第3話 まずは現状把握
炊事場と、食事用の机と椅子、それに人数分のベット。生活するための機能としては及第点だが、文化的な装飾の類は一切無い。この無機質な空間が俺の住む家だった。
そんな家のベットで、俺はシーツにくるまりながら相も変わらず首に短剣を突き立てている。
カルナはああ言っていたけども、人が死なないなんてことはありえない。俺はそんなバカな話は信じない。だからこうして何度も自殺を図る。
おかしいな、周りに出来た血溜まりからして、そろそろ身体中の全血液の3/3は出血したはずなんだけどな。人って何割の出血で命を落とすんだっけ?
そうやって試行錯誤を繰り返していると、玄関の方から話し声が聞こえてきた。
「カルナちゃんありがとうね。ほんと、あの子ったらどうしちゃったのかしら」
「ごめんなさい、私がついていたのに……」
「カルナちゃんは悪くないのよ」
声の主はカルナと母だ。
正直、今は2人のことを何一つ信用することはできない。
いや、2人だけでなくこの世界住む全ての人間に強い不信感がある。
こんな何もない世界で、何百万年も、下手したら何億年も生きているかもしれないんだ。理解ができない。
そもそも1歳になるのに山を作るってのはどういう意味なんだ!それは何年掛かるんだ。
「リーーン、剣を貰ってはしゃいじゃったのかなぁ」
「やっぱり狩りに連れて行くのはまだ早かったんじゃ……。お父さんは大丈夫だろうって言ってたけど」
「私、これからなるべくリーーンのことを見守るようにします!」
2人の俺を心配する会話が聞こえてくる。
先程までパニックを起こしていたけども、刺し傷の痛みに慣れてきたのか段々と現状を把握する判断力が戻ってきた。
理解ができないだとか思ってしまったが、母もカルナも俺のことを想っくれているんだ。そうだ、2人は敵ではないのだ。
…………ちゃんと今の状況を整理しよう。
今分かっているのは、この世界は出血では人は死なないということ、そして寿命が無いっぽいということ。たったそれだけだ。他に死ぬ方法がある可能性なんて、十二分にある。
案外親たちがその方法を知っているかもしれない。
とりあえず、母に色々と話聞いてみよう。もちろん自殺を考えているなんて知れたら反対されるだろうから、バレないようにそれとなくだ。
大量の血を吸い取り重くなったシーツを取りはらい、同じく血液で赤く染まったベッドを這い出る。
頼むから何か知っていてくれ。そんな淡い願望を持ちながら、母のいる玄関の方へ歩みを進める。
カルナと母は、まだ俺について話して────
「やっぱり、落ち着くまでリーーンは家の中で大人しくさせていた方がいいんじゃないですか?」
「そうねぇ。1歳になるまでは外に出さないようにしようかしら」
「だから1歳になるまでって何年先だよ!!!!!!」
何を言っているんだコイツは!?何百万年も俺を家に監禁するつもりなのか!?どんな罪を犯したらそんな仕打ちを受けることになんだよ!!
母の発言に衝撃を受け、叫びながら思わず家を飛び出してしまった。
「きゃっ!」
母が短い悲鳴を上げる。家を出る時に思わず押しのけてしまったんだ。
心配しかけたが、構ってなんて居られなかった。
「あっ、リーーン!待って!!!」
カルナの悲痛な叫びが聞こえた気がしたが、そんなものは無視だ。
ここまで来て、ようやく自分の立場が理解できた。彼女たちは、決して俺の味方などでは無いのだと。
油断だ、今まで油断していたんだ。永い間、転生の能力にすっかり甘えきってしまっていた。何回でもやり直せる、死んでもまた次の人生が待っている、そんなぬるま湯の生活が俺をこんなに堕落させた。
この世界は俺の敵なんだ、一刻も早くこの世界から脱出しなければ!
気が付くと、村は既に後方遥か遠くにあった。安心なことに誰かが追いかけて来る気配は無い。
……勢いで村を飛び出してしまったけど、ここから俺はどうすればいいんだ?……駄目だ、情報が少すぎる!
人が多い場所に行って、最低限の情報を集めるところから始めないと。
とりあえず街だ、なるべく大きな街を探すんだ。今まで転生してきた世界も、冒険者ギルドがあったり、王城に招待されたりと、街に行けば何かしらのイベントが発生した。もしかしたらこの世界でも何かイベントが起こるはずだ。そうに違いない。
ただ街を探すにしても、方向はこっちで合っているのか?村を出てから闇雲に走ってきた。今さらだけど、正直村の外がどうなっているのか地理的なものは何も知らない。
…………辺りを見回してみると、柵のような人工物があり、地面は一部分だけ土が露わになって道のようなものができている。たぶんここは街道なんだ。恐らくちゃんと人々の往来があるんだ。ということは、この道を行けば間違いなく街があるんだ!
