第20話 夜明け前、三人で
ふと、目が覚めた。
周囲はまだ暗闇だった。端末の時刻を確認すると、午前四時くらい。
もう一度、すぐに寝たいところだが・・・・・・。自慢じゃないが、俺は一度意識が覚醒すると、中々二度寝出来ない体質なのだ。
ということで、俺は簡素なベッドから起き上がり、外に出る。しばし散歩でもしよう。
ドアを開けると、ひんやりとした外気が肌を撫でてきて、心地よかった。
創星村はまだ夜の底の闇に沈んでいて、居住等と格納庫の銀色の壁だけが、星明かりをぼんやりと反射している。
昼間は気にも止めない、岩壁の湧き水のせせらぎが、今はひときわ大きく聞こえる。
畑のそばまで歩くと、リーフレタスの葉が夜露に濡れてきらめいていた。最近ではすっかり俺たちの食卓に欠かせない一品だ。
いや、リーフレタスだけではない。収穫はまだ先になるだろうが、ジャガイモやニンジン、トマトに小麦、カボチャ、大豆等々、いずれも元気よく芽を出して、畝の上に、きれいに列をなしている。
万能耕作機械・ケレスの力たるや、大したものだ。それに加えて、この惑星コンスタンティアの土壌の良さもあるのだろうが。
「リヒトくん?」
背後から声がした。振り返ると、桃色のパジャマ姿の陽奈が薄い上着を羽織って立っていた。その無防備な姿に、思わず胸が高鳴るが、俺はその感情を表に出さないよう努める。
「おはよう。早いな」
「おはよう。なんか、外で足音がしたから出てみたの」
「悪い、起こしたか」
「ううん。もともと起きてた。なんか、目が覚めちゃってね」
陽奈が隣に並んでくる。寝起きのままの髪が、夜風にふわりと揺れた。
「気持ちいいよね、こういう時間。リヒトくんもそう思わない?」
「ああ、そうだな」
夜明け前の空気には、なんとも言えない心地よさがある。
「私ね、昔からこういう時間、好きだったんだ。みんながまだ寝てるあいだに、一人で先に起きててさ」
陽奈のその言葉は、ちょっと意外だった。学校ではいつもクラスの中心にいて、放課後も友達に囲まれていた陽奈。そんな彼女に、一人の時間を好むとは、考えたことがなかった。
「意外かも」
俺のつぶやきに、陽奈がくすっと笑う。
「ひとりも好きだよ、私は。みんなといるのも好きだけど」
「そういうもんか」
「そうだよ。リヒトくん、人間っていろんな側面があるんだからね・・・・・・ほら、わたしだって同じだよ。リヒトくんが、こんなサバイバル能力あふれたたくましい人だなんて、重いもしなかったし」
「ま、あれはヨルとデミのおかげでもあるがな」
「違うよ。わたしだったら、あんなに上手く使いこなせない。だから、リヒトくんも充分にすごいの」
力強くそう主張する陽奈。心の片隅がくすぐられるような気持ちになる。
「こんな時間にふたりっきりなんて、ちょっと早すぎじゃないの? 色々な意味で」
今度は葉月の声がした。いつのまにか居住棟の入り口に立っていて、腕を組みながらこちらを見ている。
「はづも起きてたんだ」
「まあね。なんとなく」
葉月は俺たちのところまで歩いてきて、陽奈の隣に腰を下ろした。自然な動作だった。最近、彼女は俺の前でも随分とリラックスしてくれる気がする。
「じゃあ、早起き三人組だね」
陽奈が言って、俺たちは小さく笑う
空がかすかに白み始めて、夜の一角がうっすらと溶け出していた。そろそろ夜明けが近いようだ。
陽奈が空に瞬く星を見上げながら、ふと言葉を漏らす。
「ねえ、異星人とのコンタクトって、今どれくらい進んでるんだろうね」
葉月が、それに静かに返す。
「人類が太陽系の外に本格的に進出してから、だいたい一世紀あまりね。その間に、他惑星との文明と公式にコンタクトが成立したのは、八例ほどだったはずだね」
