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4:あきらめた心

短いです

 



 アームに機体が固定されたことを肌で感じ(・・・・)、千影はゆっくりと目を閉じた。

 瞬きをしても常時表示される視覚モニタとの接続を遮断すると、真っ暗な世界に色とりどりの光が走る。乱雑にそれぞれ別の方向へむかう星を眺め、短い時間の星間旅行を楽しんでいた。

 まぶたの裏はいつだって宇宙だと思っている。自分のうちにある小さな夜空をそっと眺めるのが好きだ。

 特に、今日みたいな何をやってもダメな日は。


「おら、状況終了だ。いつまで寝てやがる、タヌキ娘め」


 コックピットが開かれ、人がのぞき込んでくる気配を感じ、千影は眩しげに目を開ける。

 目では判別が出来ないが、その声は良く知っている。それに、いつも1番最初に自分を起こしに来てくれるのは決まってこの人だ。


「ただいまあ、落合さぁん。今日の出来はどうだった?」


 無造作に右腕を前へ掲げると、大きくてごつごつした太い指が千影の手を掴んだ。ざらっとした肌触りが、自分と違う。

 千影は、無骨なこの手が大好きだ。


「てんでダメだな、前回の方がまだマシだった。機体にまた傷つけやがって、俺の仕事増やすなって言ってんだろうが」


 悪態をつきつつ、千影を気遣うようにゆっくりと手を引く落合。言い方はいつも通り素直じゃないが、正確に言葉の意味を理解した。

 帰還したことを実感して、視界が滲んだ。


「ごめんごめん。でもタヌキはやめて欲しいかなー?」

「タヌキに失礼だったな」




 ◆




「落合さんキビシイなー、チカちゃん傷つくゥ……」

「みっちゃんそれあたしの真似ぇ?似てなぁい、気持ち悪ぅい」


 横でケーブルを取替えている三葉が裏声をつかって変なモノマネをしてくる。千影は慌しく動き回る整備員を眺めたまま、三葉のモノマネに似せて返した。


「おまえさー、こんなとこ居座ってないで早く医務室行けよ。バイタルチェック終わってないだろ。おやっさんに見つかったらまたどやされんだけど、俺が。」


 心底イヤそうな目を向けてきた三葉をちらっと視線だけで確認した千影は、体育座りをしたまま身体をギュッと丸めて前後に揺らして遊び始めた。


「みっちゃんが怒鳴られるのなんていつものことじゃん」

「だからだよバカ、早く医務室行けよバカ」


 バカと連発された千影は唇を尖らせ、さらに激しく身体を揺らす。


「みっちゃん、今日の出来悪かったの、みっちゃんのせいにしていい?」

「うわ可愛くない…純粋なあの頃のチカちゃんはどこいっちゃったの。シクシク」

「なにそれー、チカちゃんはそんな子最初からいないと思いまーす」


 思いっきりため息をついた三葉が、作業の手を止め手袋を外す。千影の頭に手を乗せ、髪をかき混ぜるように撫ぜた。そして、大きく息を吸う。


「おやっさーん!千影が、医務室、行かねーんだけどー!」

「うるせえぞ三葉!おまえが連れてけ!」

「なんで!?仕事してんのに!理不尽!」


 間髪入れず返ってきた怒声に、本気で悔しがる三葉を見て、千影は思った。

 真正の馬鹿じゃないか……と。

 ここに石津がいれば、口に出していただろう。あの人がいれば許される。


「なにしてんのみっちゃん。そりゃ怒られるよ」


 乱暴に帽子をとり、がしがしと頭を搔く三葉を呆れを隠そうともしない目でみる。ちらっと視線をよこして確認した三葉は、盛大に息をはいた。


「うるせーなー、見つかる前に報告しようと思っただけだよ」

「いきなり大声だしたら、そりゃ怒られるでしょ」

「今学習した」

「そうね、次に活かしてください」

「オメーもなっ」


 前髪を帽子に雑にしまい、三葉が千影の前に背を向けてしゃがみこむ。


「ほら乗れよ。カラダ痛いんだろ。早くそう言えよ、我慢しやがって、バカじゃねーの」

「………みっちゃんオイルと汗でクサいからヤだ。」

「お前マジで可愛くない、誰の機体整備してんと思ってんの?担架で運ばれてブッサイクなツラ晒すよりいいだろ、早く乗れバカ」


 かたく膝を抱えていた腕をほどき、三葉の首にまわす。上半身の体重を預け、腰を浮かせると腿の裏に三葉の手が添えられる。

 千影の身体が浮き、いつもより少しだけ高い視界が広がる。


 ブサイク呼ばわりしたことも、わざわざ力を入れて強調したことも気に食わないが、これは悪くないな、と思う。三葉の優しいところは好きだ。揺らさないように気遣ってくれるところや、どこを痛めているのかわかってくれるところも。


 三葉がゆっくりと歩き出した。


「珍しくへこんでんじゃねーよ。生きてるだけでラッキーだろ、俺らは」

「うん」

「俺はもう降りたけどさ、ヤツら潰すのがどんだけ面倒くせえか知ってるし。お前がどんな思いして戦ってんのかも、少しくらいはわかる」

「うん」

「別に1匹くらい逃がしたからって失敗だとは思わねえし。それより救援要請出したとこの人達、全員無事だったんだろ。それを誇れよ」

「うん」

「長時間アレ動かすのしんどかったろ。新記録出たって、頑張ったじゃねえか」

「うん」

「おやっさんだってさ、機体に傷つけたから怒ってんじゃないのもわかってるだろ」

「うん」

「また感覚神経の接続、任意切断したろ」

「うん」

「ごめんな、チカ」


 肩口に額をこすりつけ、ぐりぐりとまわす。


「痛いっつの、バ影。」


 小刻みに揺れる肩が、見えない表情を教えてくれる。顔を上げられない。熱くて冷たいものが頬を伝う。

 身体中痛くて、痛くて、辛かった。自分の命を諦めかけた。

 それが、悔しくて、悔しくて、自らの内側にこらえきれずに溢れ出す。謝らせてしまったことも悔しい。泣いてしまう自分も悔しい。


 明日は、明日からは、明日こそは、今日よりも上手く、今日よりも強く、もっと、もっと強く、なる。だから、絶対に諦めたりしない。


「大丈夫。」


 今更諦めるくらいなら、とっくにこんな世界は見限っていた。

 守りたいものがあるから、頑張れた。助けてくれる人がいるから、何度でも立ち上がることができた。

 優しいオトナが多くて幸せだ。私は、幸せだった。




 

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