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3:ハズレ

 

 痛い。痛い。痛い。痛い。

 失敗した。失敗した。失敗した!


 頭の中がその言葉だけで埋まり、感情すらも支配される。思考を放棄すれば死に繋がるが、かといって煩わしい痛みを手放すことも出来ない。痛覚を伝える機能を切ってしまうと、アラートが出るまで機体が動けなくなるほどの損傷に気づけないからだ。


 救援要請を受けて援護にきた千影は、伝えられた想定よりもはるかに多いアスブリシュヤの中で苦戦を強いられていた。

 先に戦っていた前線基地所属のPE部隊は、動力補給のために一度下がっている。前線基地の撤退が完了するまで、千影はここを守らねばならない。


 気を失えばここは崩れる。皮肉なことに、痛みが意識を繋ぎとめてくれているが、そう長くは持たないだろう。

 自分一人の命で後ろに庇った人達を守れ、こんなに苦しんでまで戦わなくて済むなら喜んで投げ渡すが、そう簡単に問屋が卸してくれるかといえば別の話だ。何より、途中で何かを諦めるのは千影自身が嫌だった。


 昆虫のような形をしたバケモノ共が、動くものを喰らおうと周りを取り囲んでくる。それを憎々しく思い、ありったけの力で武器を振りぬいた。

 だんだん動きが鈍くなる身体をどうにかしたくて、たまっていくフラストレーションを発散するように当り散らす。

 クリケットのバットのような打撃武器を両手で持ち上げ、思いっきり横にスイングする。ここ数日のお気に入り武器だが、少し扱いにくい。幅の広い部分を横にしたまま振り抜くのが難しいのだ。振り抜いた遠心力に持っていかれそうな上体を後ろへ反らす。設定したままにしていた自動姿勢制御機能を意識下でオフに切り替え、さらに武器を振り回す。武器もいつもより重く感じるが、何より身体が重い。


 硬い甲殻をひしゃげ、数匹まとめて潰れた様子はお世辞にも見ていて気持ちのいいものではない。

 早々に視線を外し、次の獲物を捉えた端で、また次の獲物を見る。


 脚に突進してこようとした1匹を右手で受けとめ、バットはまだ動いていた潰した数匹の方へ放る。放った勢いで姿勢を崩しかけたが、手に持ったカマキリを醜悪に肥らせたようなアスブリシュヤを振り回してなんとか戻した。

 このデブカマキリの頭部あたりを掴んだせいで抵抗が激しく、腕に傷をつけられてイラッとした。さっきから関節部分ばかり狙ってくる。

 頭を持ち上げ、腹との繋ぎ目部分に負荷がかかるよう引きちぎった。頭を落とし、ヴァジュラを取り出して叩きつける。


 紫色の体液が装甲にかかると、肌が痛い。

 アスブリシュヤの体液は強酸性を示す。機体の内部へ入り込むと急激な錆び付きによって不具合を起こすこともあるために、表面のセンサーが肌の痛みとして伝えてくるのだ。小石が関節に挟まったくらいじゃ働かないセンサーは、アスブリシュヤの体液には過敏とも思えるほどによく伝える。

 帰ったら洗ってもらうのが手間だなと余計なこと思いつつ、塗装が剥げてないか心配になった。腐食耐性のあるものに先日から塗装を変えた。この塗装が剥がれてしまえば、センサーによって痛みはさらに酷くなる。意識を保ってられるか、瀬戸際だ。

 そこで、気づく。


「なんだ…帰ったあとのこと考えられるだけ、余裕、あるじゃん。」


 もうハンサを使えるほどのブースター残量がない。

 諦めて群のど真ん中に機体を残していけば回収は困難になる。石津たちは千影の死を哀しんでくれるだろうが、大多数は「無責任な死」を責めるだろう。デモンストレーション用だったとはいえ、壊してしまえばこの機体を開発した者達の努力と国のお金が水の泡となる。


 なら、選択は1つ。生きるしかない。


 アスブリシュヤの群はデブカマキリの他に、三葉虫のような形をしたものや、やたら長い触角を持ったカミキリムシのようなもの、多足類に似たムカデの頭が幅広くなったようなものなど、外骨格を持つ節足動物を大きくした奴らが多い。

