憎しみの理由ー散らされた花
クリスタニアの航海は順調に進んでいます。
日向キャプテンが感情を露わにする理由を語ります。
外洋は穏やかだった。クリスタニアは一定の速力を保ち、水平線は揺るがない。
当直を交代したリヒトはデッキに出た。潮の匂いがわずかに強い。手すりに寄りかかり、息を整える。
少し離れた場所に、日向が立っていた。
その背中を見た瞬間、いつもと違う空気を感じる。
「キャプテン」
声をかけると、日向は振り返った。
その表情に、リヒトは一瞬言葉を選び直す。
「先ほどの無線ですが、あからさまではありませんか。DMCは確かに気に入りませんが、あれはあまりにも……」
日向はすぐには答えなかった。海を見たまま、リヒトの言葉を遮った。
「あれでも足りない」
間を置かずに続ける。
「プリズナーなど沈めばいいと思っている。DMCという存在すらなくなればいい」
隠す気のない言葉だった。
リヒトは目を細める。
「自分はDMC出身です。それを嫌う理由は理解できます。ですが、そこまで憎むのは……何があったのですか」
風がわずかに強くなる。
日向は身動きせず、僅かに目を細めて言った
「教えてやろう。お前だけに」
短く言い、視線を海から外さない。
「あの日のことだ」
⸻
音楽が流れていた。
高い天井に反響する弦の音と、グラスの触れ合う音。笑い声が重なり、空間は整えられている。
船会社が多く集まり、VIPの顔ぶれは錚々たるものだった。
誰もが、正しい距離を保っていた。
その中で、ただ一人だけ空気の違う男がいた。
クリストファー・ヘルストレーム。
DMCの次期副社長であり、後継者だ。
所作は完璧で、笑みも崩れない。整った容姿でゲストの視線を集めている。だが視線だけが異質だった。
相手を見ていない。値踏みしているかのように目だけは冷たい。
パーティーに疲れた富士崎は、テラスで休んでいた。
会場のさざめきも音楽も、全てが遠い。
今は煌びやかなパーティーだが、明日からの仕事を考えると気が重い。富士崎は思わずため息をついた。
「あなたのように美しく、才ある方が」
穏やかな声だった。気配に気づかなかった富士崎は驚いて振り返る。
「重い責務を負う必要はありませんよ」
違和感に気づいたときには、距離が詰まっていた。
他の女性ならときめくような場面かもしれないが、富士崎は本能的に危険だと感じた。
音楽はまだ聞こえている。だが、人の視線は来ない。
「お気遣いありがとうございます。そろそろ戻りますわ。うちのクルーたちが心配しますので。」
必死に作った笑顔で、クリストファーの横を通り過ぎようとした。
だがー
腕を掴まれた。
その力は思ったより強く、振り解くことが出来なかった。
「心配いりません。あなたが逆らわなければすぐ終わりますよ。」
穏やかな声のまま、距離を詰める。
その手が、ためらいなく境界を越えてくる。
叫びたくても声が出ない。
周囲は何も変わらない。笑い声も、音楽も、そのまま続いている。
逃げ場がなかった。
⸻
日向は違和感を覚えた。
ふと見ると、会場にいるはずの富士崎がいない。
(いつの間に…)
辺りを見ると、テラスのカーテンの向こう側からクリストファーが出て来るのが見えた。
嫌な予感がし、背中を何かが伝っていく。
名前を呼ぶより先に、身体が動いていた。
⸻
そこにいたのは、富士崎だけだった。
壁に背を預けるように崩れている。
ドレスは乱れ、呼吸は浅い。
視線が合わない。
周囲には、誰もいない。
日向は理解した。
何があったのかは見ていない。
だが、何もなかったわけではない。
⸻
「……桜?」
呼びかけても、返らない。
ただ、指先だけがわずかに動く。
何かを探すように。
日向はその手を取る。
前に立ち、外からの視線を遮る。
それ以上は問わない。
「大丈夫だ」
それだけを言う。
遠くで音楽が続いている。
ここで起きたことだけが、切り離されていた。
⸻
日向は言葉を切る。
「今でも…忘れたことはない。」
リヒトは何も答えなかった。
風が強くなり、波がわずかに白く立つ。
クリスタニアは変わらず進んでいた。
DMCとの関係は、単なる競合では終わりません。
この先、少しずつ繋がっていきます。




