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第15話 海底ドライブ!!


 俺たちを乗せた小型潜水艇・ネプチューンは、最初は砂浜を這うように進み、やがて波打ち際にさしかかる。次の瞬間、視界のすべてが水に包まれた。


「わあ・・・・・・! すごい!」


 陽奈が歓声をあげる。


 コクピットを覆う透明キャノピーのすぐ向こうに、あおい水の層がどこまでも広がっていた。降り注ぐ陽光が、無数の光の筋となって水中でゆらめいている。


「深度三メートル。これより浅瀬の探索航路に入ります」


 ヨルの声が静かに響く。


 ネプチューンはゆるゆると進み、水深五メートルほどの浅い海底をたどりはじめた。どこまでも白い砂地が広がり、ところどころに青や紫のサンゴのような構造物がこんもりと盛り上がっている。そして、あちらこちらでは地球のものとは似ているが微妙に違っている海洋生物が、のんびりと泳いでいる。

 

「あれを見てください」


 ヨルがキャノピーの一部を拡大表示した。岩のくぼみに群生する、蛍光ピンクの小さな花のような生物が見える。


「コラリウム・ルミネセンスです。形態は地球のイソギンチャクに似ていますが、この星独自の生物群『光共生動物門』に属します。触手の先端にある発光器官で、日中はピンクや青緑色、夜間はオレンジ色に光ります。光の波長を変えることで、共生する小さな藻類たちの光合成効率を調節しているんですよ」

「光を自分で変えられるの?」


 陽奈がキャノピーに顔を寄せる。


「はい。さらに面白いのは、その発光パターンで、群体コロニー同士がコミュニケーションを取っている点です。数理モデルで解析すると、この色の点滅は六十四種類もの情報を伝達できる言語体系になっています」

「サンゴが会話してるってこと?」


 陽奈が、驚いて首をかしげる。


「そうです。事前の探査機で、その会話もある程度は解析できています。たとえば今、一番手前の群体が五秒周期で点滅しているのは、おそらく『流れが穏やかで餌が多い』というような意味です。見てください、今度はその情報を受け取った隣の群体コロニーが、違うパターンで応答を返しました。えーと、どうやら『今日はいつもとは違う大型の生物がいるようだ。気をつけろ』と言っているみたいです」


 俺たちは、思わず笑う。どうやら、俺たちのことを認識しているらしい。


 葉月が後部座席から身を乗り出す。


「でも、すごいよね。海の底で、私たちの知らない会話がずっと続いているんだ」

「はい。この惑星の海は、光という言葉であふれているのです」


 ヨルの声が、誇らしげでありながらどこか優しかった。


「光で会話する、か・・・・・・」


 俺が感心していると、その間から、小さな魚の群れがわっと飛び出した。指ほどの長さの、鮮やかな青色をした魚たちだ。群れ全体がひとつの生き物のようにくるくると方向を変え、ネプチューンのキャノピーすれすれをかすめて通り過ぎていく。


「魚! かわいい!」


 陽奈がキャノピーに張りつく。


「ネオンテトラフィッシュですね。鱗に金属光沢があります。群れの動きも、地球の魚より統率が取れています。こちらもまた、何らかの集団知を持っている可能性があり・・・・・・」


 ヨルの解説がどんどんマニアックになっていく。


「集団知って、この小さい魚が?」

「現在までの調査では、そう考えられる可能性が高い、といったところですね」


 ネプチューンはゆるやかに右に舵を切り、水深十メートルほどの岩場へと進路を変えた。


「次のエリアは、この浅瀬で最も多様性の高い生態系が形成されています。左前方の岩盤をご覧ください」


 俺たちは左前方に目を向ける。


 そこには巨大な巻貝がいた。だが、そのスケールは、常識を超えていた。殻の直径は優に一メートルを超え、全体が淡い黄金色に輝いている。よく見ると、殻の表面には細かい螺旋の線が刻まれ、それが呼吸するように、ごくゆっくりと伸縮を繰り返していた。


「『アウレア・スピラ』。この惑星固有の大型腹足類です。殻の直径は最大で一・五メートルに達し、寿命は五百年を超えます」

「五百年・・・・・・!」


 俺たちは思わず声を漏らす。


「はい。この個体は推定三百歳前後。殻の螺旋の数で年齢がわかります。樹木の年輪のようなもので、一つの螺旋が約七年です。ちなみに殻の黄金色は、海水中のミネラル、特にバナジウムを選択的に取り込んで結晶化させているためで、金属光沢の正体は純度の高いバナジウム結晶です」


