第30話 そうだ、いぶそう!
「ねえ、リヒトくん。ちょっといいかな?」
朝起きて朝食の支度をしていると、陽奈が声をかけてくる。
「どうかしたか?」
「あのさ、そろそろ魚釣りの量を減らすべきじゃないかな、て思ったんだけれど・・・・・・」
陽奈は、調理場の一角に設けた水槽を指し示す。
釣りマシンが日々捕まえた、水槽いっぱいの魚。銀色に光る小魚から、手のひら大の白身魚まで、種類も数も豊かだ。
「毎日大漁だな」
「でも、ここまでだと消費が追いつかないよ」
「む。それは確かに」
村の住人は四人になって食べる量は増えたが、漁獲量はそれを上回っている。
「塩漬けにしたり、あるいは燻製にしたら長くもつよね?」
いつの間にか姿を現していた葉月が、そう提案する。
「燻製・・・・・・いいよね。この星の魚で作ったら、どんな味になるんだろう」
楓が興味深そうな様子。。
「よし、それじゃ燻製器でも作るか。ヨル、設計を頼む」
即断する俺に、ヨルは気持ちよく返す。
「承知しました。冷燻と温燻、それから熱燻、全部に対応できる設計にしましょう」
「冷燻・・・・・・なあヨル、それらの違いってなんだ?」
「温燻は六十度から八十度で熱を通しながら煙をかけるので、短時間で仕上がります。熱燻は、八十度以上ですね。ただしこちらは、あまり保存には向きません。冷燻は十五度から三十度でじっくりと、かなりの時間をかけるので、より保存性が高まります。せっかくデミちゃんで作るので、両方作りましょう」
「おっけ、それで頼む」
「了解しました!」
♢
建築資材モジュール発見後、手狭になってきた格納庫でデミを起動させる。
「燻製器の本体は、煙を逃がさない密閉構造が基本です。内側には温度計と、煙の循環を調整するダンパーをつけましょう」
「煙を作る部分は?」
「下部にスモークチップをくべる加熱室を設けます。電熱線でチップを加熱します。チップは、森の広葉樹を細かく粉砕して作ります」
「温度管理は?」
「はい。ラズルグレナ電池で動作する小型の温度センサーと制御基板を組み込みます」
俺はうなずき、デミの操作パネルにヨルの設計データを読み込ませた。
合金の資材を削り出し、縦長の筐体を作る。内部には魚を吊るすラックを三段。下部には電熱線とチップトレイ。側面には温度センサーと制御基板、それにダンパーの開閉レバーを取り付けた。
「なあヨル。合金だけだと、ちょっと無骨すぎないか」
「でしたら、伐採した桜に似た広葉樹の木材がまだ残っていますので、それを利用しましょう。木目が美しいですよ」
デミで板材を切り出し、燻製機の周囲に張っていく。木の温かみが加わって、調理器具というより家具のような趣になった。
一時間ほどで燻製器は完成した。縦にすらりと伸びた箱型で、正面の扉を開けると三段のラックがせり出してくる仕組みだ。側面の温度計はアナログとデジタルを併記し、制御パネルには設定温度とタイマーが並んでいる。
「お、出来た?」
陽奈がやってくる。
「ああ。さっそく魚を仕込むか」
「了解! 持ってくるね!」
♢
陽奈と葉月が魚の下処理をしてくれた。
「内臓はきれいに取ったよ。頭はつけたままでいいんだよね?」
「ああ。小魚は丸ごと、大きいのは三枚におろしてある」
塩をまぶし、しばらく寝かせる。余分な水分が抜けると身が締まり、保存性も風味も増す。そうしたところで、楓がやってきた。
「何かお手伝いできること、ある??」
「じゃあ、スモークチップを作ってくれ。乾燥させた広葉樹を、これで粉砕するだけだ」
楓はデミ製の簡易粉砕機を受け取り、慎重に作業を始めた。彼女の真剣な横顔を見ていると、教室で本を読んでいた姿をふと思い出す。
「楓ちゃん、筋がいいよ。細かすぎず粗すぎず、ちょうどいい」
陽奈が褒めると、楓は嬉しそうにうなずく。
