56話 杏が情緒不安定な様です【湊視点】
注文も終わり、頼んだ料理が運ばれてくるまで談笑しようと考えていたのだが…とてもそんな雰囲気ではない。
理由は…僕の横に座っている杏が親の仇を見るような目で大澤君を睨みつけているからなんだけど。
この空気は流石に居た堪れないので、それとなく話題を逸す事にしたいが、こういう時に限って話題は思いつかない。
僕が1人で頭を抱えていると思わぬ所から助け船を出された。
「そういえば、結局兄さんはその格好で今後も過ごすの?」
「ああ…一応そういう事で話がついてるからな」
「2人がそれで納得してるなら構わないけど…」
そう言いながら杏をちらりと見る音羽。その目には少しの呆れが含まれている様な気もするが、触れずにおこう。
ん?ちょっと待った!!今、『兄さん』って呼ばれたよな?あまりに自然に言われたものだからスルーしてしまいそうになったが、今まで音羽からそう呼ばれた事は記憶にない。
「音羽…今お前『兄さん』って言ったよな?」
「それがどうかしたの?まさか…私の兄ではないとでも?」
「いやいや、そんな事は言ってない。ただ、そんな呼ばれ方された記憶がなかったから驚いただけだ」
隣に座っている杏を見れば、こちらも同じように驚きに満ちた顔をしている。そして、何かに気づいたのか、ハッとした表情になり突拍子も無い事を言いだした。
「湊…ご飯食べるまでは一緒に居てあげるけどね、食べ終わったら今日はもう解散ね」
え?付き合い始めた記念すべき日にもう解散!?流石にそれは納得いかないので、すぐさま反論しようと口を開きかけ…噤む。
なんでそんな有無を言わせないオーラが出てるのに満面の笑みを浮かべてるんだよ…。
ここは踏み込むべきでは無いと、頭の中に警笛が鳴り響いている。
「ああ、わかった…」
渋々頷いたのがまずかった様だ。そんな僕の様子がお気に召した様で、彼女はニヤニヤし始めた。
「何?そんなに私と一緒に居たかったの?」
ムキに否定するのも癪なので、ここはあえて肯定する。
「そうだよ。せっかく付き合い始めたのにこんないきなり解散とか言われても納得するわけないだろ…」
その言葉を聞いた杏は顔を真っ赤にして、目を逸らす。そんなこちらのやり取りを見かねた音羽が援護射撃をしてくれる。
「杏…いきなりどうしたの?私達は食事が終わればすぐに帰るから…そうしたら2人でゆっくり過ごしたらいいわ」
それを聞いた杏はその提案を即却下する。
「音ちゃん?あなたはすこ〜し私とお話をしようね。そうだ…今日は私の家に泊まったらいいよ。あ、これお願いじゃないから…」
「なんで、いきなりそんな話にな「音ちゃんは少し黙ろうか」ひっ」
あの音羽が気圧されている…。きっとこれは男が首を突っ込むべき話ではないのだろう。そう自分に言い聞かせ、そっと窓の外に視線を移す。前に座る大澤君も同じ様に何を見るでもなくぼんやりと外を眺めている。
僕達は料理が運ばれてくるまでそのまま2人で外を眺め時間を潰した。
どれくらい時間が経過しただろうか。おそらくそこまで長い時間ではないと思うが、体感では1時間ぐらいにも感じられた時間もやっと終わりを告げる。
皆の前に各々が注文した料理が所狭しと並べられる。
注文した料理は杏と音羽はパスタ、僕がオムライス、大澤君はピザだった。
「なあ。もし食べれそうなら、これも遠慮なく摘んでくれ」
大澤君はそう言って自分が頼んだピザの皿を、皆が取りやすい位置にずらす。
しかも頼んでいたのはマルゲリータだった。音羽が一番好きなピザを注文していたのはたまたまだろうか?
どうやら同じ事に気付いたのだろう。隣の杏からは不機嫌オーラが放出されている…気がする。そうなると僕のとる行動は1つしかない。
「杏、ほら口開けて」
突然話しかけられて、咄嗟に口を開ける杏。その口にスプーンで掬ったオムライスを運ぶ。
「これも美味しいから一口どうぞ」
ゆっくりと咀嚼しながら飲み込む様子に可愛さを感じながら、ぼくもオムライスを口に運ぶ。
「あっ…間接キ…んんっ」
何かを言いかけた彼女は最後まで言わず、なぜかもう一口欲しいと言い出した。
どうやら餌付けに成功したらしい。オムライスに感謝しつつ、先程と同じ様にオムライスの載ったスプーンを差し出した。
真っ赤な顔のまま幸せそうな顔をしている杏。どうやら不機嫌オーラも払拭出来たようだ。
ほっと一安心した所で、ふと視線を感じた。
前を見れば…そこには呆れ顔の2人がこちらを見て一言。
「「ごちそうさまでした」」
どうやら2人にはイチャイチャしているように見えたらしい。
この雰囲気を打破すべく頑張っていたはずの僕の努力は認められなかった様だ。
まぁ、杏が喜んでくれたから別にいいか…。
そう割り切る事にして、食事を再開したのだった。
内容の見直しはしておりませんので、また後ほど少し訂正するかもしれません。




