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2:オーム・スヴァーハー

 


 MFS重工製、攻撃型可動装甲強化外骨殻オーム・スヴァーハー。対アスブリシュヤ戦闘用に特化された、日本企業の最新モデルである。

 導入が決定したアメリカには、日本独自の技術であるアトマシステムを取り扱うノウハウがない。そのため、MFS重工から二十数名ほどの社員が、現在アメリカに常駐している。そのうち半数以上がオーム・スヴァーハーの整備のために呼ばれた整備士だ。


「ウチが主導になって開発を行ったわけだけど、動力とメインシステムは完全に組織・・の独占技術だからシステムインテグレータは名乗れないんだよねえ。分析しようもんなら物理的に首がふっ飛びそうだけど、勿体無いなあ。あれ、うちで開発させてもらえないかなあ。」


 オーム・スヴァーハー開発主任の石津浩市イシヅコウイチは、現在唯一実戦投入されている機体のデータ収集のために、整備士達に混じっていた。


「無理言うなよ、石津さん。プルシャのときですら訳わかんなかったのに、オームは上位互換されてんだろ?無理だって、むしろなんでウチの会社が技術指導で来てるのか疑問。よくこれ扱えてるよな、俺ら。」


 石津のぼやきに付き合ったのは、まだ十代の、少年とよべる整備士だった。名を加菅三葉カスガミツバという。

 現場に石津がきたときに付き合わされるのは大体この少年で、石津との付き合いは長い。


「ブラックボックスでも使えるもんは使えるんだよ。あ、みっつんそこのケーブルもう取り替えたほうがいいかもよ。見た感じ、摩耗してそう。」


 石津が指摘した箇所を触ってみると、確かに違和感がある。取り外してケーブルのチェック機材につないでみると、若干だが数値が低かった。もう少ししたら神経伝達に支障が出そうだ。


「お、ほんとだ。サンキュー石津さん、これ取り替えとかないとおやっさんにどやされるわ。すげえな、見ただけでわかるんだ。たまにおやっさんもそうやって取替えどきを判断してるけどさ、俺まだ全然わかんないんだよね。やっぱり年季が違うからかなあ。」


 言いながら新しいケーブルをチェック機材に通してから繋ぐと、少年は立ち上がる。

 石津はそれを見て、少年の背を軽く叩いた。


「みっつんもいつかできるようになるよ。そしたら落合さんに怒鳴られることも少なくなるさ。」

「そうかなあ、そうだといいけど。」


 少し肩を落とした三葉の背をもう一度叩いた。

 計器のチェックを行っていたモニターを見ると、異常はなさそうだった。

 石津はそれを見て、戦闘データを機体のメモリーから写した。こちらは3ヶ月分なので、少し時間がかかりそうだ。そのあいだに三葉が行っている整備を手伝う。


「俺らがしっかりメンテして、チカのこと、ちゃんと守ってやらないとな。おやっさんも、いつもそういうんだ。」


 もともとパイロットだった三葉は、機体整備の重要性をよく知っている。だからこそ、整備士として働く今は必死に仕事を覚えようと足掻いていた。

 三葉のそういう姿勢を、石津も、三葉がおやっさんと呼ぶ落合も、評価している。

 落合一道オチアイカズミチは整備班の班長だ。その落合が直接目をかけているあたり、期待の度合いが伺える。


「落合さん、なによりチカちゃんが可愛い人だからねえ。」

「おやっさん、チカのこと大好きだよな。やっぱり石津さんにもそう見えるよな。あれで隠してるつもりなんだって、ウケる。」

「うわあ、説得力ない。おっさんのツンデレとか見苦しいだけだから早く素直になれって言っといて。」


 抑えるように笑いながら軽口をたたくと、三葉が呆れたように笑って返した。


「やだよ、自分で言ってよ。俺そんなこと言ったら殺されちゃう。」

「きこえてっぞ石津!加菅!仕事しろ!」


 遠いところからすかさず落合の怒号がとんでくるあたり、耳は相当良いらしい。

 石津は肩をあげて小首を傾げる仕草をして、三葉に向かって真面目な顔をつくる。


「一応落合さんと相談して、消費早いようなら違う素材のケーブルに変えちゃって。パフォーマンス落ちるようならそのままでもいいけど、消費早いとコストでクレームきちゃうから。」

