第2話 転生者バイアス
新しい世界に転生してから恐らく数年が経った。俺の年齢は今、10歳くらいだろうか?
正確な年齢が分からないのは、俺の生まれた村が田舎過ぎて暦の概念が無いからだ。
だだっ広い平原と、小さな山と、石造りの家が三軒と、それ以外は何もない。
この何もない小さな村だけが今の俺の世界だ。
「うーん、ハズレか?」
あくまで俺の経験だが、大半の異世界は魔法やスキルが使えたり、モンスターがいたり、幻想にあふれていた。
だけどもこの世界は、試してみた限り魔法もスキルも使えなさそうだ。
はっきり言って、随分と退屈な世界に生まれてしまったと思う。
「リセマラは……するほどでもないか」
リセマラ──過去に2度ほど、産まれてすぐ自殺し転生し直したことがある。1度目は疫病のまん延する世界、2度目は人が奴隷として扱われてる世界だ。これらの世界と比べると、ただ劇的な物語が起こらないってだけで自死を選ぶのはちょっと早計すぎるだろか?
そんな風に草原に座りながら物思いにふけっていると、すぐ隣に座っている少女に耳元で大声を出された。
「おーいリーーン!!」
「うわぁ!ビックリした……」
「ビックリした……じゃないよ!また1人でブツブツ考え事して!」
リーーンというのは、この世界での俺の名前だ。若干呼びづらい名前だけど、これはこれでなかなか気に入っている。
そして、俺の隣で腰に手を当てプンスカ怒っている少女は、俺の幼馴染で村唯一の子ども(俺を除いて)のカルナだ。
俺より少し背が高く、年齢で言うと14、5歳くらいだろうか。
村には他に子どもが居ないので、日中は基本的にカルナと過ごしてきた。将来的にカルナと結婚するか、それとも新たなヒロインとの出会いを求めるか、今は悩み中だ。
「言ってるそばから考え事……。話聞いてる?」
「ん、何が?」
「やっぱ聞いてないじゃん!」
また怒らせてしまった。
「だーかーらー!そのカッコいいやつ、どうしたのって」
「カッコいいやつって……ああ、この剣?」
怒りながらカルナが俺の腰元を指差す。
その先には、木製の柄に収められた素朴な短剣が提げられていた。
「この前父さんに山へ狩りに連れて行ってもらったんだ。その時に貰った」
そう答えると、カルナは両手を腰に当て「はぁー」と大きなため息をついた。
「なんでため息?」
「いやぁ、あのリーーンが狩りに行くようになるなんてねぇ。まだまだ子どもなのに」
「カルナだってまだ子どもでしょ……」
まあ、俺の中身は子どもじゃないのだが。
俺の正体が実は何百年も生きているオッサンだと知ったら、さぞ驚くだろうな。
こんな風に、俺はこの村でカルナと取り留めのない会話をしながら過ごしている。娯楽の類は一切無く、有り体に言えば暇を持て余しているのだ。
最近はいっその事村を捨て旅に出ようかと画策している。
成長もしてない状態で一人旅をするのは危険だと思っていたけど、まあ死んだら死んだで転生するだけだ。こんなところで暇しているよりはずっとマシだ。
それに、もし街に出たら、ギルドだとかスキル発掘だとかがあるかもしれない。
そんなことを考えていると、横にいるカルナがおもむろに立ち上がった。
「ねぇリーーン、あれってリーーンのお父さんじゃない?」
カルナが遠くの人影を指して言った。
よく見ると、確かに俺の見知った父の顔であった。
父に向けて手を振ってみると、向こうも気がついたらしく、手を振り返してくれた。
そして、ふと父の姿に違和感を覚える。
遠目なので確証はないが、背中に籠のような物を背負っているように見える。しかも、その籠には大量の土が盛られている。
父は何で土なんか背負ってい何をしているんだ?そもそも今の時間、父は狩りに行っていると思っていたが……。
「なあカルナ、親父はアレ何しているんだろうな?」
土を運んでいるのか?何のために?
「あれ?リーーン知らないの!?」
意外にもカルナは知っている様子だ。
しかも信じられないほど驚かれた。
「リーーンのお父さん、毎日アレをやってるのに……」
「ええ!?そうなの!?」
てっきり父は毎日山で狩りをしていると思い込んでいた……。
父が毎日何をしていたか知らなかったことに、存外ショックを受けてしまった。
家族のことを何も知ろうとしなかったなんて、俺はどんだけこの世界に興味が無かったんだ……。しかも、その事に何年も経ってから気付くなんて……。
やっぱり、この異世界から退散したほうが良いのでは?
「で、父さんは土を運んで何をしてるんだ?」
「フッフッフッ、何も知らないリーーンのために、私が懇切丁寧に教えてしんぜよう」
カルナがニヤニヤと笑いながら煽ってくる。
言い返したいが、煽りが事実なので何も言い返せない。
「ほら、あっちの方に山があるでしょ?」
カルナの指差した方には、こじんまりとした山が確かにあった。
先日、父と共に狩りに行った山だ。
そんなに大きくない独立峰だけど、それでも標高何100mかはあるだろう。
「うん。山、あるね」
「あの山を毎日ちょっとずつ掘り出して、向こうの平原まで運んでいるんだよ」」
山とは反対の方を向くと、恐らく父が運んだであろう土が平原に盛られ、小高い丘ができていた。
「すげーな、向こうにも山ができそうになってるじゃん。……で、何でそんなことしてるんだ?」
「何って……だから向こうの山を全部こっちに持ってきて、こっちに移し替えるんだよ。それで新しい山をつくるの」
「……新しい山をつくる?」
カルナの説明が下手なのか、言ってることがあまり理解できなかった。
山を全部持ってくる?新しい山をつくる?
