54話 愛情と恐怖の狭間で……【千尋視点】
好きな女の頼みは断れない…惚れた弱み…。
まさか自分がそんな立場に置かれるなんて思いもしなかった。
大事な友人の妹。端正な顔立ち、とても年下には見えない彼女。その容姿だけで、欲しいものは何でも手に入る…そう思わせてしまうほどだ。
だが、世の中は…誰にでも等しく、ままならいのだろう…。なぜなら彼女は報われない恋に悩まされていた。
直接話を聞いたわけではないが、彼女は兄である俺の友人の事が好きなのだろう。
その気持ちを隠しながら、自分の友人である、あの忌々しい女……とくっつけたいみたいだが、その姿が痛々しくて目が離せない。
店に居る時の雰囲気からしても応援している事に偽りはないのだろう。だが、時折…ほんの一瞬であるけど笑顔に影が射す。
あいつも気づいてないし、あのうるさくて自分の事に精一杯の舞い上がってるあの女では絶対に気づかないだろう。
俺が彼女の事を気にかける様になるまでに大して時間はかからなかった。
メールに動画を添付して送信した後、家路を急ぐ。
部活をしていた時よりも早く走れているのではないか?と錯覚する程に全速力で駆けていく。
きっと今、彼女は店で独りで俯いている事だろう。一応お袋にそれとなく伝えているから心配はないと思うが、落ち込んでいる彼女の傍に居るのは俺しかいない。そんな身勝手な想いを抑える事が出来ないでいた。
汗だくになりながら、店まで戻ってきた。勢いよく入口の扉を開けて店内を見渡す。
彼女が音に驚いたのか、こちらを一瞬見た後すぐに俯く。きっと泣き腫らした顔を見られたくなかったのだろう…。一瞬とは言え、しっかり彼女の状況を確認した俺は、息を整えながら彼女の元に近づく。
俯いたまま微動だにしない彼女の小さな頭に手を置き、軽く2回叩く。俺の行動に驚いたのか肩が小さく震えた。そんな彼女の動作を無視して話しかける。
「頑張ったな。お前のおかげであの2人うまくいったぞ。あとで合流するんだろ?今のうちにしっかり泣いとけ」
「何よ偉そうに……。いつも杏に虐められてるくせに……」
「なっ!?こんな時に普通そんなこと言うか!?言っておくが、俺は虐められてるんじゃない。大人だから言い返さないだけだ!!」
思いもよらぬ憎まれ口に、ついこちらもムキになって反論してしまった。ここはカッコよくキメる場面なのだろうが、そういう事は俺には向いてない様だ。でも、落ち込んでいる彼女がこうして憎まれ口を叩いて気丈にしているのを見ると、つい笑みが溢れてしまう。見た目は美人寄りなのに、中身は不器用で可愛らしい…。こんなギャップを見せられて落ちない男は、いないだろう。
そんな事を考えてしまう自分自身を不謹慎だと思っていた時、彼女と一瞬目が合った。弾かれたようにすぐに目をそらすその仕草と俺に向けられた表情……。
『これ…ダメだ。可愛すぎるよこいつ…。流石に今日は無理だけど気持ちを伝えるなら早くしないと…。というか俺が一刻も早く言いたい』
そんな事を考えていた俺に再び浴びせられる憎まれ口。
「そんな態度をとるから、杏に虐められるのよ。本当に学習しないんだから」
「ああ、そうだな……。確かに改めないとな……」
「……………」
「……………」
他の事を考えてた俺は、何も考えず相槌を打ったのだが、彼女としても予想外の反応だったのか少しだけ沈黙が続いた。
「それでいつまで頭に手を置いてるの?いい加減頭が重くなってきたんだけど?」
言われて気づいた。戻ってきてからずっと置いたままにしていた。
「す、すまん」
そう言って急いで頭に置いてた手を離す。俯いたままだった彼女が顔を上げて俺を睨む。
「やっと重いのがなくなってスッキリしたわ」
満足な状況になったはずなのに、言葉とは裏腹に彼女の視線は鋭い。
(言葉通りに受け取るとかあり得ない。ここは空気ぐらい読んでよ……)
彼女が小声で何か言っているが、俺には聞こえなかった。
だが、彼女の鋭い視線を前に尋ねる事は出来ない。
いや違うぞ?断じてビビっている訳ではない。追求すると良くない事が起きる気がする。俺の直感がそう訴えかけているので、ここは戦略撤退をしよう……。
自分にそう言い聞かす。
俺は断じてビビっている訳でない……。
湊……早く来てくれ……。
更新遅くなり申し訳ございませんでした。いつも読んで下さってありがとうございます。




