第113話 進む覚醒
ポッドの覚醒は、順調に進んだ。
二日目に二十人、三日目に三十人。俺たちは慎重に、しかし着実に、眠っている人々を起こしていった。ヨルが簡単に健康状態を確認し、体力に不安のある人は優先的に、医療棟で検査をする。
しかし、ちょっと問題もあった。目覚めた人たちの中には、混乱する人もいるのだった。
「ここはどこだ!」
「ゼウス号は! ゼウス号はどうなった!」
「俺の家族は! 妻は、娘は、どこにいる!」
口々に叫び、立ち上がり、走り出す者までいた。
そんな人たちのフォローに務めてくれたのは、村人たちだった。
「落ち着いてください。ここは安全です」
大柄な小松さんが、両手を広げて、叫ぶ男の前に立つ。
「ゼウス号は、もうありません。でも、あなたは生きている。それが、何より大事なことだ」
「あんた、誰だ!?」
「俺は、小松と言います。この村で、畑の面倒を見ています。あなたと同じ、ゼウス号の生存者です」
「生存者、だと・・・・・・?」
「ええ。俺も、あなたと同じように、ポッドで目覚めたんですよ。そして、この村に来て、暮らし始めた」
男は、小松さんの落ち着いた声を聞いて、少しだけ、落ち着きを取り戻す。
美玖とゆかりと萌奈は、泣き出したこどもたちのそばに寄り添っている。萌奈が、自分の持っていた小さなぬいぐるみを、泣いている女の子に差し出した。
「これ、あげる。あたしのお気に入りだったんだけど、あなたの方が、今は必要でしょ」
「・・・・・・いいの?」
「うん。あとで、一緒に遊ぼうね」
葉月は、震える女性の肩に、そっと毛布をかけた。
「大丈夫です。ここには、ちゃんと、食べるものも、寝る場所もあります。あなたは、もう、一人じゃない」
「本当ですか?」
「はい、もちろんです」
楓は、端末を片手に、一人ひとりの名前と状態を記録していた。
「あなたは佐藤さん、ですね。体調は、どうですか。何か、痛いところは」
「……頭が、少し」
「わかりました。医療棟に、連絡します。すぐに、凛さんが来てくれます」
陽奈は、大食堂の中央に立ち、声を張り上げる。
「みなさん! まずは、温かいごはんを食べましょう! お腹が空いてちゃ、何も考えられないでしょ! スープも、パンもあります!」
こうした皆の献身的な働きに、人々は、少しずつ、落ち着きを取り戻していった。食べ物の匂いが、混乱した心を、少しだけ、現実に引き戻す。誰かが、スープを一口飲んで、涙を流した。パンをかじって、ほっとした顔をした。
♢
「リヒトさん、東側の居住棟、柱の一本に、ひびが入っています」
ヨルの報告に、俺は、デミを担いで駆けつけた。
「どこだ?」
「こちらです。基礎の部分、地盤が少し沈んだようです」
「わかった。すぐに補強する」
俺は、ひびの入った柱の周りを掘り、新しい石を詰め、モルタルで固める。デミで、補強用の金具を作り、柱に巻きつける。これで、しばらくは持つだろう。
「リヒトさん、西側の居住棟も、屋根のパネルが一枚、緩んでいます」
「あとで、回収して回し直す。他は?」
「食糧庫の在庫確認が、まだです。三百人分の食料を、三食、一週間分。計算上は足りていますが、実際に確認をお願いします」
「わかった。すぐに行く」
食糧庫では葉月が、すでに棚卸しを始めていた。
「リヒトくん、こっち。燻製は、あと二百人分。干物は、百五十人分。ラズルグレナのペーストは、かなり余裕があるよ。でも、やっぱり野菜が足りないわね」
「うーん・・・・・・まだまだ農業は、軌道にのっているとは言い難いからな」
「畑のリーフレタスとかが、あと二日で収穫できるから、それ頼みかな」
「わかった。ポセイドン号に、追加で漁に出てもらう」
「リヒトさん。大食堂の配膳が、追いついていません」
ヨルの声が、また響く。
「調理場の人手が、やはり足りていません。美玖さんたちが、手伝ってくれていますが、一気に人が増えましたからね」
「わかった。俺も、行く」
大食堂の厨房では、陽奈が、汗だくになって、鍋をかき回していた。
「リヒトくん! ちょうどいいところに! この鍋、重くて、持てない!」
「貸せ」
俺は、鍋を受け取り、かき混ぜる。ラズルグレナのスープに、干し魚のほぐし身、それに、乾燥野菜。味見をすると、少し薄い。
「塩を足すか」
「うん。それと、香草も」
「わかった」
俺は、調味料を足し、味を調える。陽奈が、隣で、パンを焼き始める。美玖とゆかりと萌奈が、子供たちに、スープを配っている。
「ほら、熱いから、気をつけて」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「どういたしまして」
気がつくと、外は、もう暗くなっていた。俺は、厨房の隅に座り込み、大きく息を吐いた。体中が、疲れている。だが、大食堂からは、人々の期待に満ちた空気が感じられる。混乱していた人たちが、今は、誰かと話し、笑っている。
「リヒトさん」
ヨルが、静かに言う。
「お疲れさまです。本日、覚醒したのは、五十人。累計で、百二十人が目覚めました。残りは、百八十人です」
「あと、三日ってところかな」
「そんなところですね。百二十人分の食料と水は、なんとか確保できました。明日も、同じペースで進められます」
「そうか。・・・・・・ありがとう、ヨル。お前が、ちゃんと調整してくれたから、ここまで来られた」
「私は、データを整理しただけです。実際に動いたのは、皆さんです」
「でも、お前がいなかったら、俺たちは、とっくに詰んでたよ」
「・・・・・・ありがとうございます」
俺は、立ち上がった。まだ、やることはある。水の残量確認もしなきゃだし、明日の覚醒スケジュールの確認。でも、その前に。
「ちょっと、外の空気を吸ってくる」
「はい。ごゆっくり」
大食堂の外に出ると、夜風が、心地よかった。星が、よく見える。台地の向こうに、まだ眠っているポッドの列がある。あと百八十人。彼らを起こしたら、この村は、四百人を超える。もう、村じゃない。小さな町だ。いや、もしかしたら、もっと大きなものになるかもしれない。
「銀河帝国、か」
もちろん、そんなのはただの夢物語だ。そもそも、町とすら今は呼べるかどうかなのだし。でも、もっと発展していくぞという決意だけは、胸の奥で静かに燃えていた。
俺は、大きく伸びをして、大食堂へ戻った。まだ、仕事は残っている。でも、その先に、みんなの笑顔がある。そう思うと、疲れも少しだけ、軽くなる気がした。