「…石津さん、メンタルつえー。」


 三葉は今度こそ呆れて、まあいいかと石津に了承の意を示した。

 石津の人柄は少し問題があるが、仕事に関しては確かな人なのでそういうところは玉に瑕だなと思う。


 昼休憩の合図が鳴り響き、一瞬だけ弛緩した空気が流れる。

 三葉は仰ぐように顔を上げ、そのまま隣の石津を見た。

 表情から察するに、昼も一緒のようである。行きますか、と目だけで促されたので、黙って頷いた。



 ◆



 食堂に入ると、もうかなりの人数が休憩を取りに来ていた。

 ひく、と鼻を動かせて今日の昼食にあたりをつける。カレーだ。



「石津さんって、なんで開発にいるの?」


 三葉が疑問を口にしたのは、山盛りになっていた目の前のカレーが半分ほど胃の中に消えた時だった。

 前々から不思議に思っていたのだが、あまり訊く機会に恵まれなかった質問だ。


「えー、ボク?出た大学がよかったからじゃない?一般入社だったんだけどなあ。いつの間にか組織とのつなぎ役扱いですよ。」


 石津も半分ほど食べ終わり、味を変えようとチーズとソースを足していた。先程まではスライスされたゆで卵が乗っていたはずである。


「キャリアかよ!もしかして石津さんって偉い人なの?」

「みっつんひどーい、ボク一応キミの上司だよ?キミよりは偉いよ、そりゃあ。」


 年甲斐もなく唇を尖らせて抗議する石津に、おっさんそりゃねえだろと三葉は冷たい視線を向ける。


「ソウデシタネ、ゴメンナサイ。敬語使った方がいい?」

「棒読み…今更敬語使われてもねえ。」


 謝る気のない返事に力の抜けた苦笑をする。


「ちゃんとしないといけないときにちゃんとしてくれれば、それでいいよ。落合さんもボクに敬語なんて使う気配ないじゃない?そういうことだよ。」

「どういうことだよ。おやっさん引き合いに出しちゃダメだろ。」


 呆れたことを隠さず、声に出す三葉は素直だ。

 彼がパイロット候補生だった十年前に比べればだいぶ擦れたと思う。それでも、よくここまで素直に育ってくれたと感慨深い。


「ボクなんてさぁ、そんなもんだよ…」


 彼には様々な経験を積ませてしまった、と石津は考えている。

 感情に折り合いをつけさせ、空気を読ませ、うまく緩衝をいれさせる。せめて自分相手にそんなことをさせたくなかった。


「みっつんはみっつんのままでいいよ。ボクには、気遣う必要なんてないんだ。」


 あの頃のままでいてよ、とは言えなかった。



 ◆◆




 食事を取り終わり(あのあと三葉はデザートのプリンをあとから来た落合のぶんまで食べた)、三葉は運動するために広場へ行ったので、石津はデータの回収に戻ることにした。落合も現場へ戻ると言うので連れ立って歩く。


「三日後に新任が初めて来るってな。」

「あー、知ってました?今日それ伝えるつもりだったんだけどなあ。さすが落合さん、耳がはやい。新任って言っても、もう2年たってますけどね。」


 落合が切り出したのは、突然入った組織の担当者の訪問予定についてだった。

 定期的に現場の視察は必要だったのだが、初の海外ということと日本国内にある現場も視察しなければならないこと、先方の都合などで今まで流れてきた。


「前から言ってっけどよ、もうちぃと早く伝えてくれねえもんかな。」


 落合のいうことはもっともだ。石津もそう思う。


「無茶言わないで下さいよぉ、ボクだって知ったの昨日なんですから。」


 肩を落として答えると、落合が頭をガリガリかきながら盛大に息を吐いた。


「なら昨日のうちに伝えろや。そしたら一日できること増えんだろ。ホウレンソウ、社会人一年目で叩き込んでやったろうが。」


 実を言えば落合は石津の上司だった。希望配属先にめでたく入った石津は、1年間、落合の直属の部下だったのだ。その後、望まぬ昇進の先に今現在がある。


「まあそうなんですけど。今回のメイン、機体じゃないからいいかなーって。とりあえず、組織むこうさんに渡すデータはずっと整理してるし、初回だから顔合わせの意味合い強いみたいで。あっちが提示してるのも、大半がパイロットとの面会なんですよ。機体は損傷具合さえ見れればいいそうなんで、演習より実戦がみたいから無理に動かさなくていいとのお達しで。」

「はぁんそりゃまた…今度は随分毛色が違うな?」


 それは石津も思ったことだった。


「そりゃあもお、すごいですよぉ。挨拶いらない、改ざんさえしなきゃデータ見せるだけでいい、とか色々と…データの改ざんなんてするわけないでしょー。物理的にクビ吹っ飛びますって、ボクのじゃなくて、パイロット(あの子ら)の。クビだけですめば御の字ですよ、下手すりゃ身体ごと持ってかれる。」


 途中でずしりと低くなった石津の声に、落合は立ち止まり、空を仰ぐ。

 ちょうど、外へ出たところだった。


「挨拶に関してはこちらから出向くのが義理だが忙しくていけない、って言われましたけど。」


 普段通りの背を見せる石津に、落合は目を細める。

 振り返った石津は、笑っていた。


「落合さーん、置いてっちゃいますよぉ?」


 間延びした語尾のゆるい口元、常に下がった目尻に、猫背気味で腰の低い優男。新卒の時よりずいぶんと丸くなった。白髪も混じり始めている。


「よく頑張ってるよ、おまえ。」


 苦い笑みを浮かべた落合を、石津は眩しそうに目を細めた。


「やだなぁ、まだまだでしょ。落合さんくらい、そう言ってくださいよ。」

「ああ、そうだったな…まだまだだよ、おめーは。」


 追いついた落合は石津の肩を叩き、あの頃より少しだけ叩きやすくなったと思う。


「よーっし、午後もきっちりやらねえとなあ。おめーも手伝えや、石津。」

「はーいはい、ちゃーんと手伝いますよお。可愛い可愛いチカちゃんのためですしねー。」


 また並んだ歩みに、少しだけ苦さと嬉しさを含んで踏みしめた。



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