38話 波乱の文化祭 後編【杏視点】
女の子なら少なからず…颯爽と現れて、自分を助けてくれる王子様と呼ばれる存在に憧れた時期があったと思う。
私だってそんな中の一人だ。
そんな人は…いないって分かっているのに、まだ『この世界のどこかに私だけの王子様がいるんじゃないかな?』とか年甲斐もなく思っていたりする。
こう見えても夢見る乙女なのだ…私は…。
でも現実は、物語の様に甘くない。
それを証明するかの様に、鳴り止まない『王子コール』が私の耳を打つ。
彼と演劇できて嬉しかった気持ちは泡の様に消え去り、今の私には後悔の念しかない。
『彼を見世物にしてしまった』
チワワの推薦を、1番最初に賛同したのは私だった。
彼と演劇とはいえ、恋仲を演じられるのだ…こんなチャンス滅多にないし、あの突発的な告白?みたいなものを、劇の中とはいえやり直せるのだ。
台詞は少し過剰な表現だけど、それでもアレよりは遥かにマシだ。
例え彼にその真意が伝わらなくとも…。
私のそんな甘い考えが今回の事態を招いてしまった。
私は頭の中が真っ白になって、泣きながら謝る事しか出来ないでいた。
「ごめんね…ごめんね…」
怖くて彼の顔が見れない。怒っているだろうか…?彼も泣きそうな顔をしているのではないだろうか…?
しかしながら、マイナスな事しか考えていなかった私に降りてきたのは、思いもよらぬ声だった。
「大丈夫だから…僕に任せて」
私だけに聞こえる声量で彼が囁いてくる。
私を気遣う様に、とても優しくかけられたその声を聞いた瞬間…少しだけ俯き気味だった顔を急いであげる。
彼はすでに台詞を続け、演劇をリスタートさせていた。
「街の人々に、こんなに歓迎されるとは思わなかったので…どうにも照れが出てしまうな…。まずは詫びさせて欲しい。仮の姿で皆の前に立ってしまい…すまなかった。私が最後に皆の前に姿を現してから暫くの月日が経ってしまったが、まだ覚えてくれているだろうか…?」
そう言って彼は、どこを向いてるか分からない様な癖だらけの髪に触れ…そして『それ』が滑り落ちた…。
へっ…!?カツラだったの!?
その下からは、艶々した茶色の髪。くせ毛ではなく、さらさらのストレート…。
音ちゃんの髪と同じ感じだな…とかそんな事をつい考えてしまう。
彼は続けて、分厚いレンズの眼鏡を外す。
音ちゃんと同じ…いや、それ以上に意志の強そうな瞳。
その目が私を捉えると…先程までの鋭い感じではなく、ふわっとした感じで優しい眼差しに変わる…。
ギャップすご…。この人…かなりカッコイイ…。これがあの鷹野君なのっ!?
正直この目で見たにも関わらず、まだ実感できない。
音ちゃん、こういう大事なことは先に教えてください…。
私は今…蛇に睨まれた蛙の様に身動き…どころか呼吸すらもまともに出来ない。
観客席からの『王子コール』は、いつの間にか止んでいて、今はただ沈黙に包まれている。
彼の変身ぶりに驚いたのだろう。
私もそのうちの1人だから気持ちは分かる…。
彼は変わりすぎて…もはや別の人でしかない。
隣のチワワも口が開いていて間の抜けた顔になっている。
「さて…商人の息子よ。すまないが彼女は将来の王妃になるべき女性なのだ。彼女の幸せを願うなら、ここは身を引いていただけないだろか…?」
商人の息子役のクラスメイトが無言で首を縦に振っている。
うん…わかるよ。
今の彼の目力…半端ないもんね。
頷くしかないのは分かったから…とりあえず舞台裏に行こう。
じゃないと話が終わらないから…。
「どうやら彼も納得してくれたらしい。これで君も安心して僕の所に来てくれるよな?」
この辺りはもうアドリブだ…私は力一杯頷く。商人の息子役の気持ちが先程より分かる気がした。
「そうか…それは良かった」
私に微笑みながらそんな事を言う彼に突然抱きしめられる。
「不安にさせてすまなかった…」
私だけに聞こえる様にそう言った彼。
その後すぐに…おでこに柔らかな感触…。
アドリブとはいえ…これはやり過ぎだよ…。
観客席からも歓声があがる…。
『デコチュー』は…経験値不足の私にはまだ早いようです。
私はどうしていいか分からず…真っ赤になった顔を、彼の胸に顔をうずめるしかなかった。
そんな中…ふと思った事がある。
これだけの容姿をした彼が、今まで彼女が居なかった…。
音ちゃんの所為というのが本当に冗談ではなかったのだろう。
どんだけブラコンだったのよ…この光景を観ているであろう音ちゃんに悪態を吐くぐらい許してほしいかな…。
隠してた事…けっこう根に持ってますので私…。
いつも読んでくださってありがとうございます。




