最初の一致—その手に応えるもの
今回は、サガが初めて応えた回です。
壊れていたわけではなく、
ただ合っていなかっただけ。
そのことが、少しずつ見えてきます。
翌日。
ニューヨークには、綺麗な青空が広がっていた。昨日の荒天が嘘のように、空気は澄んでいる。
埠頭には、ハリス・ブライトマンとブルーリッジ・クルーズのクルー、エンジニア、航海士たちが集まっていた。
「富士崎社長、よく晴れましたね。サガの機嫌が良くなるといいのですが。」
ハリスが穏やかに言う。
「ええ。本当ですわね。」
富士崎は空を見上げ、静かに頷いた。
一行はそのまま船内へ案内される。ブリッジ班と機関班に分かれ、それぞれ説明が始まった。
やがて機関が始動し、低い振動が船体を伝って静かに広がっていく。
「いきます」
ブルーリッジ側の航海士が操船に入る。
次の瞬間、警告音が鳴り、表示が乱れた。
「またか……」
小さな声が漏れる。
リヒトが前に出た。
「代わってください」
一瞬の間のあと、誰もそれを止めなかった。
リヒトはコンソールに触れる。それだけだった。
警告音が止まる。表示が整う。
ブルーリッジクルーは、眉を顰めた。
「……何をしたんだ。」
「何も」
リヒトは前を見たまま答え、そのまま操船を続けた。船は、驚くほど滑らかに応答した。
「なるほど」
小さく呟く。
後ろでブルーリッジのクルーが吐き捨てる。
「ふざけた船だ。人を選ぶなんて」
日向が口を開いた。
「スタビライザーを操作してみろ。」
リヒトは頷き、操作に入る。
わずかに揺れた船体は、すぐに静まり返る。
「どうだ」
「繊細です」
リヒトは淡々と答える。
「加減を間違えれば、すぐに無駄になります。すべてが」
その場に沈黙が落ちた。
ハリスが静かに息を吐く。
「これは恐れ入った」
ブルーリッジのクルーが思わず呟く。
「……美しいな」
埠頭では、小さな男の子が動き出した船を指さしていた。
「ママ、見て!あの船、動いてるよ!」
母親は目を細める。
「ほんとね。嬉しそうに見えるわね」
男の子は嬉しそうに頷く。
「うん!」
母親は遠くの船を見つめたまま、静かに言った。
「きっと、やっと分かってくれる人に会えたのね」
船内では、富士崎と日向が並んでデッキに立っていた。
「日向キャプテン」
富士崎は外を見たまま言う。
「この船、日本までお願いね。その後シンガポールで改修を行うことにするわ。」
「承知しました。それから、報告がございます」
「聞くわ」
「昨日、この船に合う人間を見つけました。見ただけで癖も特徴も言い当てる元船乗りです」
富士崎は何も言わず、ただ聞いていた。
短い沈黙のあと、口を開く。
「あなたに任せます」
それだけだった。
「この船が就航するまで、指揮はあなたが取るのよ。」
日向はわずかに目を見開く。
「あちらに負けない艦隊を作りたいの…」
その声は、ほんの少しだけ震えていた。
日向は窓の外を見たまま言う。
「桜、大丈夫だ。」
わずかに声が柔らぐ。
「俺が君の夢を叶える。」
2人は一瞬互いの指を絡ませ、すぐに解いた。
ロビーに向かって歩き出す。
「それから、建造中の2隻についてですが、一隻は既に決めてあります。」
「船名ですか?」
「…ソブリンよ。」
「光栄です。全ては御心のままに。」
白い船は知っている。
女主人が船長に何を委ねているのかを。
この船は、誰にでも動かせるわけではありません。
けれど、一度合ってしまえば、
驚くほど素直になる。
船と航海士も、重なり合えば通じることがあるのです。




