の隅から静かに移動してきた。アルテミスは直立したまま、こちらをじっと向いている。
「今日からしばらく、俺たちは村を空ける。ケレスは通常通り農作業を続けてくれ」
ケレスが低くブーンと唸る。
「アルテミスは村の警備だ。万が一、害獣が村に侵入しないように見張ってくれ」
アルテミスが、ゆっくりと一回うなずく。右腕のネットガン、左腕の電磁ワイヤー、頭部の熱源センサー。いまや頼もしい村の守り手のロボット。
「さすがは汎用型だな。留守は任せたぞ」
ウィィン、とまるで肯定の返事のように、アルテミスは唸る。
♢
砂浜に出ると、朝日が海面を黄金色に染め始めていた。
「あ、アクアベースのハッチ、もう開いてる」
陽奈が指さす。全長八メートルあまりの多目的探査船。折りたたまれた帆、太陽光パネル、そして船内には昨日積み込んだ物資がきっちりと固定されている。
「オデュッセイア号、出航準備完了しています」
ヨルの声が四人のイヤリングに同時に届く。それを合図に、俺たちは船に乗りこむ。
「操縦はすべて私が自動で行います。リヒトさんたちは船内でリラックスしていてください」
「助かるよ、ヨル」「ありがとね、ヨルちゃん!」
ヨルに礼を述べて、タラップを登り、船内に乗り込む。
船内は思ったより広く、中央に四人分の座席と折りたたみ式のテーブルが設置されている。壁際には物資が整然と積まれ、窓からは海が見渡せた。
「みなさん、準備はよろしいですね? それでは、出航します」
ヨルの声とともに、オデュッセイア号の電動機が静かに唸りをあげる。スクリューが海水を捉え、艇体がゆっくりと前進を始めた。アクアベースのハッチを抜けて、視界が一気に開ける。朝日を受けた海が、どこまでも青く広がっていた。
「出た・・・・・・!」
葉月が窓に張りつく。
「わあ、気持ちいい!」
楓も珍しく大きな声を出す。
オデュッセイア号は砂浜を離れ、どんどん沖へと進んでいく。振り返ると、島の全景が見えた。
「なんだか、ちょっと寂しいかも」
陽奈がぽつりと言う。
「でも、すぐに戻ってくるわよ」
葉月が優しく肩を叩いた。
俺たちの大陸への道が、始まった。
♢
航路は順調だった。
風は穏やかで、波も低い。ヨルの自動操縦は正確で、艇体はほとんど揺れなかった。
「潮風が気持ちいいね」
陽奈がデッキに出て、大きく伸びをする。海風が彼女の黒髪を揺らす。俺も出ると、潮の匂いが肺いっぱいに広がる。見渡す限りの青い海。この星に来てから何度も海は見てきたが、これだけの大海原を進むのは初めてだ。
「このまま、どこまでも行けそうだね」と楓がつぶやく。
俺たちは、しばらく景色を楽しんだあと、船内に戻る。到着まではまだ時間がある。
「大陸到着まで、まだ時間があるな」
「そうだ、カードゲームしようよ」
陽奈が荷物からトランプとウノを取り出す。
「船の上でゲームか。酔わないか?」
「この揺れなら大丈夫でしょ。ヨルちゃんの操縦、すごく安定してるし」
「いいじゃん。ちょっと暇してきたし」
葉月はすでにトランプカードを切り始めていた。
大富豪。革命が起き、ジョーカーが飛び交い、貧民が大富豪に返り咲く。陽奈が大富豪になると「これが真の私よ!」と宣言し、次の瞬間には貧民に転落して「なんで!」と叫んだ。
「陽奈さん、浮き沈みが激しいね」
「人生ってそういうものだよ」
その言葉に、俺は少しだけ笑った。たしかにそうだ。遭難から始まったこの星での生活も、浮き沈みの連続だった。でも今は、こうして四人で遊んで、笑い合っている。
だが、なによりの変化は――未知の物に対する好奇心と楽しみが、心を満たしているところだった。
明日は大陸に渡る。どんな出会いが待っているかは、分からない。でも、それを楽しみにしている自分がいた。
地球にいたときは、こういう感情はまずなかった。居心地は良いが、どこか単調な生活。
ああ、そうか。俺はやっと気付く。俺はきっと、そういう生活がどこかつまらなくて、この惑星コンスタンティア移住に参加したのだ。
ならば――ゼウス号爆散から、予想外のことばかりだが、とりあえず今のところは、俺の移住生活は成功しているといってよかろう。
「リヒトくん。なにボーッとしているの? 次は、ポーカーするわよ」
「あ、ごめんごめん。んじゃ、始めよう」
「おーし、わたし、負けないから!」
陽奈が腕まくりして、前のめりになる。俺たちの暖かな船上での時間は、こうして過ぎていく。