「すごい・・・・・・きれい・・・・・・」


 陽奈が息を呑む。


「これ、貝だよね? なんでこんなに大きいの?」


 葉月の質問に、ヨルは答える。


「この星の海水中のカルシウム濃度の高さが原因と考えられています。だから地球の貝類より殻の形成速度が速く、寿命も長いのでしょう」


 俺たちは、三百年以上を生きているというその巻き貝にしばし見蕩みとれる。俺よりざっと十世代ほど昔のご先祖様が生きていた時代から、この巻き貝は生きているということか。そのことに、ちょっと畏怖と感動の念を覚えた。


「あ、動いた!」


 貝の口から、にゅるりと軟体部が顔をのぞかせる。それは虹色に輝く外套膜がいとうまくで、その縁には無数のちいさな黒い粒が並んでいた。


「外套膜の縁にあるあの黒い粒は、原始的な眼点です。光の強弱だけでなく、色も識別できるようです」

「貝に目があるなんて・・・・・・」


 葉月が後ろで感嘆する。


「地球のホタテガイにも目はありますよ。でも、これだけ鮮明に色を識別できる種は珍しいですね。おそらく、コラリウム・ルミネセンスの発光パターンを見分けて、共生相手を選んでいるのでしょう」


 ヨルの仮説に、俺たちは黙って聞き入るしかなかった。



 岩場を抜けると、海底は再びなだらかな砂地に変わり、水深も五メートルほどに戻った。

 

 その先には、またしても驚くべき光景が広がっていた。


 海底の砂の上を、数十体もの生き物がゆっくりと隊列をなして歩いている。三つ編みのような細長い脚を三本もち、背中には半透明のドーム状の甲羅を背負っている。


「ヤドカリ・・・・・・じゃないよね?」


 陽奈が首をかしげる。


「はい。あれは『トリケラ・コリコラ』です。分類は甲殻類に近いですが、この惑星独自の『農業性節足動物』というこの惑星特有の新たな分類群に属します。その特徴は、背中の透明ドームです。中に何が入っているか、見えますか?」


 目を凝らしてみると、ドームの中に、緑色の小さな粒がぎっしりと詰まっている。


「あれは・・・・・・藻?」

「はい。彼らは自分たちの甲羅の中で、特定の藻類そうるい――あれはラズルグレナといいます――を培養しているんです。日中はこうして浅瀬を歩き回って光合成させ、夜はその藻を食べて生きています。いわば、体内に農場を持っているんですね」


「自分で育てて、それを食べる、農場を持っている・・・・・・俺たちと同じじゃないか」

「そうですね。リヒトさんたちが創星村そうせいむらでやっていることと、基本は変わりません」


 陽奈がくすっと笑う。


「リヒトくんの仲間だね、ヤドカリさんたち」

「ですがひとつ、人間より優れている点があります」


 ヨルは淡々と説明を続ける。


「甲羅の透明ドームは、藻の光合成効率を最大化するために、入射光の角度に応じて屈折率を変える機能を持っているようです。一種の有機的な光学レンズですね。これは人類の農業技術では、まだ実現できていません」

「まだ、な」


 俺は言った。


「まだできないってことは、いつかできるかもしれないってことだ」

「リヒトさんらしいですね。でもそうです。デミちゃんの力があれば、きっと出来ますよ!」


 ヨルの声が、少しだけ笑ったように聞こえた。


「なあ、この生き物、食べられるのかな」


 思わず口に出してしまう。


「ちょっとリヒトくん、せっかく感動してたのに!」


 陽奈がぷくっとふくれる。


「お腹が空いてる時に無粋なこと言わないでよー」

「でも、実際、食料になるかどうかは大事じゃん」


 俺と陽奈の会話を聞いて、葉月がくすくす笑う。


「現時点ではわかりません。ただ、甲羅の成分はキチン質が主体で、可食部は少なそうです。リヒトさんには当面、リーフレタスで我慢していただきましょう」


「分かった分かった」


 俺は肩をすくめる。まだまだ潜水艇ネプチューンのドライブは続く。


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