第17話 そろそろ娯楽も必要だよね
「今日は楽しかったですね!」
俺、陽奈、葉月の三人で和やかな夕食を食べていると、ヨルの快活な声がする。
「本当、楽しかったね・・・・・・また行きたいな」
葉月が、今日見た海の光景を思い出すように目を閉じる。
「でも、この惑星コンスタンティアの大自然は、まだまだこんなものじゃありませんからね! 未知の領域もまだいっぱいあります!」
「ふふ、これからが楽しみだね」
陽奈がにっこりと笑う。
夕食を終え、調理場の片付けも済んだ頃、葉月がふと、ぽつりと言う。
「ねえ、陽奈。リヒトくん。なんかさ、そろそろこの村にも、娯楽が欲しい。そう思わない?」
俺と陽奈は、顔を見合わせる。
「娯楽?」
「そう。ほら、私たちさ、毎日果実を採集して、畑を耕して、魚をとって、建築もして。まあそこそこ忙しい日々を送っているでしょ? 食料も安定してきたし・・・・・・生活はすごく順調よね。でも、そのぶん――安定したゆえに、何かいろいろ“遊び”が欲しいと思わないかな?」
言われてみれば、たしかにそうだ。
安定した水と食料の確保、そして住居。生活は確かに安定してきている。これまでは、あれこれと次に作るものやするべきことで頭がいっぱいだったが、葉月の言うとおり、ちょっと遊びが欲しいかもしれない。
「分かる。なんか、ちょっと退屈を感じる時間が増えたよね。それも贅沢なことなのかもだけれど」
陽奈がうなずく。
「退屈という名の贅沢が生まれた。つまりは余剰が出てきたんだな。良いことじゃないか」
「映画とか、音楽とか、そういうのがあればいいんだけどね」
葉月の言葉に、ヨルが、
「う~・・・・・・ゼウス号のデータサーバーには、色々あったんですけれどね・・・・・・残念ながら、優先度が低くて、私の中にはありません。娯楽モジュールの残骸でも見つかれば、良いのですが・・・・・・」
「そうだなあ・・・・・・それじゃ、作るか。娯楽を」
「え、作れるの?」
葉月が身を乗り出す。
「映画とか音楽は無理だよ。でも、ちょっとしたゲームくらいならいけるよな。トランプとか、ウノとか」
「トランプ! いいじゃん!」
陽奈がぱっと顔を輝かせる。その顔を見ていると、なんかもう断れなくなる。
ということで俺は早速デミを持ち出す。
「紙は、そこらにある樹木の繊維をすりつぶして樹脂で固めれば作れる。地球の紙より丈夫になると思う。インクは鉱物顔料を利用すればいけるかな」
「リヒトさん、トランプは五十二枚プラスジョーカーです。ウノは専用カードが百八枚ですね。図柄データくらいなら、私の基本データベースにありますので、デザインはお任せください」
「お、おう。そうか。てか、トランプやウノのデータはあって、音楽や映画のデータは無いんだな」
「ん~、やっぱりゲームの方が時間を潰すにはもってこいですからね。それに、データ容量も少なくて済みますし」
「よし、じゃあまずはトランプからだ」
デミが低くうなる。繊維をすりつぶし、樹脂と混ぜ、薄く引き延ばして乾燥させる。表面にヨルが送った図柄が、細かいレーザーで焼き付けられていく。スペード、ハート、ダイヤ、クラブ。キング、クイーン、ジャック。
わずか五分ばかりで、十枚ほどのカードができあがった。
「わあ、きれい!」
陽奈が手に取る。厚みはほどよく、しなやかで、滑りもいい。
「これ、ちゃんとトランプだよ!」
瞬く間に五十二枚とジョーカー二枚が印刷される。ついでにウノの百八枚も一気に作ってしまおう。デミは指示通りにカードを吐き出し続け、作業台の上には色とりどりのカードの山ができた。
「数字札、スキップ、リバース、ドローカード……全部揃ってますね」
「よし、これでしばらく遊べる」
「箱も作ったほうがいいわね。カードがバラバラになっちゃう」
「そうだな」
余った紙で、トランプ用とウノ用のシンプルな紙箱を作る。陽奈が箱を受け取り、きれいにカードをしまっていく。
♢
テーブルには、新しいトランプが広げられていた。
「何からやる?」
「まずはババ抜きで肩慣らししない?」
陽奈の提案に、俺と葉月は同意した。
そうして、ババ抜きスタート。配られた手札を扇状に整えながら、葉月が小さく息を吐く。
「こういうの、いつぶりだろう」
「中学の修学旅行以来じゃない。夜にみんなで集まって、消灯時間すぎてもこっそりやってた」
「へえ、陽奈がルール破ってたんだ」
「はづこそ、誘ったら一緒に来たくせに」
「行くとは言ってないでしょ。見張り役だって」
「嘘つき。ちゃっかりとやってたじゃん」
