第21話 水路をつくる
朝食をとりながら、俺は陽奈と葉月に昨晩思いついたアイデアを切り出す。
「陽奈、葉月。そろそろお風呂に入りたいと、思わないか?」
シオカゼ草のサラダを食していた陽奈は、唐突な俺の提案に、目を丸くする。
「どしたの、リヒトくん? 急に」
「正直、二人ともシャワー浴びるだけじゃ、そろそろ我慢の限界なんじゃないのか、て思ってな」
葉月が、表情を緩める。
「リヒトくん、優しいんだね・・・・・・そもそも、私としてはシャワーが浴びれるだけでもありがたいんだけれど・・・・・・うん、でもま、確かにお風呂にも入りたいかも」
「でもさ、デミちゃんでお風呂作れるの?」
「そこなんだよな。昨日、三次元マップを作った際にさ、この島には川があることが分かったよな」
「うん、そうだね」
「だから、この村まで、思い切って水路を通そうと思うんだ。ほら、今だとあの岩壁の湧き水と、海水を濾過した水だけが頼りだろう。だけれど、畑ももっと拡張したいし、米の水稲栽培もやってみたい。そうなると、より大規模な水が必要になってくる。で、ついでにお風呂も作ろうってわけ。あと、トイレも水洗にできるかも」
「かなりの大工事になりそうね」
「だな。でも、デミがあれば出来るだろう。な、ヨル」
「そうですね。重力制御装置を使えば、掘削は可能かと」
「とりあえず、試してみよう」
そういうわけで、今日は水路工事だ。
川は村から北へざっと五百メートルほど離れた場所を流れている。
まずは水路のルートを決めるため、三人でその川まで歩いた。
川幅は三メートルほど、水深は膝くらいまでしかない。だけれど、水は澄みきっているし、水量は十分にある。ヨルの計測では、毎秒二百リットル以上の流量があるらしい。
「川から村までの標高差は、約七メートルですね。川の方が高い位置にあるので、自然流下で、十分に水を引けます」
俺は川岸に立ち、端末で三次元地図を展開して、水路のルートを頭に描く。直線距離で五百メートルほど。途中には森が広がっているので、そこを切り開いていく形になる。
「まずはルート上の木を伐採する。材木は風呂場とトイレ、その他の建築に使って、無駄にならないようにする」
「リヒトさん、万能耕作機械のケレスちゃんも、木の伐採が出来ます。ケレスちゃんに伐採作業は一任して、デミちゃんに水路作りに集中してもらう、という方法ですれば、最も効率良く動かせます」
「おーし、それでいこう」
♢
創星村方面から、万能耕作機械ケレスが、水路予定ルートの木々を次々に伐り倒していく。驚くほど正確かつ、一本一本の倒す方向をちゃんと計算しているようだ。
陽奈と葉月は、伐採された木の枝をデミ製の手斧で払い、幹だけにする。それをケレスが重力制御を駆使して、脇に積み上げていく。息ぴったりの連携だ。
俺はといえば、伐採が終わった場所から順に、デミで地面を掘削していく。重力制御で土砂を浮かせては脇に積み、溝を掘っていく。掘った溝の底と側面は、そのつどデミで焼き固めて固める。素掘りのままだと水が濁るし、土手が崩れるからだ。
「リヒトさん、この調子なら今日中に水路は掘れそうですね」
「ああ。でも、途中にある岩場が問題だな」
「デミちゃんの石材加工モードで削れば十分対応可能です」
デミは万能だ。土を掘り、石を削り、焼き固め、必要な工具もその場で作れる。これがなかったら、水路ひとつ掘るのに何週間、ひょっとしたら何ヶ月もかかっていただろう。
俺とデミは、水路を掘削する。陽奈と葉月とケレスは、木々を伐採して、木材を詰んでいく。ひたすらせっせと俺たちは作業に没頭する。
