第28話 楓の部屋をつくろう
翌朝。調理場で朝食の準備をしていると、居住棟の方から足音が聞こえた。振り返ると、楓が立っていた。昨夜はよほど疲れていたのか、ぐっすり眠っていたようだ。顔色が、かなり良くなっていた。
「おはよう、楓。よく眠れたか?」
「うん、ありがとう。久しぶりにちゃんとした布団で寝られて、なんだか不思議な気分」
楓はそう言って、少しはにかむように笑った。教室で見かけていたときは、いつも俯きがちに本を読んでいる印象だったが、こうして面と向かうと、案外しっかりした目をしている。切れ長の瞳が、朝の光を受けて静かに輝いている。可愛いな、と不覚にもそう思った。
「楓ちゃん、おはよう!」
陽奈が調理場に飛び込んでくる。続いて葉月も顔を出した。
「おはよう。体調はどう?」
「もう大丈夫。みんなのおかげ」
楓はぺこりと頭を下げる。その仕草が妙にぎこちなくも愛らしく、陽奈がくすっと笑った。
「そんなにかしこまらなくていいのに。私たち、同い年のクラスメイトでしょ」
「そう・・・・・・だよね。でも、なんだかみんながすごく頼もしく見えて」
「頼もしい?」
「うん。陽奈さんも、葉月さんもみんな」
「まあ、遭難して時間が経てば、誰だってこうなるわよ」
葉月が肩をすくめる。
「さ、陽奈に葉月。朝食の準備を手伝ってくれ。楓にもそのうちしてもらいたいところだが、今日はまだ、そこでゆっくりしといてくれ」
「うん、分かった」
昨日、万能工作機械デミで作ったばかりの、専用の椅子に腰掛ける楓。
そして、朝食ができる。
朝食を囲みながら、俺たちは改めて自己紹介ならぬ近況報告をし合った。といっても、陽奈と葉月は元からの親友で、俺もクラスメイトとして顔は知っている。楓にしても同じことだ。地球の教室では、決して交わらなかったであろう組み合わせの四人が、いまこうして一つのテーブルを囲んで食事をしている。
「それにしても、この創星村・・・・・・改めて見ると、すごいね。村が本当にできるなんて」
楓がスープを口に運びながら、しみじみと言う。
「居住棟に調理場、お風呂にトイレ、それに畑まである。開拓の本で読んだ、最初の一年間の目標が、もうほとんど達成されてるみたい」
「本で読んだの?」
陽奈が目を丸くする。
「うん。地球を離れる前に、宇宙開拓史の本を何冊か。もしかしたら役に立つかなと思って。といっても、フィクションが多めだったけれどね」
「楓ちゃん、すごくない? 私は全然そんなこと考えもしなかった」
「うーん、まあ私、色々と調べるの好きだしね」
よくよく見ると、楓は地味ではあるが、充分に可愛い顔立ちをしている。肩までの黒髪は癖がなくまっすぐで、肌はきめ細かい。目は切れ長で、伏せたまつげが長い。どちらかといえば目立つ陽奈や葉月に比べれば控えめだが、静かな湖面のような落ち着きがある。
「なあ、楓」
俺は食べ終えた皿を脇にやって言った。
「今日、さっそく楓の部屋を作ろうと思うんだが、何か希望はあるか?」
「え? 私の部屋を、作ってくれるの?」
楓は心の底から驚いたような表情をする。
「ああ。昨晩はとりあえず、陽奈の部屋に寝てもらったけど、ちゃんとした楓専用の個室を作りたい。陽奈や葉月と同じようにな」
「ありがとう・・・・・・でも、そんなに急がなくても」
「気にするな。デミがあれば、半日もかからない。それに、これからずっと住む場所だ。遠慮しないでくれ」
楓は少し考えてから、ぽつりと言った。
「じゃあ・・・・・・わがまま言うけれど、本棚が欲しいな。といっても、まだ一冊も本はないんだけど」
楓は、苦笑気味にそう言う。
「本棚か。いいな」
「え、いいと思ってくれるの?」
「当たり前だろ。本棚とて、大切な家具の一つだ」
「でも、本がまだ一冊も無い状態なのに・・・・・・」
「大丈夫ですよ、楓さん。ゼウス号には、紙の本専用の巨大図書館モジュールもありましたからね。あれを発見すれば、とても一部屋では収まりきれない本をゲットできますよ」
おお、そうなのか。
「だってさ、楓ちゃん。だから、リヒトくんもといデミちゃんに作ってもらいなよ」
「ありがと、みんな・・・・・・あと、机もいい?私、日記を書きたいの。この星での毎日を、ちゃんと記録しておきたいから」
「わかった。本棚と、机に椅子、それから日記帳だな」
俺は頭の中で設計図を組み立て始める。
「日記帳かー。リヒトくん、わたしたちにも作ってくれる?」
「もちろんだ。じゃ、朝食の片付けが終わったら、さっそく取りかかるぞ。陽奈と葉月も手伝ってくれるか」
「もちろんよ!」
俺たちの作業が始まる。
♢
格納庫でデミを起動し、資材を揃える。
「楓の部屋は、陽奈と葉月の部屋の隣でいいな」
「うん。これで女子部屋が三つ並ぶことになるね」
俺は、まずは壁のパネルを一枚ずつ立てていく。基礎は石組みで、壁はゼウス号の合金パネル、伐採した木材を組み合わせる。足りない部分は、建築資材モジュールから調達したものをいくらでも使用できる。
「窓は東向きがいいか。朝日が入るぞ」
楓は作業の様子を、じっと見守っている。その横では、陽奈が「楓ちゃん、今リヒトくんがやってるのはね」と実況中継を始めていた。