「八個、かあ。広い宇宙で、それだけなんだね」
「最初はセンタウルス座アルファ星系の主星にいた知的生命体よね。知性はあったけど技術レベルは地球の中世くらいだった。コンタクトは現在も慎重に進められてるらしい。二例目は確か、かなり発展した文明で、技術提供があったとか・・・・・・あとは、どうだったっけ?」
「さすがは、葉月。よく知っているね」
「あなたたちこそ、どうして知らないのよ? 学校で、勉強したでしょ?」
「うう~、わたし、はづほど勉強得意じゃないもん・・・・・・」
「右に同じく」
こうなると、もうちょっとは知っておくべきだったかもな。
「でもさ」
陽奈が口を開く。
「ゼウス号って、そういう方向の進路を考えなかったのかな。異星文明とコンタクトするたぐいの。新しい無人惑星を一から開拓する計画じゃなくてさ」
確かに、陽奈の指摘も一理ある。誰もいない土地に降り立って、最初の鍬を入れることを目的としたゼウス号。だがしかし、それはそれで、大変なことが多い。
「考えなかったんじゃなくて、考えたうえでやめたんだと思う」
葉月が静かに言う。
「どうしても、他の惑星の文明との接触は、摩擦を生むしね。それよりも、自分たちの手で一から開拓したかったのよ」
「それ、なんかわかるな」
俺は素直にそう思った。
「地球にいたとき、俺はずっと、できあがった社会の隅っこにいるだけだった。誰かが作ったルールの中で、誰かが決めた価値観に合わせて生きてた。でも、ここは違う。全部、自分たちで決められる」
「そうだね。それ、わたしも少し分かるかも」
陽奈が微笑む。
「私もね、似てるかも。地球では優等生っぽくしてたけど、ほんとはただ、まわりの期待とかになんとなく応えてるだけだった。でも、この星に来てからは、全部自分で選べる。というか、選ばされている、て感じだね」
「私は」
葉月が空を見上げたまま言う。
「まあ、そういうのもあったけれど、陽奈がいたってのも大きかったかな」
「はづ・・・・・・ありがとう~!!」
陽奈がガバリと葉月に抱きつく。「ちょっ、陽奈・・・・・・離れなさいよ」と言いつつ、されるがままにする葉月。
♢
星の数は減ってきて、、東の空が淡い青色に変わりつつあった。
「さ、それじゃ今日も一日頑張りますか。でも、ひょっとしたらこの惑星にも、未知の文明が地下にあって、俺たちを観察しているかもよ」
陽奈が目を丸くする。
「なにそれ、ちょっと面白そうじゃん」
葉月も口元をほころばせる。
「リヒトくん、もし仮に本当にいたら、どうする?」
「そりゃあ、まずは挨拶だろ」
「でも、そんなの通用しない相手だったら? 問答無用で私たちを食べようとしてきたり・・・・・・」
「そりゃあ・・・・・・そのときは、逃げるだけさ」
陽奈が穏やかに笑う。
「そうだね。でもさ、友好的な場合も考えられるじゃん。そのときは、きっと楽しくなるんじゃないかな」
「交流できたら面白いわね。お互いの作物を交換したり」
「それで言葉が通じなかったら?」
「ヨルちゃんがなんとかしてくれるでしょ」
「いや、そもそも俺たちをずっと監視していたら、すでに俺たちの言葉を習得している可能性もあるな」
「だったら、めっちゃ便利ね」
空を見上げると、金色に染まってきている。
夜の終わりは少しだけ名残惜しい気持ちになる。でも、これから今日という一日が始まるのだ。そう考えると、悪くはない
「そろそろ朝食の準備をしようか」
「うん!」
「今日もいい天気になりそうね」
立ち上がり、俺たちは調理上へ向かう。




