第112話 目覚め
治安・消防拠点は、村の中心、居住区と調理場のあいだの空き地に建てた。アルテミス三機が常駐できる格納スペースに、消防用の水槽とホース、それに消火器を完備。資材モジュールに、原材料は豊富にあった。これで、火事や争いごとがあれば、すぐに対応できる。
医療棟の拡張は、凛さんたちの意見を取り入れながら進めた。手術室を一室増設し、隔離病棟も、簡易なものだが二床分確保した。これで、三百人が加わっても、最低限の医療は提供できる。
大食堂は、調理場の隣に建てた。広さは、百人が一度に座れるほど。さすがにスペースの問題で、これ以上の席は確保できなかった。長いテーブルとベンチが並び、奥には配膳用のカウンター。厨房も拡張し、大量の食事を効率よく作れるようにした。
「これで、いつでも迎え入れられるな」
桐生船長が、大食堂の前で、しみじみと言った。
「ああ。じゃあ、そろそろ、目覚めさせましょう」
「まずは、十人ほどですかね」
「ああ。いきなり三百人を起こすと、混乱する。まずは、状況を説明できる人たちに起きてもらって、話を聞く。それから、少しずつ、人数を増やしていこう」
♢
ポッドがずらりと並んでいる。俺は、ヨルの指示で、最初の十基を選んだ。比較的年齢が若く、健康状態の良い人たち。
「では、覚醒シーケンスを開始します」
ヨルの声とともに、ポッドのインジケーターが、点滅から、ゆっくりとした明滅に変わる。白い蒸気が、排気口から漏れ出し、ポッドの蓋が、かすかな音を立てて、開き始めた。
最初のポッドから、一人の女性が、身を起こした。歳は、二十代後半だろうか。短く切った黒髪に、きりっとした目つき。ゼウス号の乗員用の制服を着ている。彼女は、しばらく、ぼんやりと周囲を見渡し、それから、俺たちに気づいた。
「・・・・・・あなたたちは、誰?」
声は、かすれていた。だが、しっかりとした響きがあった。
「大丈夫ですか。ゆっくりで構いません。俺はリヒト。ゼウス号の生存者です」
「生存者・・・・・・?」
「はい。あなたたちは、冬眠ポッドで、この山岳地帯に不時着していました。俺たちが、見つけて、ここまで運びました」
女性は、しばらく、俺の言葉を、頭の中で繰り返しているようだった。それから、隣のポッドを見て、はっとしたように言った。
「他のみんなは」
「まだ眠っています。まずは、あなたたち十人に起きてもらって、状況を説明しようと」
「・・・・・・わかった」
♢
十人は全員、無事に目覚めた。皆、最初は混乱して、少し戸惑っていたが、温かいスープとパンを与えられ、徐々に落ち着きを取り戻していった。
「まず、説明します」
俺は、話しを始める。
「俺たちは、みんなゼウス号の生存者です。ゼウス号は、大気圏突入時に事故で爆散しました。そして、我々乗組員は、ポッドで脱出して、この星に不時着したのです。それから自分たちの力で、この村を作ってきました」
女性が、理解したように、静かにうなずく。
「万能工作機械と、サポートAI、それに、この星の資源を使って、畑を作り、家を建て、水を引き、漁をし、牧場を作りました。今、この村には、約百七十人が暮らしています」
「そんな人数が・・・・・・!」
女性は驚く。
「それで、あなたたちは、この山岳地帯で、冬眠していた。AIが危険を判断して、冬眠したままにしていたようです」
「そうですか・・・・・・よかったです」
女性――早瀬という名前らしい――は、少しだけ、目を潤ませた。
♢
それから俺たちは、これまでのことを、更に詳しく話した。ポッドで目覚めたこと、デミとヨルと出会ったこと、無人島で村を作ったこと、大陸に渡ったこと、他の生存者たちと出会ったこと、海底開発を始めたこと。
十人は、最初は信じられないという顔で聞いていたが、次第にその目が、驚きと、感嘆に変わっていった。
「信じられないわね」
早瀬さんが、何度目かにつぶやく。
「たかが高校生が、そんなことを」
「俺一人じゃないです。仲間がいて、AIがいて、機械がいて。それに、他の生存者たちが、次々と加わってくれたから」
「でも、あなたが、リーダーなんですよね」
別の男性が、尋ねる。歳は、三十歳くらいだろうか。エンジニアの制服を着ている。
「形の上は、ですね。ただ、やることを、やってるだけです」
男性は、少しだけ、笑った。
「俺は、黒田と言います。あの、一つ、聞いてもいいですか」
「なんです?」
「私たちを、受け入れてくれるんですか。三百人も」
「もちろんです。そのために、準備してきました。大食堂も、医療棟も、治安拠点も。まだ、十分とは言えませんが」
「・・・・・・ありがとうございます」
黒田さんは、深く頭を下げた。
早瀬さんが、スープを一口飲んで、それから、顔を上げた。
「リヒトさん。私たちも、働きます。何か、できることを」
「まずは、体を休めてください。それから、ゆっくり、村のことを知ってもらって。仕事は、そのあとでいい」
「でも」
「焦らなくていいんです。ここは、もう、あなたたちの村でもあるんですから」
早瀬さんは、少しだけ、驚いた顔をして、それから、静かに、微笑んだ。
「・・・・・・ええ。そうですね。ありがとう」
その日は、十人を、仮居住棟に案内して、ゆっくり休ませた。明日から少しずつ、目覚めさせる。三百人全員が起きるまで、しばらくかかるだろう。だが、その日々は、きっと、慌ただしくて、それでいて、楽しいものになる。そう思えた。




