第104話 教育
その話は、夕食後にのんびりしているときに持ち上がった。
小松さんをはじめとした数人の大人たちが、俺たちのテーブルにやってきた。少し改まった様子だった。
「リヒトさん。ちょっと、相談があるんだが」
「なんだ、改まって」
「あのな。村のこどもたちのことなんだ」
小松さんは、湯呑みを両手で包みながら、ゆっくりと言った。
「今、この村には、十歳以下のこどもが十人くらいいる。みんな、元気で、それはいいんだが・・・・・・そろそろ、彼ら彼女らの教育を考えないといけないと思ってな」
他の大人が、続ける。
「今は、大人の仕事を手伝ったり、勝手に遊んでたりしているだけだからな。それはそれで、悪くはないのだが・・・・・・。しかし、基本的な字の読み書き、四則演算といった計算は、やはり必要だろう」
再び、小松さんが口を開く。
「この星でこれから先、俺たちは色々なことをしていかないといけない。なんたって、ゼロから文明を発展させようとしているんだからな。だからせめて、読み書きと算数は必須だろう。それに、欲をいえばもっとその先の高等教育も受けて欲しい」
「なるほど」
俺は、腕を組んだ。
「教育が必要、てことですね」
「そうだ。ちゃんと、学ぶ時間を作ってやりたい。といっても、俺たち大人はなかなか手が回っていないのが現状でな。リヒトさんたちなら、うまくやってくれるんじゃないかと・・・・・・すまないな。よく考えたら、リヒトさんたちもまだこどもと言っても良い年齢なのにな」
「いいですよ。ちょっと考えてみましょう」
♢
その夜、俺は陽奈、葉月、楓、雫の五人で集まった。煌星村の調理場の一角で、テーブルを囲む。
「こどもたちの教育、ね」
葉月が、腕を組む。
「たしかに、そろそろ必要かも。この前、美玖たちが、こどもに文字を教えてるのを見たけわね」
「基本的な学習範囲なら、私のデータベースで十分対応できます」
ヨルが言う。
「読み書き、算数、基礎科学、あと歴史も少々。地球の教育課程に準じた内容なら、大体は保持しています。わたしが教えるのは、理論上は可能ですが・・・・・・」
ヨルは一呼吸いれる。
「やはり、生身の人間が教えた方が、良いと思います。特に、こどもたちにとっては。わたしのようなAIの声だけでは、学ぶ意欲、学習効率、好奇心の育ち方が違います」
「そうだな。俺も、そう思う」
「私も」
陽奈が手を挙げる。
「ヨルちゃんの知識はすごいけれど、先生は、やっぱり、生身の人間の方がいいよ」
「なら、誰が教える?」
俺は周囲を見回す。
楓が、少しだけ迷ってから、口を開いた。
「私・・・・・・やってみたい」
「楓ちゃん」
「うん。本を読むのは好きだし、教えるのも、向いてるかもしれない。それに、記録を取ることも、役に立つと思う。こどもたちが、何を学んで、何に興味を持ったか、ちゃんと残せるはず」
「私も、やるわよ」
雫が、手を挙げる。
「ヨルちゃんのサポートも入るでしょうし、読み書き計算、それから海や空のこと、こどもたちに教えたいことは沢山あるからね」
「二人がやってくれるなら、心強いな」
俺は、うなずいた。
「十人くらいなら、二人で十分だろう。まずは、基本の読み書きと算数。それから、この星の自然や、俺たちの暮らしについても、少しずつ」
「了解」
「任せて」
「私も、たまに手伝うよ」
陽奈が言い、葉月もうなずく。
「ではリヒトさん。それにはまず、校舎が必要ですね」
ヨルが、静かに言った。
「ああ。まずは小さな小屋でいい。十人くらいが座れて、黒板があって。窓から光が入るような」
「それでは、早速設計します」
♢
翌朝、俺はデミを担いで、村の中央、調理場と居住棟のあいだの空き地に立った。ここが、ちょうどいいだろう。
まずは、基礎から。石を組み、地面を固める。その上に、木の床を張る。壁は、いつものごとく木材と合金パネルの組み合わせ。窓は南向きに大きく取り、光がたっぷり入るようにしよう。屋根は透明パネルと合金フレームで。
「リヒトくん、手伝うよ」
陽奈が、板材を運んでくる。
「ありがとう。じゃあ、壁のパネルの材料もお願いだ」
「了解」
そうして俺たちが建設作業にいそしんでいると、こどもたちが興味津々で、近付いてくる。
「なに作ってるの?」
七歳くらいの一人の女の子が、尋ねてくる。
「学校だ」
「がっこう?」
「ああ。みんなで、勉強する場所」
「べんきょう・・・・・・」
女の子は、少しだけ、嫌そうな顔をした。ひょっとして、地球でのことを思い出したのかもしれない。それでも、新しい建物には興味があるらしく、じっと見つめている。
「勉強だけじゃないぞ。本を読んだり、絵を描いたり、外で自然のことを調べたり。そういうのもすべて含めて、学びなんだから」
「ほんと?」
「ああ。だから、楽しみにしててくれ」
「うん!」
女の子は、笑って、友達のところへ走っていった。
♢
昼過ぎには、校舎の骨格が完成した。小さな小屋だが、しっかりしている。床は板張りで、つるつるに磨いた。壁は、断熱材を挟んで冬でも暖かくする。窓からは、草原と、遠くの山が見える。
「黒板は、どうする?」
「デミで作ります。石板を薄く削って、枠をつけます」
「頼む」
デミで、黒板を作る。チョークも、石灰を固めて作った。本棚は、楓の希望で、壁一面に設置する。まだ本はほとんどないが、これから、少しずつ増やしていけばいい。
「椅子と机も用意しなきゃね」
「ああ。予備も含めてひとまず十五人分あればいいかな。あと、先生用の机と椅子」
「それと、教室の後ろに、小さな図書コーナー。座って本を読めるように」
「了解だ」
楓の要望も受け入れる。
夕方までに、机と椅子が揃い、校舎は完成した。教室の中は、木の香りがして、とても落ち着く。窓から差し込む夕日が、床に長い影を落としている。
「いい教室だな」
「うん。私も、ここで勉強したかったかも」
陽奈が、椅子に座って、にこにこしている。
「楓さん、雫さん。明日から、お願いします。わたしも全力でサポート致しますので」
ヨルが言う。
「はい」
「任せてください」
楓は、黒板の前に立って、少しだけ、照れたように笑った。雫は、椅子と机を配置しながら、静かにうなずいた。
「リヒトくん」
陽奈が、俺を呼ぶ。
「こどもたち、喜ぶかな」
「喜ぶさ。勉強は面倒かもしれないけど、ここなら、楽しいと思う」
「そうだね。だって、私たちが、そうだったもん」
「ああ。この星で、いろんなことを学んできた。それを、こどもたちにも伝えたい」
「うん。伝えよう」
明日から、この小さな小屋で、新しい何かが始まる。それはきっと、この星の未来につながる、大切な一歩だ。




