第109話 山岳地帯へ
いつものように午前中の作業を終え、昼食を食べた昼過ぎに、ヨルから唐突に連絡が入った。
「リヒトさん、アルゴスからの映像です。見てください」
端末に映し出されたのは、山岳地帯の険しい斜面だった。切り立った岩壁と、深い谷。その中腹に、銀灰色の巨大な構造物が、斜めに突き刺さるように横たわっていた。
「これは・・・・・・ゼウス号の新たなモジュールか」
「はい。外壁のマークから、ゼウス号の居住区画の一つであることが確認できます」
「中は?」
「アルゴスの熱源スキャンによれば、内部に約三百の生命反応があります。すべて、冬眠ポッド内です。モジュール自体の損傷は少なく、生命維持装置も、稼働しているようです」
「なんと・・・・・・」
俺は、思わず声を上げた。
「はい。しかも、このモジュールのAIが、不時着後すぐに、全乗員を冬眠させたままにする判断をしたようです。外部環境が危険すぎると判断したのでしょう。そのおかげで、乗員たちは、今も生きています」
「よくやったな、そのAIは」
「ええ。ですが、問題があります」
ヨルは、映像を切り替えた。モジュールの周囲の地形が、立体的に表示される。
「この場所は、標高が高く、地盤が不安定です。アルゴスの観測では、この一帯で、地滑りの痕跡がいくつも確認されています。このまま放置すれば、近いうちに、モジュールごと谷底へ落ちる可能性があります」
「それは、まずいな」
「はい。乗員の皆さんを起こす前に、まず、モジュールを安全な場所へ移動させる必要があります。あるいは、乗員だけでも、先に救出する必要があります」
俺は、すぐに皆を集めた。
調理場に、陽奈、葉月、楓、雫、それに桐生船長と大隅博士が集まった。ホログラムの地図を囲み、山岳地帯のモジュールを眺める。
「三百人か。一気に、村の人口が倍になるな」
桐生船長が、腕を組む。
「だが、まずは、どうやって、あそこから運び出すかだ」
「モジュールごと、動かせないのかな」
陽奈が尋ねる。
「無理だな。重量は、おそらく百トン以上。デミの重力制御でも、あの斜面では、バランスが取れない。それに、モジュール自体が、岩にめり込んでいる。引き剥がすだけで、崩落の危険がある」
桐生船長が険しい顔で言う。
「なあ、ヨル。巨大なヘリコプターを作って、モジュールごと引っ張って運べないか?」
「リヒトさん、申し訳ありませんが、それほど大きな機体は、まだ作れません。百トン以上を吊り上げるローターとフレーム、それにそれを動かすエンジンとなると、現在の資材と技術では到底及びません」
「じゃあさ、まずは乗員の安全が第一だから、ポッドを一つずつ、出していくってのはどう」
葉月が提案する。
「それが、現実的だろうな。だけれどポッドは、一つあたり、成人一人分の質量がある。デミで一度に運べるのは、せいぜい十基ほどだ。三百人なら、三十回の往復が必要になる」
「しかも、あの斜面よね。ヘルメスで近づくのも、危険な場所がある。ポッドを運ぶとなれば、なおさら」
雫が、静かに言う。
「何か、もっと効率的な方法はないか」
俺が、皆に問いかける。
しばらく、沈黙が流れた。やがて、大隅博士が、口を開いた。
「一つ、提案があります。まず、モジュールを、安定した岩盤の上に固定する。デミで、斜面にアンカーを打ち込み、ワイヤーでモジュールを支える。それから、ポッドを安全な場所まで運び出す。モジュールの中が空になったら、モジュール自体を分解して、運び出す。もともとモジュールは、いくつかの区画に分かれています。デミで切断し、パーツごとに運べばいい。大きさも、重量も、ばらせば、問題ありません」
「なるほど」
俺は、うなずいた。
「まず、モジュールを固定する。それから、ポッドを運ぶ。最後に、モジュールを分解して運ぶ。段階を踏めば、安全にできるな」
「賛成です」
ヨルが言う。
「まず、私とアルテミスで、斜面の安定化と、モジュールの固定を行います。それから、ポッドの搬送です。デミの重力制御で、十基ずつ、麓の安全な場所まで運びます。全員を運び終えたら、モジュールを分解しましょう」
「わかった。じゃあ、すぐに準備を始めよう」
「はい。ではまず、現地の偵察と、ルートの選定からです」
俺たちは偵察隊を編成して、ヘルメスで飛び立つ俺、桐生船長、大隅博士、それにアルテミス三機。麓までのルートを確認する。
山岳地帯は、思ったより険しかった。谷は深く、風は強く、岩は脆い。まずはアルテミスたちが降り立ち、歩いて安全なルートを探る。
「ここだ」
桐生船長が、谷の底に広がる、平らな台地を指さした。
「ここなら、麓からも近いし、地盤も安定している」
「はい。そこから、モジュールまで、ワイヤーを張ります」
「よし、決まりだ」
俺たちはその日のうちに、麓の台地に仮設のベースキャンプを設営した。アルテミスたちが、周囲の安全を確認し、デミを設置するための基礎を固める。
「リヒトさん、準備が整いました。モジュールの固定作業に入ります」
「ああ。頼む」
「はい。必ず、三百人を、無事に救出しまししょう」
俺は、山の上を見上げた。険しい斜面の向こうに、モジュールは静かにたたずんでいる。三百人が、まだ眠っている。必ず、迎えに行く。そう決意して俺は、静かに作業を開始する。




