第29話 村の拡張と、夜のつぶやき
午後。まずは畑のチェックをする。どの作物も極めて順調に進んでいる。それから、水路も軽く点検する。
陽奈たちが、デミを使って何か作りたいとのことだったので、貸す。新しくメンバーに加わった楓に、デミの能力を見せたいというのもあるのかもしれない。
ということで、俺はひとり果実の採集を行い、釣りマシンで捕まえた魚を回収しに行く。 浜辺には、つい先日完成したアクアベースが、午後の光を受けて、静かに輝いている。内部には、小型潜水艇ネプチューンとオデュッセイア号が並んでいる。
オデュッセイア号の他に、遠洋漁業のための自動船でも作ろうかな。とか考える。
当初は海水から飲料水を取り出すために作った濾過器は、改良して、海水から塩を取り出すための機械になり、今日もせっせと働いている。
俺たちで作り上げてきた、創星村。まだまだ広げていきたいという欲求が、最近、生まれつつある。そのためには、ゼウス号の他の乗員と会わないとな。となると、まずは大陸に渡るのは必要だろう。
「リヒトさん、ちょっと提案です。オデュッセイア号を改良して、ネプチューン号を搭載しませんか?」
「お、なんか良いな。船に潜水艇乗っけるのは、なんかロマンがあるな。でも、それは明日以降にしよう。デミは、陽奈たちが使っているし」
「そうですね。では、今日は、薬草採取でも・・・・・・」
午後の作業は、こうして色々と増えていく。
♢
作業を終えて、村に帰り、陽奈、葉月、楓とテーブルを囲んで夕食をとる。
風呂に入り、寝るまで陽奈の部屋でカードゲームに興じて、今日一日が終わる。
しかし今夜は、自室に戻って横になっても、なかなか寝つけなかった。
楓と遭遇してからのここ二日のことが、頭の中をぐるぐると回る。彼女の漂着、村の案内、新しい部屋の建設。この上なく順調な流れだ。
それ自体はいい。だがしかし、だ。
陽奈、葉月、そして新たに加わった楓。俺は今、この三人と居住棟に住んでいる。
三人とも、クラスではいわゆる美少女の部類に入っていた女子たちだ。明るくて人気者の陽奈、そしてそんな彼女と仲良しの、落ち着いた雰囲気をまといつつも社交性の高い葉月。そして、どちらかといえば地味だったが、充分に可愛い顔立ちをしていて、隠れファンの多そうな楓。
そんな三人と、同じ食卓を囲み、同じ畑で働き、風呂の順番を待ち合い、夜はトランプで遊んだりしている。落ち着いて考えると、ちょっと信じられないような状況だ。
「ヨル、起きてるか」
小声で呼びかけると、イヤリングからすぐに返事があった。
「はい、起きていますよ。リヒトさん。私は基本、眠りませんからね」
「そうだったな」
俺は何を訊いたのだろうと、天井を見上げたまま、苦笑する。
「ちょっと相談があるんだが、いいか?」
「珍しいですね。リヒトさんが相談とは。何でしょう」
「その・・・・・・なんだ」
少し迷い、言葉を探しながら、思いきって口にする。
「俺はいま、クラスの女子三人と一緒に住んでる。陽奈に葉月、そして楓も加わった。それで思ったんだが・・・・・・地球にいたときは、こんな人生、想像もしてなかったなって」
ヨルはしばらく黙っていた。彼女もまた、言葉を選んでいることを感じさせる、ほんのわずかな間。
「なるほど。リヒトさんは、そのことを気にしているんですね。でもそれは、どういう意味で気になっているんでしょうか」
「どういう意味、というと?」
「たとえば、気まずいとか、落ち着かないとか。あるいは、その逆でしょうか」
「・・・・・・どっちでもない。いや、どっちもある、かな」
心の中でぐにゃぐにゃと渦巻いている感情に、ひとつひとつ名前をつけていくように、俺は慎重に言葉を選びながら、正直な気持ちを話す。ヨルはAIだ。誰かに漏らすことも、変な噂を立てることもない。
「地球の高校にいた頃の俺は、まあ、なんというかすごく地味で目立たない奴だった。教室の隅にいて、あまり人とも話さなくて、クラスメイトに声をかけられることも少なかった。でもそれが普通で、その状態を当然だと思っていた。なのに・・・・・・今はどうだ? 毎日三人の女子と顔を合わせて、一緒に飯を食って、畑をやって、たまに夜遅くまでゲームに興じたりしてる」
「そのことを、リヒトさんはどう感じているのですか?」
「そりゃ・・・・・・楽しいよ」
心の底から、そう思える。
「居心地は、いい。むしろ、良すぎるくらいだ。だからこそ、たまに、言い様のない不安になるんだ。俺って、変なのかな?」
「変ではありませんよ。心理学的に、物事が希望通りに動いていくと、人間は不安になるものなのです」
「そうなのか?」
初めて知ったな。
「リヒトさん。客観的に見ても、あなたはこの星に来てから、本当によくやっています。デミちゃんを駆使して生活基盤を整え、陽奈さんや葉月さんを守り、今日は楓さんの部屋まで作りました。三人があなたに寄せる信頼は、あなたがそれだけのことをしてきたからです」
ヨルの力強い言葉が、静かに夜の闇に響く。
「それに、です。陽奈さんも葉月さんも楓さんも、リヒトさんと一緒にいることを楽しんでいるように見えますよ」
「だが・・・・・・本当のことはどうだろうな」
「うーん・・・・・・私はAIとしての守秘義務があるので、詳しいことは言えませんが・・・・・・少なくとも、陽奈さんと葉月さんは、リヒトさんのことを悪くは思ってはいませんよ。楓さんは、まだ私もあまりお話できていないので、分かりませんが」
ふと気付く。ああ、そうか。陽奈や葉月とも、ヨルは時折こうして個別にコミュニケーションをとっているのだろう。だから、こんな風に言えるのだ。
そう思うと、心の奥から、じんわりとした暖かい安心感が広がっていった。
「リヒトさん。アシスタントAIである私がこんなこと言うのは、不遜かもしれませんが、人間は環境が変わると、自身も変化する生き物です。いえ、むしろこう表現するべきでしょうか。リヒトさんは変わったのではなく、地球では発揮されなかった側面が、この星でようやく花開いたのだ、と」
「花開いた、ね」
俺はその言葉を反芻した。
「じゃあこれは、俺が元々持っていた一面、てことなのか」
「そうです。少なくとも、不自然だとか感じる必要はありません」
「そうなの、か」
不思議な気持ちになった。ちょっとだけ胸のつかえがとれた気がした。まだ完全ではないが、少なくとも、この状況を無理に否定する必要はないのだと思えた。
「ありがとう、ヨル」
「どういたしまして」
「でも、この話は内緒にしておいてくれよ。三人には、ちょっと恥ずかしい」
「もちろんです。私はAIなんですからね守秘義務はきっちりと遵守です」
正直、陽奈や葉月が俺のことをどう言っているのか、問いただしてみたくはあった。だが、絶対に答えてくれないだろう。だからこそ、信頼がおけるわけなのだが。
俺はもう一度、ヨルに礼を言う。
「今夜はありがとう、ヨル。おかげで、眠れそうだよ」
「どういたしまして、おやすみなさいですリヒトさん」
俺は、布団にもぐる。
窓の外には、今日も満天の星が広がっている。明日もきっと、やることは山積みだ。でも、それがちょっと楽しみだ。その気持ちは、きっと間違っていないはずだ。
ほどなくして、俺は柔らかな眠りに落ちた。




