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第13話 芽が出たよ!


 バンバンバン、と戸を叩く音で目が覚めた。


「リヒトくん、起きて起きて!」


 陽奈の快活な声がする。俺は「はいはい、ちょっと待っとけ」と返して、ドアを開けて外に出る。


「どうした、陽奈? 今日は随分と早いな」


 まだ朝日が昇り始めたくらいの時間帯だ。


「わたしもさっき目が覚めたんだけれど、二度寝出来なさそうだったから、朝のお散歩していたんだよね。そしたら・・・・・・とにかく、こっちに来て!」


 陽奈は俺の手を引っ張り、駆け出す。

 連れてこられたのは、畑だ。


「ここが、どうかしたのか?」

「ほら、よく見てよ!」

「ん・・・・・・?」


 陽奈が指さす畑のうねを、俺はかがんで目をこらして見る。


 黒い土の表面に、黄緑色の小さな双葉が顔をのぞかせていた。まだ爪の先ほどの、頼りなくて、今にも風に飛ばされそうな芽。でも、間違いなく、生きている。


「これは!・・・・・・リーフレタスの芽か?」

「そうだよ、リヒトくん! 私たちがいた種が、ついに芽吹いたんだよ!」

「こうしてはいられん。陽奈、葉月も呼ぼう」

「了解!」


 ほどなくして葉月が駆け寄ってきて、うねを目にした瞬間、両手で口を押さえた。


「芽が出てる・・・・・・すごい!」

「リーフレタスだ」


 葉月がしゃがみこみ、そっと、本当にそっと双葉に指を近づける。まるで触れるのがもったいないとでも言うような動作だ。


「すごいね。ちゃんと、生きてる」


 葉月の声が、いつもより少しだけ高い。


「種をいたのは五日ほど前でしたから、大体計算通りの発芽です。この星の土壌環境はとても良いですからね」


 ヨルの解説も、どこか誇らしげに聞こえた。


 俺は、うねの前に膝をついた。


 こんなにちいさな芽なのに、目が離せない。


 地球にいたときは、食材店に行けばいつでもレタスが並んでいた。種から野菜が育つことなんて、頭ではわかっていても、実感したことはなかった。


 でも今は違った。


 初めて見つけた水源のときとも、初めてデミで道具を作ったときとも違う、じんわりと熱くなるような感動が、胸の奥に広がっていった。


「・・・・・・俺たち、本当に農業を始めたんだな」


 ぽつりとそう漏らすと、陽奈がとなりでうんうんとうなずいた。


「そうよ。遭難して、わけもわからなくて、どうなるかと思ってたけど。でも私たち、ここでちゃんと生きてるんだね」

「おおげさかな」

「おおげさじゃないよ」


 葉月が立ち上がりながら、口元をほころばせる。


「蒔いた種が芽吹くっていうのは、人間がその土地に根を下ろすってことだよ。だから、私たちにとって、すごく大切な一歩」

「根を下ろす、か」


 葉月の発した言葉を、俺はゆっくりとかみしめる。



 俺たちはしばらくのあいだ、うねに並んだ小さな双葉を飽きずに眺めていた。


一箇所だけじゃない。あっちからもこっちからも、ぽつりぽつりと芽が顔を出している。黄緑色の粒のような双葉が、畝に沿って点々と連なっている。


「あ、こっちのはちょっと大きい」

「本当だ。陽射しの当たり具合かな」

「土壌の性質、日当たり。様々な要因が考えられます。でも、詳しいことはまだ不明です」


 ヨルが感心したような声を出す。


「ヨルちゃんも分かんないことあるんだ?」

「もちろんですよ。この惑星での農業は、人類にとって初めての試みですからね。私からしても、予測出来ない現象がたくさんあります」


 それだけ未知のことを、俺たちは今、手探りで進めているのだ。その事実は、ちょっと誇らしくもあった。


「そういえば」


 陽奈がふと顔を上げる。


「ケレスにもお礼、言わなきゃね」

「たしかに」


 俺たちは畑の隅で待機している万能耕作機械ケレスのもとへ歩いていった。


 ケレスは今朝も早くから、新しい畝を作るための土壌分析をしていたらしい。センサー部のランプが、淡い緑色に点滅している。


「ケレス、ありがとうな」


 俺がボディを軽く叩くと、ケレスは低くブーンとうなった。意思表示なのかどうかはわからないが、陽奈は「どういたしましてって言ってるんだよ」と笑った。


「機械にまで感謝するなんて、おかしい、かな?」


 俺のつぶやきに、葉月が返す。


「いいんだよ。ケレスちゃんがいなかったら、ここまでできなかったでしょ。この子も私たちの立派な仲間だよ」

「そうね・・・・・・みんな、この村の仲間だよ、わたしたち。生物か無生物かなんて、些細な違いに過ぎないよね」


 陽奈が目を細める。


「私ももちろん、村の仲間に入っていますよね!?」

「当然でしょ、ヨルちゃん」

「はあ~、良かったです」


 おおげさに溜め息をつくヨルの仕草に、俺たち三人は笑う。

 

 畑のそばに立ったまま、俺は改めて周囲を見渡した。


 ほんの少し前まで、ここはただの森の中の空き地だった。それが今は、居住棟があり、調理場があり、畑があり、そして芽吹いたばかりの作物がある。


「これから、もっとやっていこう」


 自然と声に出ていた。


「うん!」


 陽奈が即答する。


「もっと畑を広げて、もっと色んなものを作りましょう!」


 ヨルが、元気にそう言う。


「そうだな。このリーフレタス、ゆくゆくはジャガイモやトマトも育つだろう。そのうち米とかも栽培したいな」

「いいね・・・・・・といっても、万能耕作機械のケレスちゃんがやってくれるわけだけれど」

「そりゃま、そうだけれど」

「別に、けなしているわけじゃないわよ? むしろ、褒めているくらい。たとえ機械任せでも、ここまでは出来ないわよ」 


 陽奈がふと、しゃがみこんで双葉を見つめた。


「ねえ、リヒトくん。これ、最初に収穫できたら、どうやって食べる?」

「やっぱりサラダか?」

「それともスープに入れる?」

「どっちもうまそうだな」


 俺の言葉に、葉月がくすりと笑う。


「収穫の日を想像するだけでこんなに楽しいって、なんか不思議。地球じゃ当たり前の野菜も、ここじゃごちそうになるんだね」


 たしかに、不思議な気分だった。


 地球上では、欲しいものはたいていお金で買えた。でも、ここでは違う。食べるものは、自分たちで育てる。住む場所は、自分たちで建てる。必要なものは、自分たちで作る。


 不便だけれど、そのぶん、ひとつひとつがかけがえのないものに思える。


「じゃあ、今日も一日、頑張りますか」


 俺が言うと、陽奈が元気よく立ち上がった。

「おー!」


 葉月も、静かに微笑みながらうなずく。


「でもその前に・・・・・・まずは朝食、だよね」

「あ、そうだね」

「んじゃ、調理場に行くか」


 俺たちは三人連れだって、朝食の準備にとりかかる。


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