人間が1人で山を作れるわけないだろ完成まで何年掛かるんだ何言ってんだコイツは?
「意味わからんことやってんのね。」
自分から疑問を呈したくせに、すごい投げやりな返事をしてしまった。
ちゃんと考えるなら、恐らくこの村に伝わる風習かなにかだろう。
もしかしたら、俺も父の後を継いでくれと言われるかもしれないな。
そう思い、自嘲敵な笑いが漏れる。
「そんなこと言ったらダメじゃない。リーーンのためにやってるんだから」
「俺のため?ああ、俺が生まれた記念的に山を作るみたいなこと?」
「そうだよ。だって、山が完成しないとリーーンが1歳になれないじゃん」
「……………………………………………………?」
………1歳になれない?どういうことだ?
待て待て待て待て、大事な箇所が抜いている気がする。なにか、大事な前提知識が。
「カルナ、山が完成しないと1歳になれないって言ったよな?じゃあ、俺は今何歳だ?」
「リーーンがいきなりバカになっちゃった!?まだ1歳じゃないんだから、0歳に決まってるじゃん!」
カルナの快活な笑顔とは裏腹に、俺の顔から段々と血の気が引いていくのが分かる。
嫌な汗が出てきた。腔内が乾き、口を開こうとするとニチャっと唾が絡みつく。
「ええと……カルナは今何歳なんだ?」
俺も人生経験が長い。この先の展開はだいたい予想がつく。
でも、想像したくなかったので、俺は思考を遅らせながら遠回りに質問を続けるしか無かった。
「私?この前1歳になったばっかだよ?それがどうしたのリーーン?」
尋常じゃない俺の様子に気付いたのか、カルナが心配そうに答えてくれる。
その表情がなおのこと俺の不安を駆り立てるので、俺は右手で少し顔を隠す。
「この前って、どのくらい前?」
「どのくらいって言われてもねぇ……。あっ、でもリーーンが産まれる前だよ」
「ええと、カルナが1歳になったのも、山が完成したから?」
「そうだよー。ほら、あの山」
と、カルナが遠くの山を指差す。
その綺麗な三角の形をした山は、よく見ると掘り返された土や砕かれた岩盤が積み上げられ、人工的に作られてるのが遠目から分かった。
500メートルくらいはある。
そろそろ腹を括らないといけない。
俺はスッと腰元の短剣に手を伸ばしながら、一番聞きたくない質問をした。
「山が完成するのに何年掛かるんだ?」
「何年?年ってなに?」
ああ、やっぱりこの村に年の概念──暦は無いのか。
変なところで出鼻をくじかれた。
改めて、
「ええと、山が完成するのに何日掛かる?」
「ええ!?何日って、数えてないよ……。ええと、一、十、百、……」
カルナが口に出し、指折りながら、1歳になるまでの日数を数えてくれる。
もしかしたら──もしかしたら、俺が変に心配しているだけで、この世界の人間が物凄い怪力で、山を20年くらいで移し替えることができるのかもしれない。そして、20年経って成人することを1歳と呼んでいるのかもしれない。
そんな楽観的な憶測で脳を埋め尽くしながら、俺の右手は短剣の柄を力強く握っていた。
カルナの指折りは続いている。
「万、十万、百万………、1億日…………」
カルナのその声が耳に届いた瞬間、考えるより早く、俺は右手に掴んでいた短剣で首を突き刺した。
鋭い痛みと共に、勢いよく鮮血が飛び出る。
この世界はおかしい、この世界居るべきではないと、本能が悟ったんだ。
俺達はいわゆる長命種というやつなんだろう。
カルナの言い方からすると、百万年……下手すりゃ何千万年も生き永らえるのかもしれない。
そんなに永い時間、こんな面白くない世界で過ごせるかってんだ!
首を刺すのは一番苦しまずに死ねるからだ。一瞬の燃えるような痛みはあるが、すぐに全身の感覚が消え、そして意識もやがて終える。
父さん母さんごめん、俺は転生するよ。
「……………………!?!?!?!?!?!?!!!!!!!ぐぎぃぃイイイイイイイイイぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああううううぅぅぅぅぅぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぁぁあああああああ!!!!!!」
痛痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い死なない痛い痛い痛い痛いい痛い痛い痛い痛い痛い痛くならない痛い痛い痛い痛い痛い痛い死なない痛い痛い痛い痛い痛い痛い死なない痛い痛い痛い痛い痛い死ねない痛い痛い死ねない痛い死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない死ねない!!!!!!
「何してるの!!!???」
驚いたカルナが駆け寄り、俺のナイフを取り上げた。
痛みは止まらず、鮮血は依然と噴き出たままだ。
何故だ?なぜ死なない?
カルナは必死の形相だ。無理もない、幼なじみが目の前でいきなり首に短剣を突き立てたのだ。そりゃパニックに──
「もう!そんなことしたら、痛いでしょ?」
少し表情を和らげたカルナに叱られた。
……………そんなことしたら痛い?
首を短剣で刺しているのに、痛みしか心配していないのか?
「あんまり刃物で遊んじゃ駄目だよ」
血みどろの俺を前に、優しい笑顔でカルナは俺を諭す。
俺の命のことなどこれっぽっちも心配していないかのように。
ここで、血がどれだけ溢れ出ても、痛みの信号がどれだけ身体を駆け巡っても、やけにクリアなままの脳に一つの疑問が湧く。
首を短剣で刺しても痛いだけの話なのか?
「カルナ。あのさ、ちょっと聞きたいんだけど」
「どうしたの?」
「こんだけ血が出てるのに、なんで俺は死んでないの?」
「アハハハハ、リーーンって面白いことを言うね!」
「人は何が起こっても死なないよ。獣じゃないんだから」
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