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Blue Ridge Saga —クリスタニアの過去  作者: おーがすてぃーぬ


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3/31

荒天の邂逅 —君が望むなら—

誰にも理解されない船があるように、


誰にも語られない想いもまた、存在します。

ニューヨークは荒天だった。


摩天楼は雨に霞み、輪郭すら曖昧に溶けている。


その中で、富士崎社長一行をハリス・ブライトマンが出迎えた。


「富士崎社長、お待ちしていましたよ。お会いできて光栄です」


「ハリス社長、こちらこそ光栄ですわ」


ハリスは一歩だけ近づき、静かに続ける。


「本日は荒天のため、船をご覧いただくのは難しい。先にホテルへご案内しましょう。社長とは、以前から一度ゆっくりお話ししたいと思っておりました」


一行はそのまま車へと案内される。


雨と風は強く、視界は悪い。だが、到着したホテルは別世界のように静かで、美しかった。


白い大理石とクリスタルを基調とした内装。光は柔らかく、空間全体が整えられている。


富士崎は、わずかに目を細めた。

「まぁ、わたくしの好きなものをご存知のようですわ。」


「気に入っていただけて、何よりです。ここはうちが出資しているホテルでね、私もよく使うのですよ。」


その様子を横目で見ていた日向は、誰にも告げずロビーを離れる。


「少し、埠頭を見てきます」


短くそれだけ言い残し、外へ出た。



埠頭。


雨はまだ残っている。


係留されているブルーリッジ・サガは、濡れた船体に街の光を映しながら、静かにそこにあった。


美しい。


だが、どこか人を寄せ付けない、刺すような空気があった。


近づいたとき、背後から声がかかる。


「あんた、この船を買うのかい?」


振り返ると、ひとりのホームレスの男が立っていた。


「そうです。うちの社長が気に入ったようでね」


男は鼻で笑う。


「こいつはな、もう造船所にも見放されてる。俺たちと同じだ」


雨に濡れた手で船を指す。


「だが、俺には分かる。こいつはいい船だ」


日向はわずかに視線を上げる。


「分かるのですか」


「これでも昔は船乗りでね」


男はサガを見上げたまま続ける。


「ブルーリッジの連中は、言うことを聞かねぇって何度も蹴り飛ばしてた。そりゃあ、嫌にもなるさ」


日向は少しだけ間を置く。


「では、あなたから見て、この船の特性は?」


男は迷わず答えた。


「繊細だ。だが嵐に強い」


雨粒が甲板を叩く音だけが響く。


「長距離どころか、北太平洋でも突っ切る。だがな――」


一瞬だけ目が鋭くなる。


「こいつは人を見てる。腕がいいだけじゃ扱えねぇ」


日向は、わずかに口元を緩めた。


「よい見立てですね。見ただけでそこまで分かるとは」


男は肩をすくめる。


「長いことたくさんの船の面倒見てきたからな」


沈黙。


そして日向は言った。


「なら、この船の面倒を見ませんか」


男が目を見開く。


「……なんだと?」


「我が社には、このタイプの船がいない。理解できる人間が近くにいれば、この船も穏やかになるでしょう」


男は言葉を失う。


「だが、俺は……」


「来ていただけるなら、準備も費用もすべてこちらで持ちますよ。」


日向は名刺を差し出した。


「BMM……だと……」


「お嫌いですか」


男はゆっくり首を振る。


「いや……レジェンディアのいる会社だな」


その声には、明確な熱があった。


「あの船は元気か?」


「我が社の女王です」


男の顔が崩れる。


「そうか……」


遠くを見るように呟く。


「レジェンディアの進水式を見たんだ。虹を纏っていて、それは美しかった。忘れられるわけがない」


短い沈黙のあと、日向は言った。


「では、明日の夕方。このホテルに来てください」


男は何も言わず、ただ頷いた。



ホテルに戻ると、ハリスがちょうど出てくるところだった。


「社長。サガを一足先に見てきました。やはり美しいですね。楽しみですよ」


ハリスは軽く笑う。


「キャプテンに気に入っていただけて光栄だ。明日は実際に乗ってみるといい」


短いやり取りのあと、ハリスは去っていった。



夜。


雨は上がり、空には星が戻っていた。


街の光と混じり合いながら、かすかに瞬く。


日向は窓の外を見たまま、低く呟く。


「桜、良かったな」


ほんの一瞬だけ、声が柔らかくなる。


「君が望むものは、何だって捧げよう」


誰にも届かない声だった。

日向キャプテンの心のうちを知っているのは、


白船だけです。

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