 今回の群は「ハズレ」だ。あまりに多すぎるのもそうだが、相手取るのが初めてになるものもいる。攻めあぐねていたら、遅れをとってしまった。


 デブカマキリを引きちぎると体液が掛かって痛い。両手を取られるのもなかなか煩わしい。どうしたらいいか。考えるのは後でいい。こいつらは掴んだら即投げよう。

 三葉虫はひっくり返して腹を潰せば動かなくなるが、カミキリムシは頭を潰してもしばらくはのたうち回っていた。

 何より厄介なのがムカデだ。移動速度が早い。あれを逃して人里へ向かわれたらたまったもんじゃない。


 自分に向かってくるアスブリシュヤを潰して壊して引きちぎるのは飽きた。少しは戦術的に行こう。

 機動力のある動けるデブ(カマキリ)ハンマーヘッド(ムカデ)の後でいい。そのあとはゴキブリみたいな生命力のカミキリムシとデカい三葉虫か。


 そうと決まれば早速ムカデだ。


 ハンサは使えなくても、一瞬飛び上がるくらいのブースター残量はある。混戦状態のここに留まるよりは、少し抜け出た方がいい。

 三葉虫とデブの背をジャンプ台にして、ハンサは閉じたままブースターを蒸かす。

 いつの間にか団子の中から這い出していたムカデを数匹視界に捉え、着地した瞬間の衝撃を吸収しつつ膝のバネを最大限に使って加速をつける。大きく3歩で距離を詰める。

 追いついた1匹目のムカデの身体の中程を掴む。強く握り過ぎてしまったのか引き寄せた瞬間に頭の側が置いていかれた。2匹目は上手く尻尾を掴めたので、そのまま振り回してもといた場所へ返してやる。上手く飛んで、潰れる音を拾えたからそこそこダメージはあっただろう。

 3匹目は指先を掠っていった。体勢を低くしすぎたため滑りそうになる。手をついてそのまま前転。視界が定まる前にムカデを掴めた。放さず立ち上がり、勢いのまま地面を掃除するように振り回して4匹目を引っ掛けて飛ばす。5匹目、少し遠い。

 5匹目を目掛けて走るが、追いつけそうにない。手に持ったムカデが邪魔だ。まだ生きている。

 これ以上は追えない。地図を見るが、向こうに街はない。

『こちらAS-1、対策本部、応答を。』

『こちら対策本部、AS-1、どうした。』

 素直に頼んでしまおう。もうそろそろ補給を終えていていいはずだ。

 まさか一人に丸投げするつもりではあるまい。いや、一度丸投げされてるが。

『1匹取り逃した。現在地より北西へ向かっているが、そちらに人家があるようなら私は追えないので誰か向かわせて欲しい。こちらの状況がまだ片付かない。』

『了解した、PEを向かわせる。……動力残量が少ないようだが、帰投できるか。』

 どうやらオペレーター担当は今回、千影にとってのアタリらしい。

 可哀想に。この事で彼が気に病まないといいけど。

 にがく笑って端的に確率を話した。

『基地までもつか50/50だな』

『あっ、おい』「そんなチカちゃんに朗報でーーーす、救援が行くよぉ、現在地の情報貰うねえ。」

「は?石津さん?」

 突然割り込んできた日本語の聞き覚えがある声に千影は一瞬気を抜いた。ムカデが腕に巻きついたので引きちぎる。

「まあまあ、待ってて。黒いのと白いのが行くから」

 残りは追いかける必要がなくなったと判断し、もといた方向へ振り返ると、団子状態だったあの虫どもは瓦解してこちらへ向かってきていた。

「どういうこと?」

 脚の早いムカデを踏み潰して走りながら追いついてきたカマキリをかわし、ムカデを鷲掴みカマキリに向かって放る。目の前に飛んできた「お仲間」を邪魔だとばかりにカマキリがぶった斬る。ラッキー!

「到着予定時刻まであと120秒。マッハで行くから、あとよろしくね」

「よくわかんないけど救援ならOK、りょーかいでーすっ」

 つまり120秒持たせれば、あとはそいつらに押し付けていいってことだ。黒いのと白いのってことは2機だろう。


 気持ちに余裕が出来た。少し視界がクリアになる。

 そこから先はいつもどおりに・・・・・・・やれば良かった。


 ちぎっては投げ、というのはこういうことを言うんだろう。デカい虫どもを叩き潰し、引き裂き、踏み潰して、邪魔になったらぶん投げる。手に届く片っ端から散らかしていって、単独機で行う作業の面倒くささに辟易した。

 これもいつもと同じだ。相手する量が多すぎる。

 そうだ、変わらない。確かに今回はハズレをひいたけど、状況なんていつでも変わる。たまたま今回がそうだったってだけで、前回だって面倒なことになったかもしれないのだ。新種を見るのもそう。初めてじゃないし、ちょっと前まで新種どころかコイツら全部はじめましてだった。見た目に馴染みが若干あるだけで。

 ムカデどもは潰した。カマキリ野郎はカミキリムシ処理に便利に使わせてもらってる。三葉虫はデカいだけで面倒臭いからひっくり返してあとは任せよう。

 後続のために少しでも楽な状況作っておこう。を持ち帰って貰わないといけないしね。


 長いようで短い120秒だった。


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