第16話 海底ドライブ!! その2
「ただし、あのトリケラ・コリコラが栽培しているラズルグレナ。あれなら、食べることは可能です」
「そうなの? あのラズルグレナって、この惑星にいっぱいいるのか」
「はい。よく見てください。あちこちにいるでしょう?」
ヨルの言うとおり、よく目をこらすと、海底の岩肌のあちこちにラズルグレナたちは繁殖している。
「ラズルグレナは地球のミドリムシに似た生物学的構造を持ちます。しかし、タンパク質含有率、ビタミン類の豊富さ、ミネラルなど、食料としての適応性はミドリムシを大きく上回ります。これは、独自の光合成色素『ラズルリン』が関係していると考えられ・・・・・・」
しばし、ヨルによるラズルグレナがいかに栄養価が高いかの細かな講義が続く。
「へえ。それじゃ、わたしたちも是非、食べてみなきゃね」
陽奈は、キャノピーの外に広がるラズルグレナたちを眺めながら、言う。
「はい。けれど、それだけじゃありません。ラズルグレナは、医療用素材としても期待されています。細胞の再生を促進する効果が確認されていますからね。さらには、地上にあげて乾燥させたときの強度もなかなかのもので、大量に培養すれば、良き建築材料になる可能性もあります。そして、さらにはロケット燃料としての用途も・・・・・・」
なんだそれ。ラズルグレナ、万能じゃん。
「惑星コンスタンティアへの移住の理由の一つは、ラズルグレナとも言われてますからね。実際は、もっと理由は複雑ですが・・・・・・」
でもやっぱ、この惑星は俺たち人類にとって住みやすい、てことなんだろうな。
ネプチューンはゆっくりと水深を上げ、浅い砂地の上を這うように進む。
水深二メートル。海面がすぐ頭上に迫り、陽の光が揺れるたびに海底の砂が金の粉をまいたように煌めく。
前方の砂地の上で、ふわりと何かが舞い上がった。
ちいさな、半透明の傘をなびかせたクラゲ。それが一つ、また一つと、砂の中から浮かび上がってくる。
「『メデューサ・ミニマ』ですね。この星で最も愛らしい刺胞動物です」
傘の直径は二センチほど。透き通ったゼリーのような傘の中心に、ほんのりと桜色の発光器官が浮かんでいる。触手は短く、リング状に波打ちながら水中を漂っていた。
「かわいい・・・・・・!」
陽奈の声が上ずる。
「あれ、クラゲの仲間?」
葉月が尋ねる。
「はい。特徴的なのは、このメデューサ・ミニマは発光器官で個体同士が挨拶を交わします。見てください」
二匹の小さなクラゲが近づくと、互いの桜色の光がふわっと一瞬強く輝き、それからもとの明るさに戻った。
「すれ違うたびに、互いの存在を認め合うように発光するんです。コラリウム・ルミネセンス同様、何らかの意思疎通を発光によっておこなっているのではと考えられていますが、現在の研究段階では、よく分かっていません」
「海の会釈ね・・・・・・」
葉月がうっとりとつぶやく。
「ちなみに、こちらのメデューサ・ミニマ、強い毒がありますので、くれぐれも食べようとしないように気をつけてくださいね」
「もう、ヨルちゃん・・・・・・せっかくムードに浸っていたのに」
陽奈が唇を尖らせる。
「申し訳ありません。でも、これも私の仕事ですので」
ヨルの生真面目な返事に、陽奈は穏やかに相好を崩して「別にいいわよ」と返す。
俺たちはしばらく、その小さなクラゲたちの舞いを眺めていた。
無数のメデューサが、陽の光を受けてきらめく。そのひとつひとつの個体が持つ光点が、まるで桜の花びらで作った天の川のように連なっている。ここには、俺たちの知らない世界が果てしなく広がっている。
ネプチューンはゆっくりと向きを変え、来た航路を戻りはじめた。
「そろそろ帰還します。本日の航行データはすべて記録しました。次回はもう少し深い海域にでも挑戦しましょう!」
ヨルの口調が、いつもの陽気さを取り戻す。この海底探査に際して、少し冷静な雰囲気になっていたが、それも終わりのようだ。
ふと、陽奈が言った。
「ねえ、リヒトくん、葉月。私たち、遭難してよかったのかもしれないね」
「急にどうした?」
「だってさ。もし普通にゼウス号が着陸していたら、わたしたちどうなっていたかな? 確か、惑星コンスタンティア移住スクールで、最低でも三年の学習が義務づけられていたよね」
「そうだったね」
葉月が小さく頷く。
「そしたらさ、まあ地球と同じく大人に管理された生活、だったわけでしょ。もちろん、それが一概に悪いわけではないけれど・・・・・・でも、今日見たみたいなこんな景色、きっとずっと見られなかったよ。小型潜水艇は、大人たちが使うものとして搭載されていたし、見れたとしたらずっと先。でも遭難したからこの光景に出会えた」
「陽奈・・・・・・」
葉月が後ろから小さく声を漏らした。
「いいと思うぞ、そういうの。遭難したことをプラスに変えられるのは、強さだから」
俺の言葉に、陽奈がにっこりと笑う。
「でしょ!」
「そうだな」
「そうね」
俺と葉月は、陽奈の言葉を肯定する。この星に来なければ、遭難しなければ出会えなかったものがある。それは景色だけじゃない。陽奈や葉月と本気で話すことも、きっとなかった。
「そろそろ、浅瀬を出ます」
ヨルの声に、キャノピーの向こうで碧い世界が割れて、白い光があふれ出した。
浮上して、砂浜に艇を着ける。
ハッチを開けると、潮の香りが濃くて、思わず大きく息を吸い込んでいた。
「ただいま、創星村!」
陽奈が浜に向かって叫ぶ。もちろん、誰もいない。でも、その声はとても晴れやかだった。
「陽奈。村はまだ先だろう」
「あ、そうだったね」
俺たちは道を三人で歩きながら、村に戻る。
「また行きたいね。今度はもっと沖のほうまで」
「ああ。ネプチューンがあれば、この島の周り全部、探索できる」
「海域図ができたら漁場も特定できますし、大陸までの航路調査もいずれは」
ヨルの声も心なしか弾んでいる。
「なあ、ヨル」
「はい?」
「今日の海中データ、あとで俺にも詳しく教えてくれ。農業をする貝とか、体内で藻を育てる甲殻類とか、面白すぎる。なんか、あの構造を活かして、デミで新しいもの作れそうな気がするんだ」
「もちろんです。データを整理して、リヒトさんにもわかりやすくまとめておきますね」
「ちょっと、リヒトくんばっかりずるい。私にも教えてよね」
「陽奈さんにも共有しますよ。葉月さんにも」
「助かるわ。私も、色々とこの星の生態系について興味が出てきたし」
遠くで夕日が海に沈みはじめ、空も海も、すべてが黄金色に染まっていく。
さあ、帰って夕食の準備だ。




