第106話 未知への調査
午前中、俺は格納庫の端末を開いて、アルゴスが収集したデータを整理していた。飛行ドローン・アルゴスが大陸のあちこちを飛び回り、地形、水系、植生、熱源、その他様々なデータを送り続けてきたが、それも結構な量になってきた。
「大陸の地図も、まあまあ埋まってきたな」
「はい。ですが、まだまだ空白は多くあります」
ヨルが、ホログラムの大陸地図を表示する。青、緑、茶、白。色分けされた地形の上に、灰色の領域が、いくつか残っている。
「この灰色の部分は?」
「未調査、またはデータが不十分な地域です。アルゴスの飛行ルートから外れているか、何らかの理由で接近できなかった場所です」
「接近できない? そんな場所があるのか」
「はい。一例をあげますと、ここからそう遠くないこの場所とかですね」
ヨルは、地図の南西の端を拡大する。そこには、ぽっかりと、大きな灰色の空白があった。
「ここです。大陸の南西端。海岸線から内陸にかけて、約十キロ四方。この一帯は、アルゴスがまったくデータを取れていません」
「なぜだ?」
「原因は不明です。ドローンを投入しましたが、途中で通信が途絶しました」
「通信が途絶? 故障か?」
「いいえ。その後、ドローンは自立飛行モードになり、なんとか該当地域を脱出。それからはいつものように私のコントロールで、無事に帰還しました。機体検査をしてみましたが、異常は見受けられませんでした。おそらく、この地域に、電磁的な異常があるものと思われます」
俺は、その灰色の空白を、じっと見つめた。地図の上では、ただの空白だ。だが現地には、何かがあのだろう。電磁ノイズ。通信障害。未知の何か。
「気になるな」
「はい。私も同じ気持ちです」
「行ってみよう」
「行くの、ですか?」
ヨルがためらいがちな口調になる。
「ああ。ドローンがだめなら、人が行くしかない。ヘルメスなら、ある程度の電磁ノイズには耐えられるんじゃないか」
「・・・・・・わかりました。ですが、十分気をつけてください」
「わかってる。陽奈と葉月を呼ぼう。それと、桐生船長にも相談かな」
♢
昼、俺たちは格納庫の前に集まった。俺、陽奈、葉月、それに桐生船長。事情を説明すると、三人とも俺に同行してくれると言ってくれた。
ヘルメスを四機、準備する。
「南西の空白地帯、か」
桐生船長が、地図を確認しながら言う。
「何か、心当たりが?」
俺の質問に、船長は少し考えてから、続けた。
「いや。ただ・・・・・・ゼウス号の事前調査では、この星の南西地域は、地質学的に珍しい場所だと聞いた記憶がある。磁場の乱れが、他の地域より強い。それが、通信障害の原因かもしれない」
「行ってみれば、わかるさ」
俺は、ヘルメスを装備する。
「準備はいいか?」
「いつでも」
陽奈が、元気よく答える。葉月も、うなずく。桐生船長は、少しだけ緊張した面持ちで、ヘルメスを背負った。
「行き先は、南西。距離は約四十キロ。一時間ほどです。途中、電磁ノイズが強まる可能性があります。編隊を崩さず、互いに見失わないようにしてくだささい。安全対策には万全を期していますが、何が起こるかは分かりません。みなさん、くれぐれも気をつけて」
「了解」
「それでは皆さん、ついてきてください」
俺は、先頭で飛び立った。四機のヘルメスが、空へと舞い上がる。風は穏やかで、午後の日差しが、草原を黄金色に染めている。
♢
最初の三十分は、順調だった。草原を抜け、森を越え、なだらかな丘陵をいくつも飛び越える。アルゴスのデータがある地域は、地形がよくわかる。だが、灰色の空白地帯に近づくにつれて、景色が、少しずつ変わってきた。
「リヒトくん、なんか、空気が違う」
陽奈の言葉に、俺はうなずく。
「ああ。なんか、重くなった感じがする」
「磁場の影響かもしれません。ヘルメスの計器に、わずかな乱れが出ています」
ヨルの声が、少しだけ、緊張を帯びる。
さらに進むと、前方の空に、奇妙な雲が見えてきた。低く垂れ込めた、灰色の雲。だが、雨雲ではない。形が、妙に整っている。渦を巻いているようにも見える。
「あれは・・・・・・」
「わかりません。ですが、あの雲の下に、何かがあります」
俺は、高度を少し下げた。雲の下に、大地が見えてくる。緑の森、茶色の岩場、そして、その中心に。
「なんだ、あれは」
思わず、声が出た。
森の中に、ぽっかりと、円形の空き地が広がっていた。直径は、百メートルほど。その中心に、黒い岩が、いくつも積み重なっている。まるで、古代の遺跡のように。そして、その周囲には、不自然なほど、木が生えていない。草も、ない。ただ、黒い岩と、灰色の地面だけ。
「磁場の異常は、この場所から発生しています」
「あの岩が、原因か?」
「可能性が高いです。あの岩は、強磁性体の鉱物でできています。おそらく、隕石か、あるいは、地殻深くから噴出したものか」
「隕石・・・・・・」
桐生船長が、つぶやく。
俺たちは、円形の空き地の外側に、ヘルメスを着陸させた。地面に降りると、空気が、ひんやりとしていた。そして、静かだ。鳥の声も虫の声もしない。風が、黒い岩の間から低く唸っている。
「近づいてみよう」
「リヒトくん、大丈夫?」
「ああ。計器を確認しながら、ゆっくりと」
俺たちは、その黒い岩の群れに、一歩一歩近づいていく。