岩場をデミで削り抜き、水路を掘り進める。伐採した材木は、葉月と陽奈が寸法をそろえて脇に積み上げ、立派な材木置き場ができていた。
「この木、風呂場に使うには乾燥が足りないんじゃない?」
葉月が尋ねる。
「ケレスちゃんが強制乾燥すれば一瞬です。さすがに木材の質までは変えられないですが、建築に使えるレベルにはなります」
「便利すぎるわね、本当」
「ほんと、リヒトくんがいなかったら今ごろどうなってたか」
陽奈がしみじみと言う。
「俺だけじゃない。ヨルも、陽奈も葉月もいる。みんなでやってるんだよ。てか、俺ひとりなら、ここまで熱心に働いていなかったよ。多分、農業モジュール見つけても、わざわざ畑をしようとか考えなかっただろうし、風呂どころかシャワールームすら作らなかったはずだ。適当に行水で済ませて、食事もその日暮らしみたいな感じだったろうな」
「やっぱり、人間にとって、他者の存在って大切ですよね。AIである私ですら、他者がいないと存在意義を見失いますし」
「でも、ヨルちゃんこそ一人で生きていけるんじゃないの? デミもケレスも、全部操作できるみたいだし」
「葉月さん。私たちAIは人間あってのものですよ。大体、ヨル一人なら太陽光発電バッテリーだけで生きていけるじゃないですか」
「それも、そうね」
俺たちは作業を続けていく。
♢
夕方、水路はついに川の取入口に到達した。
「いよいよ通水ですね」
ヨルの声がはずむ。
俺はデミで川岸の一角を切り開き、取水口を設けた。水流を調整する簡単な水門もつける。大雨で増水したときに、水路があふれないようにするためだ。
「じゃあ、開けるぞ」
水門の板を引き上げると、透明な川の水が、ごぼりと音をたてて水路に流れ込んだ。
「流れた!」「すごい!・・・・・・」
陽奈と葉月が叫ぶ。
水は掘りたての水路を勢いよく進み、カーブを曲がり、岩場を抜け、森の中を縫って、創星村へと向かっていく。
「みなさん、村へ戻りましょう」
俺たちは水路に沿って小走りする。水路の中を、水が俺たちより少し早く流れていく。そのきらめきを横目に、森を抜け、村の入り口にたどり着く。
村の中央に設けた、岩石を加工して生み出した集水枡に、水が勢いよく飛び込んでくる。
「着いた!」
陽奈がぴょんと跳ね、葉月がほっとしたように微笑む。
五百メートルほどの旅路を経て、川からの水が村に到着した。
さらさらと小気味よい音をたてて、建設した水路が、透明な水に満ちていく。
「よっしゃ、成功だ!」
その光景を見ていて、俺は思わず快哉を叫んだ。
♢
川から引いた水が村に届いたことで、いよいよ建築にも取りかかる。
「まずは風呂場だ。場所は調理場の隣。水の便がいい場所がいいな」
ゼウス号の合金パネルを骨組みにして、壁には伐採した木材を製材して使う。浴室は石敷きにして、排水は地下に埋めたパイプで川下へ流す仕組みだ。
「浴槽は石をくり抜いて作る。デミで加工すれば大丈夫だろう」
「石のお風呂かあ。なんだか高級旅館みたいだね」
「この星じゃ、それが普通になってもいいだろ」
俺はデミを操作し、近くの岩場から切り出した石材を浴槽の形に削り出していく。表面を滑らかに研磨し、湯を張るのに十分な深さと広さを確保する。
そして、お風呂を暖める装置。原始的だが、薪で火を熾して、暖める。
「薪は森でいくらでも手に入るし、これでいつでも風呂に入れる」
「せっかくだからさ、ランドリースペースも作らない? 洗濯もここでできるようにすれば、生活が一気に楽になるよ」
葉月の提案に、俺はうなずき、次の作業を始める。




