28話 そうだ保養所に行こう 前編【杏視点】
私はあの日美咲さんから言われた通り音ちゃんの家…いえ、彼の家に毎日遊びに行っていた。
最初こそ過剰に意識してしまったが、彼と毎日会うにつれて、それも少しずつ落ち着きを取り戻した。
けれど、彼への気持ちがどんどん大きくなってくるのが自分でも分かる。
私が話しかけても、素っ気なくしか返事してくれないけど…。
少しでも会話してもらえるだけで嬉しくなってしまうのだから、私は自分で思ってたより単純なんだと思う。
そんな彼に毎日家まで送ってもらってる。
歩いて5分…ほんの少しの2人きりになれる時間。
特に話が弾んだり…とかはないのだけど私にとって大切な時間。
彼と並んで歩いているけど、私達の間は1メートルぐらい離れている。
手を伸ばしても彼には届かない。それが今の私達の距離だ…。
この距離を縮めたくてもどかしい気持ちになる。
どうしたら縮まるのだろうか?告白でもしたら縮まるのかな?
断られて今より距離が離れてしまうのが怖くて、告白なんてとても出来そうにないけど…。
さっきも話に出ていたが、彼が詳しく説明してくれる。
どうやら彼のお父さんの会社の保養所があるらしく、そこを手配してくれるらしい。
夏の初めに音ちゃんと買いに行った水着が無駄にならなくて良かった。
少し恥ずかしいけど、せっかく思い切って買ったのだから彼には見て欲しいなって思ってたから…。
翌日、彼の家を訪ねたら早速明日から行く事になったと教えられた。
スケジュールは一泊二日との事だから、帰ったら早速準備しないとね。
すごい楽しみだなっ!!
彼に送ってもらってる最中も何度もお礼を言ってしまい、注意されてしまった。
失敗失敗…。
昨日はなかなか寝つけなかった。遠足前の小学生みたいで自分の事なんだけど笑ってしまった。
集合場所の彼の家のチャイムを鳴らす。
そこで思わぬ事態が起きる。
「え…!?音ちゃん居ないの?」
「なんか水着を持ってきてないらしく家に取りに帰るから、先に向かって欲しいって言ってた」
「そうなんだ…」
「ここから一時間かからないところだし、心配しなくても一人で来れるから」
うわっ…。三人で移動すると思ってたから心の準備が出来てないよ。
「それじゃ行こうか」
駅に向かう道中、いつもの様に車道側を彼が歩く。
もうお礼は言わないけど、大切にされているような気がしてやっぱり嬉しくなってしまう。
電車に乗って暫くたった頃に、スマホからメールの着信音が鳴る。
誰だろう?あ、音ちゃんからだ。急いで内容を確認する。
『杏…後はあなた次第。頑張って、健闘を祈る』
へ……!?どういう事っ!?
急いで返信する。
『音ちゃん意味わからないよ。来てくれるんでしょ?』
直ぐに返信。
『何言ってるのよ。せっかく二人にしてあげたのに…。杏、覚悟決めてしっかりね♪』
彼が私の顔色を伺っていたので、音ちゃんが来ない旨を伝える。
彼も急いでスマホを取り出しメールをしている。
おそらく相手は音ちゃんだろう。
何度かやりとりしていた彼が、不機嫌さを隠しもせずスマホをしまう。
「広瀬さん。音羽、本気で来ないらしい。流石に二人ってのは嫌だろうから、今回は中止にしようか」
そんな事を言ってくる彼。
私は嫌じゃないよ。頭の中ではそう言ってるのに、うまく言葉にならない。
頑張れっ…私!!せっかく音ちゃんが作ってくれた機会だ。
「鷹野君は私みたいなのと二人だと嫌なのね…」
「え?いや、そうじゃなくて…。僕というより広瀬さんがって話をしてい「私は二人でも嫌じゃないわ」
最後まで言わせるつもりはない…という意味を込めて言葉を被せた。
「鷹野君は私みたいなのと二人は嫌?」
改めて尋ねる。
「……………」
じっと彼を見つめる。
あ…目を逸らした。
けどここで焦ってはいけない、黙ってしばらく待つ。
「わ、わかった。とりあえず部屋もたくさんあるから問題ないし、二人だけど行こうか」
勝った。本当にちょろいな鷹野君は…。
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