第107話 想像を超える
黒い岩の群れを、俺たちは慎重に観察する。 一見すると、ゴツゴツとしたただの岩塊だ。しかし、どこかそれは、これまで見たことのないような不思議な雰囲気を放っていた。
「リヒトさん。これ以上近づくのは危険です。磁場が強すぎます」
「了解。じゃあ、離れた場所から、サンプルを採取しよう。少量のサンプルなら、大丈夫だよな」
「はい。でもくれぐれも慎重にです」
俺は、ネレウス用の小型採取アームを改造した、簡易のサンプラーを取り出した。柄の長い、金属の棒の先に、小さな把持部がついている。これなら、直接触れずに、岩の破片をつまみ上げられる。
「リヒトくん、気をつけて」
「ああ」
円形の空き地の縁から、慎重に棒を伸ばした。黒い岩の一つに、そっと先端を当てる。小さな破片が、ぽろりと落ちる。それを、採集容器に収める。
「採取、完了。これくらいなら、影響は少ないはずだ」
「はい。その質量だと、磁場の発生まではいかないでしょう」
「よし、戻るぞ。これ以上の調査をしたいなら、ちゃんとした装備と分析機器を持って、また改めて来よう」
俺たちは、来た道を引き返す。ヘルメスで空へと舞い上がる。円形の空き地が、遠ざかっていく。ふと振り返ると、灰色の雲の渦は、まだそこにあった。
俺たちは、煌星村へと帰途につく。
♢
夜。調理場で片付けをしていると、大隅博士を先頭に、三人の研究員がやってきた。手には端末と、いくつかの分析機器。昼に採取した黒い岩のサンプルを渡していたのだが、もう分析結果が出たのだろうか。
「リヒトさん。結果が出ました」
大隅博士が、椅子に座るなり、真剣な顔で言った。心ならずも動揺している声だった。
「結論から申し上げます。あれは、岩ではありません。生物です」
「・・・・・・生物?」
陽奈が、声を漏らす。
「はい。正確には、生物の群体です。一個の生命体ではなく、無数の微生物が集まり、巨大なコロニーを形成しています。その外見が、岩のように見えるだけです」
「続けてください」
「はい。しかも、です。その微生物は、我々が知るどの生物とも、根本的に異なる代謝機構を持っています。彼らは、磁場をエネルギー源としています」
「博士。俺は科学には疎いのですが、そもそも磁場をエネルギーにできるのですか?」
「はい。彼らの体内には、微細な磁鉄鉱の結晶が、鎖状に連なっています。これは、地球の走磁性細菌にも見られる構造ですが、この生物の場合、その鎖が、単なる方位磁針ではなく、エネルギー変換装置として機能しています」
博士は、端末のホログラムを操作した。微生物の内部構造が、立体的に表示される。
「見てください。この鎖状の磁鉄鉱が、外部磁場の変動を捉え、その機械的エネルギーを、化学エネルギーに変換しています。具体的には、磁場の変動によって鎖がわずかに振動し、その振動が、細胞膜のイオンチャネルを開閉させます。その結果、水素イオンの濃度勾配が生じ、ATP合成酵素が働いて、エネルギーが生産されるのです」
博士が、段々と早口になっている。その様子から、どれほど驚くべき発見なのかがうかがい知れた。
「地球の生物では、考えられない代謝です。まさか、こんな生物がいるとは・・・・・・」
「大隈博士。そんな生物が、自然に発生するんでしょうか」
雫が、静かに尋ねる。
「それは・・・・・・わかりません。この代謝機構は、あまりにも合理的ですが、あまりにも複雑です。磁鉄鉱の鎖を、エネルギー変換装置として使うには、いくつもの酵素と、精密な細胞構造が必要です。それが偶然に、自然に発生するとは、考えにくい。しかし、それをいえば生命の基となるタンパク質の発生からして、とてつもない確率の低さですし・・・・・・」
博士を言葉を紡ぎながら、考えをまとめていく。
「では、この生物はどうやって生まれたのでしょう」
「二つの可能性が、考えられます」
博士は、人差し指を立てた。
「一つは、この生物が、どこか別の惑星から隕石に乗って、この星に飛来した可能性です。惑星コンスタンティア、あるいは地球とは似ても似つかぬ星で進化して、それが偶然隕石に乗って飛来。そしてこの星の磁場の強い場所に定着し、独自に進化した」
「もう一つは」
「この星にかつて、我々の知らない高度な文明が存在し、この生物を人工的に作り出した可能性です」
「なんと・・・・・・やはり、そういう考えも」
「はい。この生物のコロニーは、単に磁場を栄養源としているだけではありません。周囲の磁場を、能動的に制御している可能性すらあります。つまり、彼らは、自分たちの生活環境を、自分たちで整えている。これは、知性とまでは言えませんが、それに近しいものです。果たしてそんな生物が、自然に発生するのか。いえ、確かに自然界には、驚くほど合理的な現象が多数あるので、早急に結論を出すわけにはいきませんが・・・・・・」
♢
その夜、俺たちは、何度も繰り返し議論した。
「自然発生か、それとも、誰かが作ったのか」
桐生船長が、腕を組む。
「どちらにしても、この星には、我々の知らない歴史がある。それは、確かだ」
「もし、人工的に作られたのなら、その文明は、どこへ行ったんでしょう」
早見航海士が、静かに言う。
「ゼウス号の事前調査でも、この星に、知的生命体の痕跡は、見つかっていません」
「地下かもな」
俺が言うと、皆が、こちらを見た。
「前に冗談で、地下に文明があるかも、なんて言った。でも、あながち、冗談じゃないかもしれない。この星の地下深くに、かつて、誰かが住んでいた。そして、地上に、この生物を残して、いなくなった。あるいは、滅びた」
「私たちも、いつか、この星を離れるかもしれないのかな。あるいは、滅びるかもしれない。そのとき、私たちが残したものが、未来の誰かに、『人工的だ』って言われるかもしれない」
不意に、楓がそうつぶやいた。
「そうだな。でも、それは、悪いことじゃないだろう」
「え?」
「俺たちが、この星に、何かを残す。それは俺たちがここで生きていた証だ。もし、遠い未来の誰かが、俺たちの痕跡を見つけて、『これは自然じゃない』って言うなら、それでいいじゃんかよ。俺たちは、確かに、ここにいたんだから」
陽奈が、うなずく。
「うん。そうだよ。私たちは、ここで、ちゃんと生きてる。それで、いいんだよ」
「だがいずれにせよ、あの黒い石のことはもっと調べよう」
雫が、少しだけ笑った。
「リヒトくんらしいね」
「そうか?」
「うん。いつも、そうやって、前を向く。だから、私たちも、ついていけるのよ」
「・・・・・・ありがとう」
窓の外の夜空には、星がいつも通り、静かに輝いている。この広い宇宙には、想像もつかないような生命がいる。それは、ワクワクするような高揚感と共に、ちょっとした畏怖の感情を心の内に湧かせてきた。
「リヒトくん。ひょっとしたら、人類のファーストコンタクトになるかもしれないし、頑張ろうね!」
陽奈がそう元気づけてくる。俺は静かにうなずく。