口を尖らせる陽奈に、葉月が肩をすくめて笑う。
ゲームが進む。陽奈は表情に出やすいのか、ジョーカーを引くとあからさまに動きが止まる。そのたびに葉月が「そこ」と短く指さして、陽奈は「なんでわかるの!」と叫んだ。
「顔に出すぎなんだよ」
「リヒトくん、笑ってないで助けてよ~」
「これも勝負のうちだ」
そう言いながらも、俺の手にもジョーカーが回ってくる。残り二枚。次で一気に勝負が決まる。
「あ、リヒトくんがババ引いた」
「ここからだろう」
カードをシャッフルして、再び勝負。結局、俺が陽奈の二枚の手札から、ジョーカーではない方を引き当てて、決着はついた。最後の一枚――ジョーカーを握りしめて硬直した陽奈が「うそでしょ!」と声を張りあげ、第一回戦は幕を閉じた。
♢
「じゃあ次はウノやろうぜ」
「待ってました!」
山札から七枚ずつを手にすると、場の空気が変わった。さっきまでのゆるいババ抜きとは違う。葉月が目を細め、陽奈が早くも手札を並べ替えている。どうやら二人とも、負けず嫌いな側面があるようだ。
最初のカードは青の五。順調に数字を重ねていくうちに、陽奈がドローカードを場に叩きつけた。
「ドローカード!」
「ちょっと、いきなり?」
「容赦しないのがウノでしょ」
文句を言いながらも葉月は山札から二枚を引き、その口元がかすかに歪む。
葉月の手番、今度はスキップで陽奈を飛ばし、俺に順番が回る。俺もスキップを返し、結局、葉月に手番が戻ってきた。三人で顔を見合わせ、思わず吹き出す。
「なにこれ、ふたりして意地悪」
「戦略だよ、戦略」
陽奈がしたり顔で言うが、その手札はまだ七枚もある。どうやら場の流れを楽しんでいるだけらしい。
それから三十分、色が変わり、リバースで順番が逆になり、ドローカードが連鎖し、場は混沌を極めた。結局、陽奈が最後の一枚を叩きつけて「ウノ!」と叫ぶ。
「一位は私!」
「くそ、まだ手札四枚あったのに」
「リヒトくん、読みが甘いのよ。顔に出やすいんだから」
「陽奈にだけは言われたくない」
俺の反撃に、葉月が声をあげて笑う。
♢
その後、今度はトランプで大富豪、七並べ、神経衰弱と、気がつけば夜遅くになっていた。 最後は陽奈がトランプを抱え込んで勝手に占いを始め、葉月は壁にもたれて「あんた、それはカードゲームじゃないでしょ」と苦笑する。
窓の外をふと見ると、夜空には満天の星が広がっていた。時折、風が森を揺らす音が聞こえるが、それ以外は静かな夜だった。
「そろそろ、お開きにするか」
「そうだね。明日もすることあるし」
「楽しかったね」
陽奈が片付けをしながら、しみじみと言う。
「こういう時間ってさ、すごく大事なんだよね。毎日が生きるためのことばかりだと、どこかで息が詰まりそうになるもんね」
「そうだな。遊びは、生きるために必要なものだ」
「人間は遊んでこそ人間たりえる。ホモ・ルルーデンスだったかしら」
葉月が言う。
「そうだね。誰かと笑って、勝負して、ムキになって、それでまた明日もやろうねって言える。そういう遊びこそが、私たち人間にとって何よりも大事なんだよね」
「うまいこと言うじゃないか」
「たまにはね」
俺たちは互いに笑い合う。
「あ、はづ」
陽奈が片付けの途中で手を止めて、葉月を振り返る。
「今夜さ、一緒に寝ない?」
葉月がきょとんとする。
「いいの?」
「いいに決まってるでしょ。葉月の部屋も隣だけどさ、せっかくだし、たまには一緒がいいな」
「まるでお泊まり会だね」
「そうよ。この星に来て初めての、お泊まり会」
葉月は少しだけ目を伏せてから、小さくうなずいた。
「・・・・・・わかった。陽奈がいいなら」
「やった!」
陽奈が葉月の手を取る。その動きは実に自然で、ああ、この二人は親友同士なんだなとしみじみ実感できる。
「じゃあ、俺はこれで」
「リヒトくんも来る?」
「いや、良いよ。女子会楽しんで」
「うん。じゃあね。おやすみ」
「また明日」
俺は自分の寝室へ向かう。
扉を閉める間際、陽奈の部屋からふたりの声が聞こえてくる。
「はづの髪、長いままなんだね。今度、ちゃんと梳いてあげる」
「うん・・・・・・お願い」
「昔もよく、こうやって二人で寝てたよね」
「懐かしいね、ほんとに」
声はだんだん小さくなり、やがてくすぐったそうな笑い声だけが静かに村内に響いた。
部屋の窓から差し込む月明かりが、俺の部屋に青白い筋を落としている。しばらくその光を眺めてから、ベッドにに横たわる。
明日もきっと、いい日になる。そんな小さくも確かな確信を抱きながら、俺は眠りにつく。