目に付くもの全てを無理やり根拠にし、欺瞞に満ちた安心の材料にしただけだけども、それでも事態が好転した気がした。
「よし、やることは決まった!待ちに着くまでノンストップで全力疾走、途中で死ねたら儲けものだ!」
俺はそう宣言し、街へ向けて走り出し────
────てから15年が過ぎた。
俺の身体は、すっかり大人びてしまった。
「どうなってんだよクソが!!!」
季節の移り変わりが乏しいので実際の年月は分からないが、体感で15年くらい休み無しで走り続けてきた。それなのに人っ子1人見当たらないってどういうことだ!?
これで俺がマヌケにも人など住んでいないあらぬ方向をさまよい続けていた……なんてことならまだ幾分か希望が持てた。だけど現実はそうはいかない。今、俺の眼の前には大きな川が流れており、その川には木製の橋が架けられていた。ここは人の通り道ってわけだ。道を間違えたわけではない。
「道が間違って無いなら何が間違ってるって言うんだ!!」
失敗だ。闇雲に走ってるだけじゃ何も解決しなかった。
何をするのが正解なのか、考えないと。
前世までの、どうせ転生するからと思考放棄する悪い癖が染み付いて抜けなくなってしまったのだ。
思考を放棄するな。
考えろ。
考えろ考えろ、思考を加速させるんだ。
考えて考えて考えて────
────考え続け、1年が経過した。
「ダメだ!頭がおかしくなる!」
こんなに永い時間頭をフル回転させてたらイカれてしまう!思考を加速させてはいけない。思考を減速させるんだ!
この1年で俺は一つの考察にたどり着いた。
おそらくここは他の異世界と比べてとんでもなくスケールが大きいのだろう。15年も走って海の1つも見えてこないということは、もしかしたらほかより百倍以上規模がデカイのかもしれない。
ただ、前にいた村が普通の村だったのを思うと、そんなスケール大の世界で人里を探すのは砂漠に落ちた何やらを見つけを地で行く難易度だ。
下手すると何十年と掛かるやもしれない。
だから、思考を減速させて、薄く薄く考えて、狂わないようにしないと。
あと当然試しているが、どうやら十年飲まず食わずでも死なないらしい。食欲自体はあるのだが、飢餓感までは感じなようだ。村で過ごしていた段階で気付かなかったのはなんともお粗末な話ではある。両親がきちんと飯を食わせてくれていたんだ。
「ああ……どうすりゃいいんだよ……」
呟きながら橋の上で立ち尽くす。
薄い思考をローギアで回転させながら、2つの選択肢に思い悩む。
それを承知でこの道を進むか、それとも他の方法を探すか。川の流れを見つめながら、考えないように、思い詰めないように。
「川……川…………あっ、そうだ!」
こんなに大きい川なら、川沿いに街がある可能性も高いんじゃないか?街というのは得てして真水の供給源がある場所にできるものだ。飲食用や農耕用に水は必要不可欠だから。
……………………ああ、違うわ。飲食も農耕もそもそも必要無いんだ。
「…………そういや、溺死だけはまだ試していなかったな」
あまり苦しい死に方はしたくなかったので無意識に選択肢から外してしまっていた。まあ、試したとて望みは薄いだろうけど。
「……やるか」
目が冷めたときに来世が広がっていることを期待して、俺は川へ落ちた。
意外にも息ができなくてもあまり苦しくなかった。正確には、もう苦しいことに慣れすぎたのかもしれない。
そして意識が遠のいて──
━━━━
───目が覚めた瞬間、やはり死に損ねたことを理解した。
まあ、期待していなかったさ。
さて、ここはどこだろうか?てっきり水底に沈むとでも思っていたが、どうやらいつの間にか河岸にあがっていたようだ。
そうやって辺りをキョロキョロと見回していると、
「気がついたか」
不意に後ろから声をかけられた。透き通るような綺麗な声だ
驚きながらも振り返ると、そこに背の高い女が立っていた。
「無事で良かった。釣りをしていたらいきなり人が流れてきたんだ、心底驚いたよ」
人だ。村を出てから、初めて人に出会えた──。
「…………あっ、え、あう、」
「……どうした?落ち着け」
恥ずかしい。人と出会えたことが相当に衝撃で言葉につっかえてしまった。
でも、十何年ぶりに出会えたんだ。仕方がないじゃないか。
「ああ、すまない。えっと、助けてくれたみたいだな、ありがとう。ええと……」
礼を言ったところで、女の姿を改めて視認する。
面長の端正な顔立ちをしており、真っ白で長い髪を後ろで纏めている。その髪色に呼応するような冷たい表情は、口では心配していても実際には俺に一切興味が無いようだ。
そして何より驚くのはその服装だ。
黒いタンクトップの上にジャケットを羽織り、下にはやたらとダメージを受けたジーンズを履いている。なんともまあ、ハイカラでモダンでマニッシュで、現代人の存在を仄めかすファッションなことで。
俺がそのファッションに固唾を飲んでいると、
「…………?……ああ、自己紹介がまだだったな、エルゼナだ。以後、お見知りおきを」
そう言って、エルゼナと名乗った女は冷たい目のまま右手を差し出してきた。
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