19話 初めての2人きり… 前編【音羽視点】
話の流れで彼女の家に泊まる事になった。
湊が帰り、2人だけになったリビング。
私が何を話して良いか分からず黙っていると彼女が話しかけてきた。
「それじゃ、妹ちゃん。まずは…髪切ってもらおうかな」
彼女は床に新聞紙を数枚引いて、その中央に椅子、前に姿見を置く。
誘導されるがまま、椅子の近くまで寄った私にハサミを手渡し、頭からケープを被って準備万端と言わんばかりの笑顔で椅子に座って私を見上げてくる。
綺麗な髪…。触ってみると、大切に手入れされているのがよく分かる。
そんな日々の彼女の努力を、私が台無しにしてしまった…。
思わず下唇を噛みしめる。
「こらっ!!そんな顔してないの。夏が近づいて暑くなってきたから、そろそろ切ろうかな?って思ってたんだから…」
私の様子を鏡越しに見たであろう彼女の気遣いに、尚更申し訳なくなってますます落ち込んでしまう。
「う〜ん、困ったな…。じゃ、こうしよう!!申し訳なく思ってるなら、私のお願いを一つだけ聞いて」
「それは、なんでしょうか…?」
突然の彼女の提案に困惑する。どんな無理を言われるのだろうか…。
つい身構えてしまうが、今の私に拒否権なんか…あるわけない。
「妹ちゃんの弱みを教えてっ!!」
すごく悪そうな笑顔でとんでもない事を言ってきた。
この人は何を考えてるのだろう?冗談?いやあの顔を見るにおそらく本気で言ってるのだろう。
「何言ってるんですか。そんなお願い聞けるわけないです!!」
拒否権などないと思っていたけど、やっぱり撤回。無理なものは無理…。
「おやおや。妹ちゃんの私に対する反省心は、その程度か〜。お姉さんは悲しくなってしまいます」
なんですか…その嘘泣きは…。
「それでも聞ける事と聞けない事があります。あと誰が誰のお姉さんですか…!?」
「うむむ…。なかなか手強いな…。それじゃさ?とりあえず髪切ってよ。どうせうまくなんて切れないだろうけど、もしも私を満足させる出来だったら、この話はチャラにしてあげる。まさか逃げたりしないわよね?」
すごい勝手な言い分だ。しかも、私が逃げるですって?
あまりの無茶振りと簡単な挑発に乗せられて頭に血がのぼる。
私は忙しい時には、自分で髪を切った事だって何度かある。
プロの様にうまいとは言えないけど、それでも周りからの反応は悪くなかった。
いいわ…売られたその喧嘩…買ってあげるわ。
「ええ、分かったわ…」
了承した私をニヤニヤ見ている彼女。
そんな余裕な顔をしているのは今のうちよ…私は静かに闘志を燃やす。
「どのくらいの長さに切れば良いのですか?」
「とりあえず後ろは、首が見えるぐらいに短く切ってくれたらいーよ。前髪は眉毛隠れるぐらいの長さで、あと…適当にすいてくれたらいいかな」
美容室に行く為に切るって話だったのに、具体的な指示が飛んできた事に困惑するが、注文通りやらないと勝負に負けてしまう。
髪に櫛を入れ、切ろうとした瞬間…彼女が呟いた。
聞こえるか聞こえないかぐらいの本当に小さな声で…。
『短いのも好きだったらいいな…』
そんな不安そうな小さな呟きに直接返すのは違うと思ったので、私は心の中で『大丈夫よ…』って返しておいた。
苦戦したけど、なんとか切り終わった。
切っている間も、こうして欲しい…ああして欲しい…とか注文が細かい上に、喉が渇いたとか言い出して…作業を中断させたり…。
とにかく気疲れした。
「満足な仕上がりになりましたか?」
「あ、うん!!すっごく可愛くなってる。美容室に行く必要なくなったね、ありがと〜!!妹ちゃんすごい上手でびっくりしたよ」
「ではこの勝負は私の勝ちで良いですね?」
「ん?勝負…?」
「そう言いましたよね?負けたら私の弱みを言えって話でしたよね?」
「………………。あ…………っ!?うんうん、そうだったね。これだけ可愛くしてもらったら流石に文句は言えないよね。私の負けだね」
まったく残念そうな素振りも見せず、そう言ってくる彼女。
私を元気にしたくて、あんな事言ってきたんだろう。
どうやら私は乗せられてしまった様だ。悔しいと思う反面、そんな彼女の優しさが嬉しくもあった。
「さっきから妹ちゃんて言ってますけど…私にはちゃんとした名前があります」
「へぇ…名前で呼んで欲しいんだ…。妹ちゃんはなんて呼んで欲しいのかな?お姉さんに可愛くお願いしてみ?」
「べ、別にそういう事を言ってるんじゃありません。妹ちゃんって呼ばれるのが気に入らないんです」
「ふむふむ、気に入らないからちゃんと名前で呼ばれたいと…。仕方ない、ここはお姉さんが折れてあげよう。その代わり私の事は『杏』って呼んでくれるかな?そんで、私は妹ちゃんの事は『音ちゃん』って呼ぶから」
そう言って彼女は私にまっすぐ手を伸ばしてくる。
なぜ、私の方はちゃん付けで彼女は呼び捨てなのかよく分からないけど、せっかくのこの雰囲気を壊したくなくて…
「分かったわ…杏」
「うん。よろしくね音ちゃん!!」
彼女の嬉しそうな声が耳を打つ。
私は…初めて名前を呼んだ気恥ずかしさとともに、彼女の差し出してきた手を握り返した。
お気づきと思いますが、この章は2人がメインのお話となります。もう少し続きます…。
読んで下さってありがとうございます。そのおかげで、めげずに書き続けていられます。




