第108話 命名!
「リヒトさん、おはようございます。少し、お時間をいただけますか」
微生物解析が終わった翌朝、俺が畑の見回りに出ようとしたところで、ヨルに呼び止められた。
「どうした、朝から改まって」
「昨日発見した微生物に、名前をつけました」
「へえ、どんなものだ」
「正式名称マグネトフォルス・コンスタンティアエ。ラテン語で『磁気を運ぶ者』という意味です。通称は、マグネトフォルス。あるいは、短くマグネトと呼んでもいいかもしれません。まあ、まだ私がつけた仮称に過ぎませんが、ひとまずこう呼んでおきましょう」
「マグネトフォルス、か。長いな」
「分類学的には、どうしても長い名前がふさわしいと思いますよ」
「分かった。でも、それだけじゃないんだろ。わざわざ呼び止めた理由は」
それだけなら、こんな改まった感じに話す奴じゃない。それくらいは、ヨルのことを知っている。
「さすがです。実は、このマグネトフォルス、非常に面白い可能性を秘めているのです。まだ机上の空論ですが、いくつか聞いていただけますか」
「もちろんだ」
俺は、畑に行くのをひとまずやめて、近くのベンチに腰を下ろす。朝の光が、村をゆっくりと照らし始めている。
「まず、彼らは磁場をエネルギー源としています。これは裏を返せば、磁場を制御する能力を持っている、ということです」
「そうなるのかな」
「はい。彼らはコロニー全体で、周囲の磁場を能動的に制御していると考えられます。この能力を応用すれば、色々なものが作れます。リヒトさん、端末を立ち上げてもらってよろしいですか」
おとなしくヨルに言われた通りにする。端末が三次元の図面を展開する。
「一つ、磁場レンズ。マグネトフォルスのコロニーを薄い層状に配置し、磁場を任意の方向に曲げるレンズです。これがあれば、磁場を一点に集めたり、逆に、広げたりできます。この基本原理を応用すれば、通信および探査装置の精度が、格段に上がるでしょう」
なるほどね。つまり、マグネトの科学的特性を、工学的に応用する、ということか。
「次に、磁場シールド。マグネトフォルスの層で覆うことで、外部からの磁場や電磁波を遮断するバリアを作れます。これがあれば、電磁ノイズの多い場所でも、精密機器を守れます」
「あの黒い石の周りでも、活動できるようになるな」
「はい。それから、磁気推進装置。マグネトフォルスのコロニーを、船底や機体の下面に配置し、磁場を発生させることで、推力を得る装置です。プロペラもジェットも不要で、静かに、高速で移動できます」
「それって、ひょっとして大型飛行機とか、あるいは宇宙船とかにも使えるのか」
「理論上はです。ただし、実用化にはまだまだ様々な壁があります。まずはマグネトフォルスの大量培養が必要です。しかし、あの協力な磁場を封じ込めるための容器をどうするか。仮にマグネトの培養に成功したとしても、それを応用して本当に飛行機や宇宙船が飛ぶのか。多くの試験も必要となるでしょう」
「なるほどね。他にも何かあるのか?」
「そうですね。他にはたとえば、磁気記憶装置。マグネトフォルスのコロニーは、磁場のパターンを記憶する能力を持っていると考えられます。これを利用すれば、超高密度の情報記憶装置が作れるかもしれません。より多くのデータを、小さなスペースに保存できます」
「それは、ヨルや、他のAIにも使えるのか」
「はい。私自身の記憶容量を、大幅に拡張できます。あるいは、新しいAIを、もっと小さな筐体で作れるようになるかもしれません」
「へえ・・・・・・」
「それと、磁気医療。マグネトフォルスの磁場制御能力を応用すれば、体内の磁場を操作して、特定の細胞や組織に働きかける治療装置が作れます。理論上は、ガンの治療や、組織の再生促進にも使える可能性があります」
「すごいな・・・・・・可能性は無限大だな。ラズルグレナ級の発見かもな」
「ええ。ただし、これらはすべて、まだ机上の空論です。マグネトフォルスを、安定的に、大量に培養する方法、そして彼らを制御するための装置、いずれもまだ青写真すらありません」
「でも、可能性はあるんだな」
「はい。それにですね」
ヨルは、少しだけ、声の調子を変えた。
「もし、このマグネトフォルスが、かつての高度な文明によって作られたものなら、彼らの技術の一部を、我々が再発見できるかもしれません。そうすれば、私たちの大きな飛躍になります」
ヨルは、そこで一呼吸置く。
「リヒトさん」
「なんだ」
「ワクワクしますね」
ヨルが、そう言った。AIがワクワクするというその表現は、ちょっとおかしかったが、でも、とても自然なものに聞こえた。
「ああ。ワクワクするな」と俺は返す。
「まだ、材料も、設備も、知識も、何もかも足りません。ですが、いつかきっと可能になりますよ」
「そのためには、まず、あの黒い石をもっと調べないといけないな」
「はい。それから、やはりゼウス号の残りのモジュールの探索ですね。人も必要になってくるでしょうからね」
「道は、長いな」
「ええ。ですが、リヒトさんとなら、楽しい道のりですよ」
「・・・・・・ありがとう、ヨル」
「どういたしまして」
俺は、ベンチから立ち上がった。朝の光が、すっかり村を包んでいる。
「よし、今日も、やるか」
「はい。まずは、畑の見回りからですね」
「ああ。あの黒い石――マグネトについては、ぼちぼち考えていこう。焦らず、一歩ずつな」
「はいです」
俺は、畑へと歩き出す。




