物語の始まり―その名はクリスタニア
サガ―物語という意味
ブルーリッジでは始まることがなかった物語が幕を開けます。
クリスタニアの現在は、レジェンディアシリーズ「それからのクリスタニア」をご覧ください
ブルーリッジ・サガが、初めてまともに応答した。
その様子を見届けたハリス・ブライトマンは、しばらく言葉を失っていたが、やがて静かに息を吐いた。
「……恐れ入りました」
わずかに笑みを浮かべる。
「我が社のクルーは腕が良いと信じて疑いませんでしたが、やはり上には上がいるということですね」
視線をサガへ向けたまま、続ける。
「この船は、BMMにお譲りしましょう」
その言葉に、ブルーリッジのクルーたちは押し黙った。
悔しさは隠せない。だが、先ほど目の前で見せられた動きが、すべてを物語っていた。
反論する者はいない。
日向が一歩前に出る。
「御社とは、今後も良い関係を築けると考えております」
穏やかな口調だった。
「現場同士の交流も、ぜひ継続させていただきたい」
そう言って、手を差し出す。
ブルーリッジのクルーは一瞬だけ迷い、それからその手を握り返した。
「……喜んで」
短いやり取りだったが、それで十分だった。
こうして、ブルーリッジ・サガの売却は決まった。
準備が整い次第、日向とリヒトを中心としたクルーが、この船を日本へと連れて帰ることになる。
その報告を受けた富士崎は、静かに船を見つめた。
「この船は―」
一拍置く。
「クリスタニアと名付けるわ」
誰も異を唱えなかった。
その名が、この船に与えられるべきものだと、自然に理解されていた。
クリスタニアとなったその船は、およそ二か月後、東京へ向けて出航する予定となる。
それまでの間、日向とリヒトはニューヨークに滞在することになった。
⸻
売却が決まった日の夕方。
日向は、あの男と再び顔を合わせていた。
約束どおり、ホテルのロビーに現れた元船乗りの男は、昨日とは別人のように整えられている。
「……ずいぶんと様子が変わったな」
日向が言うと、男は肩をすくめた。
「落ち着かねぇがな。こういうのは慣れてない」
「すぐに慣れますよ」
短く答える。
必要な手続きはすでに進められていた。滞在先も用意されている。
日向は男を見て言った。
「クリスタニア。それが、あなたが守る船の名です」
男は少しだけ目を細める。
「いい名だ」
そして、思い出したように続けた。
「まだ名乗ってなかったな。ゴードン・ホプキンスだ」
差し出された手を、日向は受ける。
「世話になる」
「こちらこそ」
日向は頷いた。
「我が社は、この船以外にも複数の導入を予定しています」
視線をわずかに向ける。
「引き続き力を貸していただけると助かります」
ゴードンは笑った。
「もちろんだ」
振り返り、埠頭の方を見る。
「クリスタニアを、世界一の名馬にしてみせる」
⸻
夜が、ニューヨークに降りる。
埠頭に係留されたクリスタニアは、月明かりを受けて静かに輝いていた。
白い船体は、昼とは違う表情を見せている。
まるで、すでに何かを待っているかのように。
サガは、クリスタニアとして新しく生まれ変わることに。
ですが、本当に変わるのはこれからです。
船と人が揃って、はじめて完成するもの。
日本への帰路。
そして、この船が“どう扱われるのか”が見えてきます。




