-episode2-
魔物は、イノシシに似ていた。
似ているだけで、同じではない。
魔素で形を保った塊が、
地面を抉りながら進んでいる。
狙いは俺じゃない。
背後の人間の塊だ。
正面から受ける選択肢は、最初からない。
あれに触れた時点で、終わる。
「風、半拍」
踏み込みと同時に、空気を叩きつける。
表皮が揺れ、毛並みのようなものが乱れた。
その瞬間、
魔物の進路が、わずかに歪む。
風に含まれた魔素を感知したのだろう。
次の瞬間、
その視線が、こちらに向いた。
進路を捨て、
俺を障害物として選んだ。
……来る。
魔物は迷わない。
重たい身体をひねり、一直線に突っ込んでくる。
俺は半歩、横に流れた。
その瞬間、地面が爆ぜる。
突進が通った跡が、
溝のように抉れていた。
半歩遅ければ、鋤骨が砕けていた。
背中に、冷たいものが走る。
余裕はある。
だが、安全ではない。
魔物が身体をひねる。
曲がりは遅いが、重さが違う。
俺は踏み込み、内側に潜り込む。
刃を振るう。
当たった感触は、軽い。
肉でも骨でもない。
削れた部分が歪み、元に戻ろうとする。
――深く入れない。
倒せる。
判断は早い。
油断ではない。
「風、連続」
短く、細かく。
刃に沿わせるように風を走らせる。
狙うのは中心。
魔素の流れが、一番歪む場所。
剣を突き立てる。
抵抗は一瞬だった。
押し切る。
魔物の動きが、乱れる。
その隙に、横から叩き斬る。
形が崩れ、
身体が裂け、
魔素が霧のように散った。
魔物は声を上げない。
それでも前に進もうとして――
そこで、崩れた。
地面に残ったのは、
抉れた跡と、焦げた土だけだ。
俺はすぐに剣を構え直す。
呼吸を整える。
……一体だけ。
背後で、誰かが息を吐いた。
振り返ると、
転んでいた老人が、膝を押さえている。
血は出ているが、生きている。
紙一重だった。
俺は剣を下ろす。
誰も見ていないのを確かめて、
一度だけ、息を吐く。
――僕は、遅れた。
本来なら、
誰一人、あそこまで近づけさせないはずなのに。