「デミってね、なんでも作れちゃうの。このあいだトランプも作ったんだよ」
「トランプ?」
「娯楽が欲しいってはづが言って。それでリヒトくんがさくっと」
「すごい・・・・・・開拓の本には、娯楽は後回しにされるって書いてあったのに」
「この村はちょっと違うのよ」
葉月が笑う。
「いいや、違うぞ楓。娯楽なくして、人間らしさはないんだ」
俺は、ちょっと調子に乗って、高説を垂れる。
窓枠をはめ込み、透明パネルを嵌める。それから壁際に本棚を取り付けた。三棚式で、あまり大きくはないが丈夫な作りだ。続いて机。天板は広めにとって、収納用の引き出しも二つつける。
「椅子はどんなのがいい? 背もたれはあったほうがいいか」
「うん、あると嬉しい。長く座ってても疲れないやつ」
「わかった」
デミで木材を削り出し、座面にクッション材を張った椅子を作る。ついでに小さなサイドテーブルも置いて、読書灯として、ラズルグレナの発光パネルを取り付けた。微弱だが、日記を書くにはには十分な明かりだろう。
「これ、光るんだ」
「ラズルグレナっていう微生物でな。光るんだよ」
「微生物で作った光を利用・・・・・・そんな技術、地球でもまだ実験段階なんじゃないの?」
「この星では実用済みだ」
楓はラズルグレナの発光パネルにそっと手を触れてから、小さく息を吐いた。
「リヒトくんって、学校にいたときはすごく静かな人だと思ってた。窓際でずっと一人でいて、あまり話してるところも見たことなくて。でも、本当はこんなにすごい人だったんだね」
「学校には、こんな機械なかったからな」
俺はデミを軽くさする。
「それに、俺一人の力じゃない。ヨルもいるし、陽奈も葉月もいる。これからは楓もだ」
「私・・・・・・役に立てるかな。本を読む以外、あんまり取り柄がないんだけど」
「本を読めるのは、取り柄だろう」
俺が言うと、楓はきょとんとした顔をした。
「これからこの村を大きくしていくのに、知識は絶対に必要だ。俺たちは手探りでやってる部分が多い。でも楓が読んだ本の中に、役に立つ知識があるかもしれない。開拓の本を読んだんだろ? だったら、もう役に立ってるんじゃないか」
「・・・・・・そう言ってもらえると、嬉しい」
楓は少し俯いて、それから顔を上げた。
「うん。私も、できることを探してみる」
「その意気だよ、楓ちゃん!」
それから、日記帳を作成する。木材の繊維をすりつぶして樹脂と掛け合わせて、あっという間にノートサイズの日記が生まれる。それから、ペンも作成する。これで、日記が書ける。
部屋の最後の仕上げに、ベッドフレームを組み立て、寝具を整える。枕と掛け布団は、以前デミで作った繊維で間に合わせた。
「できたぞ」
部屋の入り口で、俺は楓を招き入れた。
楓は部屋の中央に立ち、ゆっくりと周囲を見渡す。
東向きの大きな窓から、陽射しがたっぷりと差し込んでいる。壁際の本棚はまだ空っぽだが、木の肌合いが温かみを感じさせる。机の上にはラズルグレナのパネルが、淡く光っていた。
「これが・・・・・・私の部屋」
「気に入るかどうかはわからないけど」
「ううん」
楓は首を横に振った。
「すごく、嬉しい。自分の部屋なんて、ポッドの中以外じゃ初めて。それも、こんなにちゃんとした部屋」
「これからはここで楓ちゃんの好きなように、生活できるね」
葉月が声をかけると、楓は「うん」と小さくうなずいた。その目が、わずかに潤んでいるように見えた気がした。
俺は、机の上に置いた日記帳を手に取る。
「こんな風にして、紙のものも作れるから、日記帳以外に本も作れるぞ。といっても、全部手書きになるけど」
「ほんと?」
楓の声が、今までよりずっと大きくなる。
「私、この星のことを記録したい。リヒトくんたちが作ったもの、見つけた生き物、毎日の出来事。開拓の記録として、いつか誰かの役に立つかもしれないし」
「いいね、それ。私たちの歴史が本になるんだ」
陽奈がぱちぱちと手を叩く。
「すごく面白そう。私もなんか書こうかな」
「私もお手伝いしますよ、楓さん。なんといっても、私はサポートAI・ヨル。この星についての沢山の知識を抱えています。お役に立てますよ」
「じゃあ、そのうち、製本所でも作るか」
俺が言うと、三人が一度にこちらを向いた。
「リヒトくん、それ名案!」
「製本所なんて、なんだか本格的ね」
「やっていいの?」
楓が最後に、少し遠慮がちに尋ねる。
「いいに決まってるだろ。必要なものは全部作る。なんせ、この星には何もないんだ。だから、作りたくなったら作る。それだけだ」
「うん、ありがと」
楓はうなずいて、それからふわりと微笑んだ。
「みんな、ありがとう。ここに来られて、本当によかった」
「それじゃ、午後も作業頑張ろー!」
陽奈の元気な声が、楓の部屋に広がる。
俺はふと本棚に目をやる。まだ空っぽだが、やがてここに、この星で綴られた最初の一冊が並ぶことになるだろう。
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