塩漬けした魚をラックに吊るし、チップトレイに楓が砕いた広葉樹チップを敷く。電源を入れ、設定温度はまず六十度の温燻から。煙が出始めるまでは二分もかからなかった。
燻製器の天井付近から、細く白い煙が立ちのぼり、それがゆっくりと魚のまわりを包み込んでいく。扉の小窓から中を覗くと、魚の表面がじわりと飴色に変わり始めていた。
「いい匂い・・・・・・!」
陽奈が目を輝かせる。
香りは甘くてスモーキーで、それだけで食欲がそそられる。海の塩気と、森の木々の匂いが一緒になった香りだ。
「温燻で二時間。これで今日食べる分には十分だが、長期保存する分は、もうちょっと長くしよう」
「どれくらいもつようになるの?」
「ヨル、どうだ?」
「常温で約一か月、といったところでしょうか。冷却保存と併用すれば、長くて三か月程度かと」
「三か月・・・・・・!」
葉月が思わず声をあげる。
「それだけあれば、もう急いで食べきる必要もないわね。災害時の備蓄にもなるし」
「そうだな。遭難直後の食糧難が嘘みたいだ」
二時間後、俺たちにとっての最初の燻製が終わった。
燻製器の扉を開けると、ふわりと立ちのぼる煙の中から、黄金色に輝く魚が姿を現す。身はほどよく締まり、脂が表面にじんわりとにじんでいる。
「わあ、美味しそう!」
陽奈が歓声をあげる。
「ちょっとつまんでみよう」
俺は菜箸で一切れ取り出し、まな板の上で切り分ける。四人で一口ずつ、味見をする。
「ん!・・・・・・」
最初に声を出したのは楓だった。
「すごく、美味しい。塩気がちょうどよくて、煙の香りが口の中にふわっと広がって・・・・・・」
「これはいいわね。おかずにもなるし、酒のつまみにもなりそう」
葉月が即座に大人びた感想を述べる。
「酒はまだないけどな」
「リヒトくん、そのうち作ろうよ。果実酒くらいなら、なんとかなるよきっと」
「まあ、気が向いたらな」
俺はもう一切れ口に入れた。燻煙の香りが鼻を抜け、素材の本来のうまみが後から追いかけてくる。なるほど、これはいい。ほんの少し手間をかけるだけで、魚はここまで変わるのか。
「長期保存ができるようになれば、大陸に渡るときの食料にもなるよな」
「大陸に行く計画も進んでるんだよね」
楓が尋ねる。
「まだ計画だけどな。でも、オデュッセイア号はいつでも動ける。トリトンが海底地形図を作ってくれてるし、航路の目処はつきつつある。あとは保存食の備蓄だ」
「じゃあ、これからもっとたくさん燻製を作らないとね」
「ああ、そうだな」
夕方。燻製器の煙が、夕暮れの空に細く立ちのぼっている。
調理場のテーブルには、さっそく今夜のおかずとして取り分けた燻製が並んでいた。ほかに、リーフレタスのサラダとラズルグレナ入りのスープもある。久しぶりに品数の多い食卓だ。
「保存食ができただけじゃなくて、こうやって毎日の食事も豊かになるんだね」
陽奈がしみじみと言う。
「ものを作るって、そういうことなんだろうな。一つ作れば、それがまた別の何かにつながる」
「リヒトくんは、いつもそうやって考えてるの?」
楓の問いに、俺は少しだけ考えてから答えた。
「地球にいたときは、考えても仕方ないことばかりだった。でもここでは、考えたことがそのまま形になる。だからだろうな」
「じゃあ、次の形は何?」
葉月が目を細める。
「そうだな・・・・・・今度は果実酒か。いや、まずは燻製の種類を増やすか。貝も燻製にできるし、うまくいけば肉類も」
「肉かあ。そろそろ狩りにも挑戦したいわね」
「はづは戦闘向きだもんね」
「陽奈! なによ、戦闘って」
「でも、確かに。そろそろ肉も欲しいかもな」
三人の会話を聞きながら、俺は燻製の一切れを口に運ぶ。口の中に広がる煙の味が、この星での暮らしが着実によくなっていることを、静かに伝えてくれる。




